ひとりふたり色どり



「はいこれあげる」

『……制服?』

「うん。着替えて」

『………なんでですか?』





お腹の傷が塞がり始めた頃、五条先生に制服を渡され広げるといつも私が着ていた制服とは少し違っていた。





「ほら早く患者服脱いで」

『まっ、まさか!ここで乱暴をしようと…!?』

「早く脱いでよ〜、脱がないなら脱がしちゃうぞ〜」

『…………』

「自分から振っておいて無言は酷くない?」

『……ふふっ、』

「え、なんで急に笑いだしたの?情緒不安定?」






お腹を抱えて大口を開けて笑うと傷口が痛んだけどそれよりも瞳に溜まる涙を拭う方が大切だ。



『あー、…久々に笑ったなぁ』

「僕は何も分かってないんだけど…」

『恵くんと初めて会った日に同じ会話をしたんです』

「え。何があったら初対面であんな話になるの?」

『………早く、恵くんに会いたいなぁ』

「なら、早く準備して」




五条先生の言葉に最後にもう一度だけ涙を拭ってフーっと息を吐く。




『…これなんで男性用なんですか?』

「動き回るならやっぱりスカートよりズボンでしょ」

『………まだ傷口塞がってないんですけど』

「大丈夫だよ」

『何を持って大丈夫だと断言しました?』

「ほら早く着替えて。時間無いよ」




答えになってない五条先生の言葉に眉を寄せながらも着替える為に患者服に手をかけると五条先生は後ろを向いてくれた。そこの常識はあって良かった。




「セクハラで訴えられたら嫌だからね」

『パワハラには近いことしてますけどね』

「えー?」

『なんで急に耳が遠くなるんですか…』




着替え終わると思ったより動きやすくて次からスカートじゃなくてこっちにしてもらおうかな、なんて思った。




「よし。着替えたね。じゃあ行くよ」

『何処にですか?』

「ん?」



五条先生は振り返ると目隠しを少し上げて口角を上げた。





「禪院家に乗り込むよ」





この人もしかして私を殺す気なんじゃないかな。





∴∴∴∴





禪院家に乗り込んで会合が行われてるであろう部屋の襖に蹴りを入れて蹴破ると視界に大好きな黒髪が見えて顔を向けると視線が交わった。



『…………え、』





着地までのコンマ数秒の中で冷や汗がドバっと出た。ちょっと待って。違う。やり直させて。本当の私はこんなに足癖悪くないの。ちがいます。五条先生の指示なんです。私もっと女の子らしいんです。だから誤解しないで恵くん。




『めぐ、』





着地した瞬間に立ち上がって弁解する為に両手を上げようとした時にはもう私の体は温もりに包まれていた。





『…………恵くん?』

「………………」





久しぶり過ぎる温もりに目の前が涙で歪んだ。唇が震えて空気が上手く吸えない。呼吸ってどうやってするんだっけ。



「……名前ッ、」

『ーっ、』





唇を噛み締めてゆっくり恐る恐る彼の背中に腕を回すと、私の背中に回された腕に力が込められた。苦しくて痛かったけどそれすらも嬉しかった。





「………感動の再会やなぁ?亡霊が」





直哉さんの言葉にゆっくりと体を離して視線を移動させる。部屋には上層部の人間がいた。五条先生の言った通りだ。




『……大好きな人に会いたくて化けて出ちゃいました』

「ならもっかい死んでもらうしかないわ」

「させませんよ。絶対」




すぐ隣で恵くんが強くそう言うと直哉さんは眉を寄せた。周りの上層部の人間は慌てたように大きな声で殺せ殺せと合唱を始めた。




『……本当に人を人として見てない最低なクズの集まりですね』

「バケモンは祓う殺す。それが呪術師のお仕事やろ?」

『その化け物に救われてるのがそこの上層部の方達ですよ』

「名前ちゃんが居らんくても大して変わらへんよ。安心して死んでええよ」

「俺達はその話をしに来ました」



恵くんはそう言うと虎杖くんや野薔薇、そして乙骨先輩が1歩前に出た。でも虎杖くんと野薔薇は私を見ると眉を寄せて睨んだ。…え、怖い。




「1回死んでた俺が言えることじゃないけど」

「全部が終わったら話聞くわよ!こんの馬鹿ッ!」

『…………うん、全部終わったら、話す』





私の答えにふたりは小さく笑ってくれた。その優しい笑顔につられるように頬が上がるのを感じた。すると恵くんがゆっくりと言葉を紡いだ。




「これ以上俺達の青春を邪魔するなら、ここに居る呪術師は石ころアンタらの身の安全を保証しません」

「…………なんやと?」

「つまり…、アンタらを守らずに呪霊のエサにしてやるって言ってんだよ」




恵くんは鼻を鳴らして嘲笑する様に言葉を吐くと辺りの上層部の人間が息を飲んだ。



「言葉を取り消せ!取り消さなければ反逆者として処分するぞ!」

「禪院家の人間のクセに貴様は裏切ると言うのか!」

「直哉さんは困らないでしょうけど、上層部の人間は困るでしょうね」

「……………クソガキ」





禪院さんの低く唸るような声がして顔を向けると、彼の隣には五条先生が居て馴れ馴れしく肩を組んでいた。…いつの間に、




「若人から青春を取り上げるなんて 許されていないんだよ 何人たりともね」

「五条悟…ッ!」

「まさか貴様も御三家を裏切るつもりか…!」

「裏切る…?先に僕を裏切ったのはそっちでしょ?僕の大切な生徒を殺そうとしてくれちゃってさ」

「………オマエら、調子に乗んなや」





禪院さんは肩に乗った五条先生の腕を振り払うと青筋を浮かべて顎を引いた。五条先生はスっと口角を上げると目隠しを下にずらしてスっと目を細めた。




「調子に乗るなは僕のセリフだよ。随分と好き勝手やってくれたね。僕を殺せないから恵を殺そうって?まだ諦めてなかったの?」

「……オマエくらいすぐに殺したるわ」

「殺せるといいね。でも僕と同じくらい厄介な子があと数人居るんだけど。大丈夫?」




五条先生の言葉に禪院さんが眉を寄せると彼の首元に刀が当てられた。




「純愛の邪魔をするのは感心しません」

「…………乙骨憂太、」

「コイツらの何処が純愛なんですか?私からしたらイカれてる様にしか見えませんけど」

「呪い合うって凄いよなぁ。でもまぁ、それが伏黒と苗字らしいけどな」




虎杖くんは片手で拳を作ってパシンッともう片手に当て、野薔薇は金槌を肩に乗せて顎を上げて引いたように顔を歪ませた。




「……純愛なのかは分かりませんけど、これが俺達なんです。その邪魔は誰にもさせません」

『………恵くん、』

「俺は二度と後悔しないって決めたんで」




そう言って前を真っ直ぐ見る恵くんの胸元には銀色の指輪が揺れていた。……本当、馬鹿だなぁ。





「それで?どうする?おじいちゃん達。特級呪術師でグレートティーチャーの五条悟に」

「同じく特級呪術師 乙骨憂太」

「一級呪術師 虎杖悠仁ッ!」

「同じく一級呪術師 釘崎野薔薇」

「一級呪術師…、一応禪院家 28代目当主 伏黒恵。まぁなる気は無いですけど」

「そして準一級呪術師の苗字名前まで居る。他にも居るよ。同意が取れてるだけでも5人。その中にアンタらが重宝してる家入硝子も居るケド?」

「………高専4年の3人か。真希ちゃんも裏切るんやな。自分の家を」

「だーかーら、先に裏切ったのはソッチ。大切な後輩殺されて許せるわけないでしょ。あともう1人はアンタらが人間扱いしてない補助監督の伊地知だよ」

『………伊地知さん、』





彼が御三家に逆らうなんて思えなかった。そんな私の思考を読むように五条先生はフッと笑った。




「伊地知の意思だよ。僕が何かを言ったわけじゃない」

『…………』





あぁ、本当、優しい人ばかりで嫌になる。やっぱり私は恵まれすぎている。

涙が零れそうになって唇を噛むと手のひらが温もりに包まれて顔を上げると恵くんが前を見たまま力強く言葉を紡いだ。





「高専内には禪院家に不信を抱いてる人が増えてます。明らかに不平の任務の配置。今まで無かった家入さんの海外任務。禪院家直属である呪術師の報告の無い任務。これは名前を殺す為の口実ですよね。そして上層部の人間と禪院家 現当主である直哉さんのみの今日の会合…。御三家である五条・加茂が呼ばれていないのは可笑しいです」

「………会合の事を言うたのは真希ちゃん落ちこぼれか」

「この不信が爆発する前に手を引くべきだと思います」



恵くんの真っ直ぐで強い言葉が耳を揺らした。


どうしてこんなにもこの人の隣は息がしやすくて、心地いいのか。



やっと私の世界に色が戻ってきてくれた。



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