不可視でも瞬いて



「……え、」

「先生…、今なんて…、」

「…名前が任務中に命を落とした」






五条先生の言葉に頭が真っ白になった。隣で話を聞いてた釘崎も同じなのか息を飲んだのが分かった。



「ふ、伏黒…、」

「………………」





何も言わない伏黒に顔を向けると目を見開き顔を青くして切羽詰まったような顔をしていた。久しぶりに学校に来れたと思ったら苗字の訃報を聞かされたんだ。俺達でさえ、混乱して上手く息が出来ないのに、伏黒が冷静を保てるわけがない。






「………なんでよ…、なんで名前が死なないといけないのよ…、名前が何をしたって言うのよッ!」

「く、釘崎落ち着けって…、」

「落ち着けるわけないでしょ!?」

「伏黒が、一番辛いだろ…、」

「知らないわよそんなの!私は辛くないって言うの…!?」

「そうじゃねぇって…!」




子供のように涙を流す釘崎にグッと息を飲む。そうだ、釘崎だって辛くないわけがない。…俺だって、




「………ひとりにしてくれ、」

「恵」

「ひとりにしてください、」






伏黒は虚ろな瞳でそう呟くと教室から出て行ってしまった。俺が後を追おうとしたら五条先生に腕を掴まれた。




「ひとりにしてあげなよ」

「でもっ!」

「整理する時間が必要なんだよ。今の恵には」

「………そっか、」





確かに今はひとりにしてやった方がいいか。俺も釘崎もまだ気持ちの整理が出来ていないし。いつになっても人が死ぬのは本当に慣れない。




∴∴∴∴





「…………」

「どこに行くつもり、恵」

「どこだっていいでしょ」

「憂太なら海外だよ」

「誰も乙骨先輩を探してるなんて言ってませんけど」

「そう?僕はてっきり憂太と一緒に禪院家を滅ぼそうとしてるのかと思ったよ」





五条先生はそう言ってヘラリと口元を持ち上げた。分かってて言う辺りこの人の性格の悪さが伺える。





「禪院家を滅ぼせば全てが上手くいくことに気付いたので」

「でも名前は帰って来ないけどね」

「……………」

「禪院家を滅ぼして死ぬつもり?」

「………いけませんか」

「生徒が自ら死のうとしてるのに止めない教師がいると思う?」

「……………」




唇を噛むとギリっと音がして顎に血が伝うが分かった。何のために俺はアイツを手放したんだ。何のために自分を押し殺して姿を消した。何のために俺は捨てた。


何のために俺は生きてる





「……もう、どうでもいいです」

「………恵」




咎めるように俺を呼ぶ五条先生にフッと体の力を抜くと目の前から色が消えた気がした。全てが白黒で色も匂いも全てが無くなった。




「俺は、何のためにアイツを捨てたんですか。何のために生きてるんですか」

「………」

「もう、全部どうでもいいです。生きようが死のうが。御三家とか、呪術師とか…、全てがどうでもいい」





大切なものを守れずに何を守れっていうんだよ。何よりも大切だったものを奪われて、奪ったヤツらを守るのか?そんなクソみたいなことがあるか。どうしてアイツが死んで老害共が生きてんだ。そんなヤツらが生きてる意味が本当にあるのか。





「禪院家を滅ぼしてどうするの」

「……どうもしません。ただの自己満足です」

「復讐なんてくだらないと思わない?」

「思いません。俺はどうしても殺したい。俺から大切なものを奪ったアイツを」

「……憎しみは人を苦しめるだけだよ」

「じゃあ俺の苦しみはどこに行くんですか。どこに消えるんですか。……俺にとっての善人が幸せになれないならそんな世界は要らない」

「愛ほど歪んだ呪いはない、2年前に僕は言ったよね」

「だったらなんですか。御三家の五条先生は禪院家が滅ぼされたら困りますか。だから俺を止めるんですか」

「その歪んだ中でも超えてはいけないラインがある」

「どうでもいいって言ってるじゃないですか。そんなライン、呪術師には意味が無い」

「名前を失って辛いのは分かるよ。僕だって大切な生徒を失ったんだ」

「アンタに何が分かんだよッ!」





胸倉を掴んでも五条先生の表情は変わらなかった。アンタと俺の苦しみを一緒にするな。2年前にアイツを殺そうとしたアンタに助けを求めようなんて思わない。




「…殺す。絶対に」

「…恵」

「アンタに止められようと俺は禪院家の人間を皆殺しに、」





怒りで目の前が真っ暗になった時、頬に痛みが走って目の前が弾けた。横を向いた顔を戻すと五条先生が手のひらを上げていて、頬を叩かれた事を知った。




「……………あ?」

「子供みたいな癇癪を起こすな。今の恵はただのガキだ」

「……………結局アンタも御三家だったって事かよ」

「僕はそんなのに興味無いよ。僕は先生だからね、生徒が間違った道に進みそうになったら道を正してあげるのが僕の仕事」

「うるせぇよ。間違った道を作ったのがアンタの言う老害大人でしょ」

「確かにそうだね。だからいずれ正すよ」

「それが今だって言ってるんです」

「そうだとしてもそれは殺すことじゃない。殺したところで首が変わるだけ」

「ならその代わりも潰せばいい」

「冷静になれ恵」

「なってます」





即答する俺に五条先生はフーっと呆れた様に溜息を吐いてさっきとは反対の頬を平手で殴った。



「……何すんだよ」

「呪力ブレブレなくせにどこが冷静なの。呪術師になりたてだった1年の時の悠仁より酷いよ」

「………」

「もっと考えろ。自分に何ができるか」

「……………今更、何ができるんですか、何をすればいいって言うんですか」

「それを考えるのは恵自身だよ」

「…………」

「もう後悔はしたくないでしょ」





ゆっくりと息を吸って、全てを吐き出すように深く吐き出すと少しだけ世界に色が戻った気がした。





「……これ以上の後悔なんて、ありません」





今日より後悔する日なんて絶対に有り得ない。



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