泣き虫のおはようからおやすみまで



「名前〜」

『はい?』

「最近全然授業出てくれないじゃ〜ん」

『任務だから仕方ないじゃないですか』




午前の任務を終えてお昼を食べる為に食堂に向かっていると五条先生に後ろから声をかけられた。もう後ろから話しかけられることに慣れてしまった。




「任務、任務って…僕の授業と任務どっちが大事なの!?」

『任務ですね』

「冷たっ」

『任務を優先しろって言ってるのは高専ですよ』

「そーだけどさー」





五条先生は唇を尖らせて子供のように拗ねていた。三十路になっても子供なんだよなぁ仕草が。




「ご飯食べてる?」

『…流行りですか?その質問』

「ん?誰かに聞かれた?」

『虎杖くんに』

「悠仁は意外と周りを見てるからね」

『……そんなにわかりやすいですか私』

「んや?普通は気づかないんじゃないかな。ただ僕達はほぼ毎日会ってたし、クマが酷いのと少しやつれた感じがするだけ」

『隠すの得意だと思ってたんですけどね〜…』

「大丈夫。上手だよ。現に硝子とか4年は気付いてないんじゃないかな?」

『……恵くんは元気ですか?』

「……どう思う?」

『私が質問したんですけど…』





五条先生は面白そうに私の顔を覗き込んでそう言うからフーっと大きく息を吐く。質問を質問で返すなって言ったのに。




「恵なら大丈夫だよ。任務はギチギチに入れられてるけど大した案件じゃないからね」

『そうですか…』

「重めの任務はぜーんぶ名前に流れてるからね」

『私が肩代わりして恵くんが楽になるなら頑張ってる甲斐がありますね』




小さく笑って言うと五条先生はふざけていた表情を潜めて真面目な表情になった。





「ねぇ、名前」

『はい?』

「僕と結婚する?」

『え。嫌ですけど』

「即答!?」



五条先生と結婚するくらいならパンダ先輩と結婚したいくらいだ。



『一応理由だけ聞いておきますけど、なんで突然そんなこと言い出したんですか?』

「ん?健気な名前が可哀想だなと思って」

『それがどうして結婚することになるんですか』

「忘れてるだろうけど僕、五条家の当主だよ?僕と結婚すれば御三家の集まりに出席できるよ」

『………五条を名乗って恵くんに会いに行けるって?』

「うん」




イカれてるなぁ。好きな人を一目見るために他の人と結婚って…。でも少しありだと思ってしまっている自分が気持ち悪い。




『嫌ですよ。御三家に継いだら絶対子供の話になるじゃないですか』

「まぁそうなるね」

『私は恵くん以外となんて嫌ですよ』

「真面目だねぇ」

『大好きですから』

「…………」




五条先生は驚いたように眉を上げていた。目隠ししてるからよく分からないけど。




「……変わったね名前」

『え?』

「愛してくれる恵を愛してたのに、今は恵自身を愛してるんだね」

『…………』

「自分でも気付いてなかったんだね」





先生の言葉に目を見開くとポロリと頬に涙が落ちた。でも拭う事も出来なくてフッと肩から力が抜けた。




『………本当、嫌になりますね、』

「そう?僕はいいと思うけど」

『気付きたくなかったなぁ…』




天井を見あげると足の力が抜けて2.3歩ふらつく。膝から崩れそうになると五条先生が私の額に人差し指で触れる。次の瞬間に視界が歪んで気が遠くなる。





「そんな怖い顔しなくても何もしないよ」




最後に聞こえた五条先生の言葉の意味が分からなかったけど崩れていく体勢を保つことが出来ずに倒れ込むのを覚悟して意識を手放した。





∴∴∴





夢を見た。恵くんが眠っている私の頬を優しく撫ででくれる幸せな夢。




『……恵くん、』

「……………」




薄ら瞼を持ち上げると恵くんが私の首元にかけていたネックレスを撫でていた手を離して、前髪を避けると髪を耳にかけてくれた。懐かしい感覚に目を細めると目の下を親指で摩られた。それが気持ちよくて瞼を閉じそうになるけど必死に瞼を持ち上げる。




『……ごめんね、恵くん、』

「……なにが」




優しい声色に涙が流れる。大好きな声。恵くんの柔らかくて甘くて優しい声。涙が耳の辺りまで流れて気持ち悪いけど今はこの温もりを感じていたかった。




『好きになって、ごめんなさい、諦められなくて、ごめんなさい、』

「…………」





流れ続ける涙を恵くんは優しく拭ってくれたけど、それでも涙は流れ続けた。夢の中でしか会えないから、





『恵くんを、愛して、ごめんね、』

「……名前、」

『…幸せを奪って、ごめん、』




恵くんは苦しそうに眉を寄せてしまった。夢の中でさえ私は恵くんを笑顔にできない。本当に自分が嫌になる。私は恵くんを苦しめることしか出来ない。大好きなのに、大切なのに。幸せにできない。




『…叶うなら、恵くんを幸せにできるような、自分になりたいなぁ、』





そう言って恵くんの手に少しだけ擦り寄ると小さく恵くんが呟いた。




「……これは夢だから、」

『うん、私の都合のいい夢だね…、でも、それでも会えるなら、いいや、』

「俺にして欲しいことあるか」

『…して欲しいこと?』

「……どこかに行きたい、とか」

『………行きたい、場所、』





頭の中で行きたい場所を考える。行きたい場所、…行きたい場所かぁ。恵くんとなら何処でもいいなぁ。でも強いて言うなら、恵くんと消えてしまいたい。全てを捨てて、貯めたお金で物価の安い国で質素でも幸せに、



「言ってくれ、名前、そしたら俺は、」





眉を下げて苦しそうに呟く恵くんの頬に手を伸ばすと届くまでに手を取られて彼の頬に当てられる。手も頬も冷たくて心配になってしまう。夢の中だから体温も無いのかな。それとも体温すら思い出せないのかも。





『…夢の中でまでワガママ言って、困らせられないよ、』

「…………」

『違うね…、これ以上、自分の事を嫌いになりたくないっていうワガママだね…、』





いつまで経っても自分のことしか考えていなくて自分が汚い人間で腹立たしい。全部、これ以上恵くんに嫌われたくないってワガママ。少しでもよく思われたいっていう自己満足。結局私は出会った頃と何も変わってない。




『……こんな私だから、恵くんも嫌になっちゃったのかな、』

「……名前、」

『……私も、私が大嫌いだよ、』

「俺はッ…、」




やっぱり、私が自分を好きになれる日は来ないみたい。これ以上嫌われるのが怖くて本音が伝えられない。嫌われたくない。幻滅して欲しくない。失望されたくない。





『……夢の中だけでも、恵くんに会えてよかった、』

「………、」

『大丈夫だよ、恵くん。私は大丈夫になったから、』





どうか私を置いていって



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