甘噛み理論



「最近忙しそうね、伏黒」

『任務から帰って来たと思ったらまた任務だもんね…』




家入さんが出張で居ないことをいい事に私と野薔薇、恵くんはベッドを占領していた。ベッドって言ってもベッドを使っているのは私と恵くんで、野薔薇はソファに腰を下ろして紅茶を飲んでるけど。



「アンタらベッドの使い方知らないの?」

『し、知ってるよ…』

「じゃあ何でベッドの上で膝枕なんてしてんのよ。狭いでしょ」

『私もそう思ったんだけど…』




恵くんは数時間後にはまた任務らしい。家入さんが居ないから私がこの部屋の片付けをして野薔薇が話をしに来てくれてたんだけど、そこに恵くんがやって来て私の腕を取るとベッドの上に私を座らせてその上に自分の頭を乗せて寝始めてしまった。



『疲れてるだろうから起こすにも起こせなくて』

「まぁ、尋常じゃない量の任務だもんね」

『最近は特に多いよね』

「寂しくないの?」

『………………すっっごい寂しい…!!』

「でしょうね」





野薔薇は適当な相槌を打つと紅茶に口をつけた。眠っている恵くんの髪を撫でてそのまま頬を撫でる。任務が忙しいせいかいつもより顔色が悪くて肌が荒れてる気がする。




「禪院家の次期当主は大変なのねー」

『そうだね』





御三家の内の一つである禪院家。そんな家系の次期当主として名が挙がった恵くんは前にも増して忙しそうだった。1年生の時にあった渋谷での1件の後もそんな話があったけど、3年生になってからは本格的に恵くんを当主にしようと禪院家が動き出した。





『……寂しいけど、…それはもう寂しいけど、…死ぬほど寂しいけど、……でも、恵くんが頑張ってるのに私が弱音を吐く訳にはいかないから』

「その割に本音がダダ漏れだけどね」

『寂しいものは寂しいから』





任務が詰め込まれてる中でも恵くんは時間があると私に会いに来てくれる。本当はそれが重荷なのかもしれない。私を探す時間があるなら少しでも眠っていたいはずなのに。




『……私も任務増やしてもらおうかな』

「余計に時間が合わなくなるじゃない」

『でも、私が任務を増やすことで恵くんの仕事が減るかもしれないし』

「一理あるけど…」





当主になってしまったらきっと、今の比じゃない忙しさだ。なら、今だけでも休んで欲しい。




『…でも、寂しいなぁ』

「本人に言ってやれば?飛び跳ねて喜ぶんじゃない?」

『恵くんが飛び跳ねる姿は想像出来ないな…』




笑顔を浮かべてぴょんぴょん飛び跳ねる恵くんを想像してみたけど恐怖を感じてしまった。





『次の任務まで1時間くらいはあるはずだから寝かせといてあげよっか』

「それはいいけど多分コイツの事だから名前が離れたら起きるわよ」

『それは無いと思うけど…』

「伏黒の名前センサー舐めない方がいいわよ」

『えぇ〜?』




笑いながら恵くんの頭を少し持ち上げて枕に移動させようとした時、ガシリと手首が掴まれてビクリと肩が揺れる。




「…………動くな」

『………ハイ』






地を這う様な声で言われて頭を支えようとしていた手を離すと眉を寄せて薄ら開かれた瞳に睨まれる。




「撫でろ」

『うぃっす』






もしかして恵くんは呪言が使えるのかもしれない。言われた通り頭を撫でると満足したのか瞼を閉じて眠った様だった。
確かに頭を持ち上げようとしたけど、まだ持ち上げてなかったしむしろ手を当てただけだったのに。





「ほら言ったでしょ」

『………センサーついてるのかな』

「内蔵されてんのよ。取り出すのは不可能よ」

『内蔵されてたか〜』




天井を仰いでそう言うと野薔薇は棚からクッキーを取り出して食べていた。どこに何があるか把握してるの凄いなぁ。




「次の休みにでも旅行行ったら?」

『旅行?』

「日帰りとか。周りに呪術師が居ない方が今の伏黒は休まるんじゃない?」

『……旅行かぁ』





旅行って言葉に少し嫌な事を思い付いてしまった自分に嫌気が差した。





『……お疲れ様、恵くん』





小さく呟いて彼の髪を撫でて嫌な考えを払う。まぁ、そんなこと出来ないし、する気もないけど。




このままふたりでどこかに姿を消すのもいいかな、なんて本気で思ってしまった自分が酷く醜く思えた。



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