透きとおっていく日々に(完)



「…あー…、暇ねぇ…」

「暇だなぁ…」



野薔薇と虎杖くんはダラーっと机に上体を倒して頬をつけていた。私はそんなふたりを見て苦笑を浮かべる。




「アンタらも暇じゃないの?少し前まであんだけ忙しかったんだから少し物足りないんじゃない?」

「別に。俺は任務ない方が名前と居られるし」

『任務はそんなに嫌いじゃないけど、働き詰めだったからこのくらいがちょうどいいかなぁ』

「もう11月よ?この暇さは異常よ…」

「五条先生は相変わらず忙しそうだよなぁ…。流石特級呪術師…」

『でも私はこうやって4人で居るのが好きかなぁ…』

「…名前ッ!」

「苗字ッ!」




ふたりはガバッと上体を起こすとキラキラと瞳を輝かせて両腕を伸ばす。野薔薇の腕が背中に回って頬擦りされる。虎杖くんは恵くんに首根っこを掴まれていた。




「決めた!私、名前と結婚する!それで真希さんと3人で暮らすわ!」

「おいふざけんな」

『…………』

「名前も満更でもなさそうな顔すんな」

『いてっ』




後頭部に恵くんの手刀が落とされた。前向きに検討してしまっていることに気づかれてしまった。





「………って、今気づいたけど、アンタらそれ…」

「……んえっ!?指輪!?結婚すんの!?」

「外すの忘れてたな」

『あ、恵くん嘘ついてる。私がネックレスにしようとしたら薬指ずっと掴んでたじゃん』

「知らない」




先生ー!伏黒くんが嘘ついてまーす!昨日ネックレスにしようとしてた私の薬指に指輪を嵌めてずっと薬指の先を握って阻止してましたー!




「え!?でも伏黒まだ17歳だろ!?」

「落ち着きなさい!伏黒はッ………………17歳よッ!」

『野薔薇も虎杖くんも落ち着いて…』

「今すぐってわけじゃねぇよ。そんな簡単に決めていいことじゃねぇだろ」

「じゃあ結婚しないわけ?」

「する」

「…………もし名前が他の男と結婚したら?」

「男を呪って名前を呪霊にして縛り付ける」

「…………………………………」

「……………………………目がマジなのよねぇ」

『…………………』




私が言うのもあれだけどイカれてるなぁ。その間にも恵くんは私の髪を楽しそうに梳く。




「名前」

『ん?』

「東堂先輩の諦めが悪いってどういうことだ」

『…………そんな話したかな?』

「……………」





スーッと視線を逸らして天井を見上げるとグッと頬を掴まれて顔が戻される。恵くんの表情は不貞腐れた子供のようだった。




「……………」

『………た、たまに、』

「…………」

『連絡が来るだけで……、』

「…………」

『…怪しいことは、…なにも、』

「………………」

『………………』

「出せ」

『……へ?』

「履歴を見てから判決を下す」

『は、判決…?』




もしかしたら恵くんは酔ってるのかもしれない。でも引く気がないのが分かるからスマホを取り出してトーク履歴を出す。





「………………おい」

『はい、』

「狗巻先輩とも連絡取ってるじゃねぇか」

『……えぇ〜…』

「本当によくこんな重い男と付き合えるわねぇ…」





でも恵くんも仕方ないことは分かってるのか特に何かをするでもなくスマホの電源を落とす。





「ふたりじゃなければいい。俺が居ない時は虎杖を連れて行けよ」

「俺ぇ!?」

『虎杖くんの予定は無視なの…?』

「仕方ねぇなみたいな器デカいアピールしてるけど内容はクッソ小さいからなオマエ」





野薔薇は恵くんの頭を殴るとフンッと鼻を鳴らして荷物を持つと虎杖くんの首根っこを掴んで立ち上がった。




「末永く爆発しろバカップル」

「なんで俺引っ張られてんのォ…?」




教室を出て行くふたりの姿を目で追っていると髪が耳にかけられて視線を前に戻すと目の下を親指でなぞるように摩られた。




『どうしたの?』

「クマ無くなったな」

『いつの話してるの…?』




というか、ちょっと待って。なんで恵くんが知ってるの?あの時は会ってなかったのに。





『……もしかして恵くん、』

「………夢だろ」

『私何も言ってないよ?』

「…………」




恵くんは冷や汗を流しながら視線を逸らすから両手で頬を掴んで顔を戻すと唇が重ねられた。…そういうことじゃない。





「終わりよければすべてよしって言うだろ」

『………』




そう言うと恵くんは私の左手を楽しそうにいじり始める。そんな彼の左手にもシルバーのリングが付けられていてお腹の辺りがむず痒くなって少しだけ身じろぐ。視線を恵くんに向けると嬉しそうに目を細めているから余計にお腹がキュってなった。




『……ありがとう』

「…?…なにが」

『全部。初めて会った時に私を助けてくれたことも、私を愛してくれたことも、何度も私を救ってくれたことも…』

「それを言うなら俺の方だろ」

『……私を好きになってくれて、…愛してくれてありがとう』





恵くんは少しだけ目を見開いてすぐに目を細めて私の手をギュッと握ってくれた。





『……愛してるよ』

「…………」

『恵くん?』




何の反応もしない恵くんが気になって首を傾げると小さくポツリと呟いた。





「…どうすればいいんだろうな」

『なにが…?』

「どうすれば全部を伝えられるんだろうな」

『…………』

「…なんか、もどかしいな」




弱く言葉を紡ぐ恵くんの手を握り返して、流れる涙をそのままに勝手に緩む口角を上げる。




『…これから時間をかけて教えてよ。恵くんが伝えようとしてくれてる全部を』

「…名前」

『私も全てを伝えられるように頑張るから』

「………そうだな。死んでからも一緒にいるんだ。時間は死ぬほどある」





机と指輪がぶつかってカチリと音を立てた。その音が耳を揺らして肩の力がフッと抜ける。私が泣くのは恵くんのせいなんだよなぁ。




『こんな私を愛してくれて、ありがとう』





本当だ。どんなに言葉にしても、伝えられない。胸に溢れ続けるこの想いを全部伝えたい。知って欲しい。全部が透けちゃえばいいのに。でも私達は人間だから相手の気持ちの全部なんて分からないし、心が読めるわけでもなければその術も持ってない。




「…愛してる。…俺を神様にしてくれて、ありがとう、」

『……私の神様になってくれて、ありがとう、』




だから言葉で、仕草で、行動で一生懸命伝えようとするんだ。全てを分かるなんて無理だから。狂ってるって言われようと、イカれてるって思われようと、これが私達の形だから。



「…愛してる」

『私も…、恵くんを愛してる』




これが私達の呪い愛情だから。指輪がキラリと輝いて目を細めるとまた幸せな音が響いて唇を重ねると酷く甘くて優しい味がした。



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