君が連ねたひかりたち



『……やっぱり夜は少しだけ冷えるね』

「寒いか?」

『ううん。ちょうどいい』





中庭に移動してベンチに腰を下ろして空を見上げると星がキラキラと輝いていた。東京でも端にある高専では意外と綺麗に見えるんだなぁ。




「………ごめん」

『…………それは、何に対して?』

「……色んなことに対して。俺の勝手でオマエを捨てた事も…、捨てておきながら縛り付けていたことも、」

『…普通別れた相手に指輪贈る?しかもネックレスにまでして』

「………結局俺は、オマエを捨てる覚悟も、捨てられる覚悟もできてなかった」




恵くんは背もたれに体重をかけると首を反って空を見上げていた。まだ10月だから白い息は出なかったけど、彼の吐いた空気は微かに震えている気がした。




『……捨てるなら、ちゃんと捨ててよ。未練なんて残らないように…』

「それが出来んなら指輪なんて贈らねぇよ」

『開き直らないで』





ちょっとイラッとしたから繋がれた手に爪を立てると恵くんが小さく笑った。





『…運命の人じゃないって私が恵くんを手放した時、恵くんはこんな気持ちだったのかな』

「いや、もっと辛かった」

『張り合わないで。…本当に負けず嫌いだなぁ』

「負けず嫌いとかじゃねぇ。…多分、俺はオマエが思ってるよりずっとオマエを愛してる」

『………』

「愛してくれる俺を愛してるオマエより、きっと俺はイカれてる」

『恵くん、』




少し寂しそうに呟く恵くんと繋がれた手を動かそうとすると離れないように強く握られて動かせなくなった。離すつもりなんてないのに。馬鹿。





『…恵くん、』

「………」




体を恵くんの方に向けて名前を呼ぶと彼はゆっくりと空を眺めていた顔を私に向ける。そんな彼に唇を寄せて重ねると、恵くんの唇はやけに冷たかった。





『……私は、恵くんが好きだよ』

「………」

『確かに最初は私を愛してくれる恵くんを愛してた。それは否定できない』

「…………」




私の言葉に恵くんは傷付いたように眉を寄せて唇を噛んだ。そんな顔しないでよ。なんで分かってくれないの。恵くんって意外と自分に自信が無いよね。…私にそっくり。




『でも今は…、ううん、今じゃない。本当はずっと前からそうだったのに、認めるのが怖くて認めてなかっただけ』

「……………」

『本気になって捨てられたらとか、自分が可愛くてその事実を隠してた。…きっと、心のどこかで恵くんの愛情を疑ってた』

「俺は…、」

『うん、ちゃんと分かってる。今なら心の底から恵くんの愛情を信じられる。恵くん≠信じてる』




目蓋を閉じてゆっくり開いて恵くんの瞳を見ると、その瞳には膜が張っているおかげでキラキラと輝いていて本当に宝石みたいだった。




『…私は、伏黒恵くんを愛してます。心の底から』

「…………」

『私を愛してくれるからとか、私を見てくれるからとかなんて、もう、 関係ない。そんな事が考えられないほどに、恵くんが大好きで、愛してる』

「…………名前、」

『………やっぱり、恵くんに呼んでもらえるのが、いちばん、好きだなぁ、』





そう言って笑って彼の頬を撫でるとポロポロと恵くんの瞳から涙が零れて目を見開いてしまう。




『恵くん…?』

「…………」

『わぁっ、』




手が離されて体がキツく抱きしめられる。膝はぶつかるし回された腕が苦しいし肩はどんどん濡れていくしで大変だったけど、この温もりが愛おしすぎて彼の背中に腕を回す。




「……足んねぇよっ、そんなんじゃ、」

『……どうしたらいい?』

「もっと、言ってくれ…、」





震える声で言う恵くんの髪を撫でながらひとつひとつの言葉を大切に紡ぐ。ちゃんと聞こえるように、届くように。




『好き』

「…ん、」

『大好き、』

「……ん、」

『愛してる』

「……俺も、愛してる」





呪いを込めずにただ気持ちを込めて音を紡ぐ。呪いは言葉通り呪いでしかない。縛り付けるための、呪い。
離れないように、消えないように、呪う。気持ちが離れていかないようにするための縛り。




『……呪いじゃない愛の言葉なんて、初めて言った』






だって、私達に呪いはもう必要ないから。縛り付ける必要も、気持ちを疑う必要も無い。





「名前…、好きだ、…愛してる」

『……うん、』






呪いなんかよりこっちの方が余っ程重たい。重たくて、心地いい。
恵くんの肩口に額を付けて涙を流す。やっぱり恵くんの隣は暖かくて優しくて、酷く綺麗。




『恵く、』




顔を上げると唇が重ねられて目を見開く。恵くんの長い睫毛がぶつかってほんの少し冷たかったからまだ泣いてるのかもしれない。




『…恵、くん、』




角度が変えられて段々呼吸が苦しくなる。少し顔を離したいけど背中と後頭部に回ってる手のせいで距離が開くことは無かった。




『ま、…まっ、て、』




本当に恵くんに殺されるかも。そんなことを思いながら彼の背中を必死に叩くと離れてくれたけど体に力が入らなくてそのまま恵くんの胸元に額を預ける。必死に酸素を吸っていると背中が撫でてくれた。いや、恵くんのせいだけども。






「名前」

『…なに?』

「俺と付き合ってくれ」

『………………今更それ言うの?』

「大事だろ」

『………………手が早い、クソ野郎、』

「だから言っただろ」

『手出した後にね』




恵くんはサラサラと私の髪撫でるから気持ちよくて目を細める。




『……恵くん、』

「ん?」

『私を好きになってくれてありがとう』




顔を上げてそう言うと恵くんは私の首裏に両腕を回してネックレスを解く。そしてその指輪を私の左手の薬指に何も言わずに嵌める。……どうして無言なの?




『…恵くん?』

「…………なんか、……眩しいな」




恵くんがあまりにも幸せそうに笑うから一瞬呼吸が止まった。





『………恵くん、私と付き合って下さい』

「…………俺の話聞いてたか」

『うん。聞いてた』

「寝てただろ」

『起きてたよ』

「…………こんな会話前にしたな」

『したね。懐かしいなぁ…』





恵くんも思い出しているのかフッと小さく笑った。私も恵くんの首裏に腕を回して指輪を抜き取って、薬指につける。




『………』

「…………」

『……何か、言って欲しいなぁ』

「……重てぇな」

『……………うん、』





呪いをかけたわけでも、ましてや解いたわけでもない。私達の体にはお互いの呪いが刻まれてる。でも、それよりも遥かに重たい縛り。その縛りだって形だけのものだからただの真似事なのに。……なのに、




「……重てぇな」

『………嫌?』





そう聞くと恵くんは額を合わせて目尻を優しく下げて甘く言葉を紡いだ。




「この重さが幸せなんだろ」

『イカれてるなぁ…』




眉を下げて笑うと恵くんが両手で私の頬を包んだ。右頬に金属の冷たさを感じて目を細める。




『恵くん、』

「なんだ?」

『私を恵くんの神様にして』

「………」

『捨てる神も拾う神も、全部恵くんがいい』




頬を包んでいる恵くんの手を包むとじんわりと温かさが移る。私意外と緊張してるのかもしれない。手が冷たい。




「……あの時と立場が逆転したな」

『神様じゃない私は嫌?』

「………そうだな」




恵くんは私の手を剥がすと私の髪を耳にかけて額にキスを落として優しく微笑んだ。





「俺を名前の神様にしてくれるなら、名前だけの神様になってやる」

『……もし私の神様が変わったら?』

「言っただろ。一生恨んで、死んだ後も恨み続けるって」

『一生恵くんと一緒かぁ…。それは素敵だね』

「イカれてんじゃねぇか」

『恵くんのせいだよ?恵くんのせいでこんなにイカれちゃったんだから、責任取ってよ』





ジト目でそう言うと恵くんは優しく触れるだけのキスをすると酷く甘い声で私の鼓膜を揺らした。





「……本望だ」






もう一度重ねられた唇は温かくて泣きたくなるほど優しさに溢れていて少しだけしょっぱかった。



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