『……五条先生?』
「おはよう名前」
『おはよう、ござい、ます』
「久しぶりにゆっくり眠れた?」
『……頭が、ボーッとします、』
「………久々に沢山寝たからかな。冷やしタオル持ってくるよ」
『………タオル?』
「長く寝てたせいか目が腫れてる」
上体を起こすと確かに目の辺りが重たかった。まるで泣いたみたい。
「はい、タオル」
『ありがとうございます、……ずっと五条先生がいてくれたんですか?』
「うん。他には誰もいなかったよ」
『……そうですか、』
目元にタオルを当てると冷たくて気持ちよかった。変に瞼が熱を持っていて頭も瞼も重たい。
『……任務行かないと、』
「……名前さ、呪術師辞めないの?」
『……どうしてですか?』
「呪術師を辞めれば恵と一緒にいられるんじゃない?」
『私も考えました』
「なら、」
『でも、それで恵くんに捨てられたら?嫌われたら?愛してもらえなくなったら?……そしたら、私は恵くんの役にすら立てない。そばに居られなくても、私は恵くんの役に立ちたい。少しでも力になりたい。…私は、恵くんに何度も救われたから、少しでも恩を返したい』
「………」
『……なんて、御託を並べましたけど理由はもっと単純で汚いんですけどね』
「……」
『ただ、彼の近くに居たいだけ。結局は自分のため。未練たらしく引き摺ってるだけ』
タオルが段々涙で濡れていくのが分かった。それを隠すように口元に笑みを浮かべる。
『少しだけ五条先生が羨ましいです』
「なんで?」
『私も自分に自信が持てるようになりたいなぁ。五条先生みたいに無駄でもいいから』
「無駄って…。軽口が叩けるようになったのはいい事だけど」
『もう少し、頑張ってみます』
「………そっか」
先生は私の頭を撫でると少し笑っているようだった。でも顔があげられなくて目元のタオルに顔を押し付ける。
∴∴∴∴
『……なんて、言ったそばからこれですか、』
任務に向かう為に門を出た瞬間に捕らえられて禪院家に連れてこられた。しかもしっかり両手を後ろで縛られてる。
『……またですか。禪院さん』
「そろそろほんまに消えてもらお思てな」
『悪いことしてないんですけど…』
「あるやんか。高専ぶっ壊して暴れたやろ」
『…2年前のことを引っ張り出してきますね』
「でも自分で犯した罪やろ」
『…………たしかに、そうですね』
若気の至りというのはいいことがないなぁ。小さく息を吐くと背中を蹴られて地面に倒れ込む。砂利のせいでクッソ痛い。
「残念やけど恵くんは今居らへんよ」
『聞いてませんけど』
「もしかして王子様の登場を待っとるんかなって」
『…王子様ですか…。恵くんは王子様って柄じゃないですね』
きっと恵くんはどちらかと言うとダークヒーローだ。悪人は助けない。だから、私を助けない。
『…………もう、疲れちゃいました』
「おっ、死ぬ気になったん?」
嬉しそうに言葉を弾ませる禪院さんが面白くて笑ってしまった。そしたら睨まれた。別に馬鹿にしたわけじゃないんだけど。
『愛されたいって思うのも、愛したいって思うのも…、逃げたいって思う自分の汚さも全部が疲れた。何より彼が居ないんじゃ、生きてても意味なんてないし』
「意外と持った方やったで自分」
『それはどーも』
素直にお礼を述べたのに舌打ちをされてしまった。すると禪院さんのお付きの人みたいな男の人に顔を砂利に押し付けられて頬が鋭い石で切れた。呪術師って女を女と思ってない。
『…禪院さんモテないでしょ』
「はぁ?」
『女の子の扱い全然分かってない』
「……口が減らへんなぁ」
『大丈夫ですよ。恵くんも最初は全然でしたから』
「誰も聞いてへんわ」
禪院さんは私の前に移動すると、私の前髪を片手で掴んで上にあげた。今ブチブチっていった。最低だ。
「……ほんまやったら恵くんの前で殺したろ思うとったけど今殺すわ」
『呪力で殺さないでくださいね』
「そんなん聞くと思うか?」
『どうでしょうね。私は貴方のことを知りませんから』
考えることが疲れたんだよ。もう全部投げ出したい。恵くんを好きな気持ちすら全部。疲れちゃった。
『……死んだら地獄に逝けるかな』
「アンタみたいなバケモンは地獄にしか逝けへんよ」
『…そっか、』
ならそれもいいかもしれない。甚爾さんと一緒に恵くんの成長を見守るのもオツというものだ。そしたら私を嫌いな神様にも会えるだろうか。一言くらい文句を言いたい。
『………』
ゆっくり瞼を閉じて衝撃を待つ。最後に一度だけ恵くんの姿が見たかったなぁ。そういえば和服を着てる恵くん見れなかったな。禪院家を継ぐって事は一度くらい着てるはずだ。気がかりはそれくらいかな…。
『……あ、あとは恵くんに殺されたかった』
「それは残念やったね」
同情の欠片も感じられない言い方にこの人らしいなと思った。でもこの人は悪人じゃない。だって犯罪を犯してるわけでもないし、私を殺すのだって正当な理由もある。私が呪霊を取り込んだ化け物だから。
『………』
色んな人から向けられる殺気と嫌悪の目。私を殺そうとする人達に囲まれて生きるのって思ったより辛かった。虎杖くんは本当に凄いなぁ。この中で生きてたのか。私にはちょっと荷が重かったみたい。
『殺すなら、さっさとしてください』
「心配せんでも殺したるよ」
ギリっと前髪を掴んでいる手に力が込められて痛みから眉を寄せると、急に手が離されて額を砂利に思いっきりぶつけてしまった。酷すぎない?流石に。額から血出てるんだけど。
『……五条、先生?』
「僕の生徒に勝手なことしないでくれる?」
血が流れて左目を閉じながら顔を上げると五条先生が禪院さんの腕を掴みあげていた。
『なんで、ここに、』
「名前から目を離すなって言われちゃってさ」
『…誰に、』
「名前は誰だと思う?」
生まれた可能性に慌てて首を振る。違う。そんなわけない。希望を持つから傷つく。なら、期待しない方が利口だ。
「名前は呪詛師とは繋がってないし2年前のを今更持ち出すのは卑怯じゃない?」
「怪しきは罰せよって言うやろ?」
「ちょっと怪しかったら禪院家はこんなことしてんの?暇なんだね〜」
「あ?」
「こんな事してるから恵に次期当主の座奪われちゃうんじゃないの〜?」
「……………」
殺気立った視線を五条先生はなんとも思ってないのか私の体を米俵のように抱えると背を向けた。
「それとこれは忠告だよ」
「……なんやねん」
「あまり僕の生徒を舐めない方がいい」
低くそう言うと五条先生は私を抱えているというのに軽やかにジャンプして塀を登って越えると、外に止まっていた車に私を押し込んだ。
『……伊地知さん?』
「ご無事で良かったです」
「ほらさっさと帰るよ。シートベルトして」
『いや、あの、両手塞がってるんですけど』
伊地知さんが手を縛っていたロープを解いてくれてやっとシートベルトが締められた。車はゆっくりと走り出して私は制服の袖で額の血を拭う。
「さっきの僕ヒーローみたいだった!?かっこよかった!?」
『どちらかと言うと人攫いでしたね』
「恩人に酷くない…!?」
『恩人…、』
「恩人でしょ!?」
何故かテンションが高い五条先生か面倒臭くて窓の外を眺める。
「気にならないの?」
『なにがですか』
「僕に名前を見てるように頼んだのが誰か」
『……気になりません』
「本当に?」
『はい』
「………………似たもの同士で強情だね」
鼻を鳴らして笑った五条先生はそう言って無駄に長い足を窮屈そうにしながらも組んで背もたれに体重を預けた。
『……期待するから、傷付くんです』
小さく呟くと五条先生は後ろを振り返った。
「ん?何か言った?」
『いえ、額が痛いなって』
「そっか」
また前を向くと五条先生独り言のようにポツリと呟いた。
「僕は傷付くのもひとつの手だと思うけどね」
額が傷んで抑えたけど血は止まっていたみたいなのに、目の前が酷く眩んだ気がした。
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