利口にもかわいくもさよならも



「あ、伏黒戻って来たわよ」



野薔薇の声を聞いて扉に目を向けると何処か機嫌が良さそうな恵くんと冷や汗をかいている虎杖くんがいた。




『…機嫌良さそうだね』

「まぁな」





私から視線を逸らしながら楽しそうに答える恵くんに口角がピクリと揺れるのが分かった。別に恵くんはあの女の子とどうこうなる気はない。ないはず、きっと。





「俺今から任務あるから」

「いってらっしゃーい!」

『…いってらっしゃい』





恵くんはチラリと私を見て教室を出て行くと、虎杖くんと野薔薇がチラチラと私を見るからその事にも少しイラッとしてしまった。




「…あ、あの、苗字サン?」

「だ、大丈夫よ!伏黒よ?」

「そうそう!何も心配いらないって!」

『別に私は何も心配してないけど』





自分でも思ったより低い声が出て驚いたけど、今の機嫌は最悪だから仕方ない。だってなに?あの態度。あの子と会うようになってから目もちゃんと合わないし、すぐ何処かに行ってしまう。




『………』





あぁ、もう本当に嫌だ。頭もお腹も痛い。今すぐ暴れだしたい。すべてを壊してしまいたくなる。





『…わたし、部屋に戻る』

「お、おう!」

「ま、また明日ね!」

『うん』




部屋に戻ると言いながら私は職員室に向かって、扉を勢いよく開くと椅子にかけていた五条先生が振り返った。





「なーにー?扉壊れるんだけど」

『……組手の相手してください』

「えー?面倒だから嫌だなぁ」

『じゃないと暴れます。いま、ここで』

「どんな脅し文句…?……まぁ、仕方ないか。生徒が頼ってくれてるわけだしね」






五条先生は椅子から立ち上がると私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて歩き出したから後に続く。




「前みたいに暴走して校舎半壊にされるよりはましだよね」

『………ありがとうございます』

「いいえ」





高専内にいる人の中で私の本気をぶつけても倒れないのはこの人くらいだろうから仕方なく頼むしか無かった。





「はい、おしまい。気は済んだ?」

『…………………死んだかと思いました』

「生きてるから平気だよ」




どれくらい暴れたかわからなくなった頃、気がついたら仰向けに倒れていた。やっぱり強いな。認めたくないけど。




「それで?恵と喧嘩でもした?」

『………してません。すぐ恵くんに繋げるのやめてもらっていいですか』

「だって恵絡みでしょ?」

『そうですけど…』

「本当に面倒くさいよね。何か問題を起こさないと気が済まないの?」

『そんなつもりは無いですけど…』




寝転がったまま唇を尖らせると五条先生は私の隣に腰を下ろした。いつも思うけど座り方がガラ悪いんだよなぁ…。





「何があったのか分からないけど面倒事だけはやめてね」

『分かってますよ』

「何か困ったら何でも言ってよ。これでも名前の担任なんだからさ」





珍しく先生らしいことを言う五条先生に驚くと軽く頭を叩いて部屋を出て行った。地味に痛かった。だって珍しかったんだから仕方ない。
でも暴れたおかげで気持ちが少しだけ軽くなった。どうにか眠れそうだ。





『……お風呂入って寝よう』






長く息を吐いて立ち上がってさっきより軽くなった体で部屋を出て自室を目指す為に高専内の廊下を歩いていると、ふと外に視線を向けた。





『……………え、』






門の前に恵くんの姿が見えたと思ったら、昼間にも来ていたあの女の子の髪を一度だけ撫でていた。




『………………』





ドロドロとした感情がお腹の辺りを支配して目の奥が熱くなって頭が急激に冷える。唇を噛むと血の味がしたけど気にならなかった。
ふたりからゆっくり視線を逸らして自室を目指す。やけに冷静な頭に自分でも驚いた。





『………恵くん』







お風呂に入って髪を乾かして恵くんの部屋の扉をノックすると扉が開かれて彼が少しだけ目を細めた。





「どうかしたか?」

『少しだけ話がしたくて』






そう言うと恵くんは私の中に招き入れてくれた。通い慣れた部屋が嫌に広く感じて眉が寄りそうになるのを必死に抑えて床に腰を下ろすと恵くんがお茶を出してくれた。





『ありが、』





恵くんが机にお茶を置いてくれた時ふわりと感じた女物の香水に一瞬頭が真っ白になって気づいた時には彼をベッドに押し倒していた。






「名前?」

『……………恵くん、今日何してたの?』

「任務だって言っただろ」

『その後だよ。任務から帰ってきたあとの話』

「………別に何もしてねぇよ」





視線を逸らして答える恵くんに奥歯を噛み締める。嫌だ、なんで離れていくの。結局恵くんも私を好きじゃないってことなの。口だけだったってこと。離れないで。嫌いにならないで。他の人を好きならないで。私だけを見て。私だけを愛してよ。





『っ、』

「そんなに噛んだら唇切れるぞ」





そう言って頬を撫でるように当てて唇を親指でなぞる恵くんの手を払ってゆっくり喉元に手を移動させる。これ以上は駄目だ。それは超えちゃいけないラインだ。




『…………』







両手で喉を包むように手を当てるとトクトクと彼の脈が動いていることを感じる。やめて。駄目。力を入れたら私は人じゃなくなる。恵くんは十分私を愛してくれた。もういいじゃん。本当なら味わえない幸せをくれた。これ以上は望んじゃいけない。





「………名前」





そうやってあの子も呼んだの。私に触れるみたいにあの子にも触れたの。…愛してるって、言ったの。





「………フッ、」

『………………………なんで、笑ってるの』






恵くんは堪えきれないとでも言わんばかりに小さく声を漏らした。突然のことに目を見開くと恵くんはまた喉を鳴らして笑った。…笑う状況じゃないと思うんだけど。





『笑うところひとつもなかったんだけど』

「いやっ、オマエ、すげぇキレてんじゃん」

『……は?』





低い声で言うと私と対照的に楽しそうな恵くんは上体を起こして私にキスをする。





『……どういうこと』

「人殺しそうな顔してんぞ」

『恵くんは私をどうしたいの』

「嫉妬で狂わせたい」

『……………恵くん』





恵くんの考えが分かって責めるように名前を呼ぶと宥めるようにまた唇が重ねられた。しかも啄むように重ねられて慌てて彼の胸元に手を当てて距離を取る。




『…わざと会ってたの』

「そう」

『私に嫉妬させる為に?』

「うん」

『……………』





楽しそうに顔を歪める恵くんを睨み返すと、髪を耳にかけられた。あの子に触れた手で触らないでよ。




『触らないで』

「さっきの見てたんだろ」

『……それもわざとだったんだ』




小さく舌打ちをすると恵くんは頬を少しだけ染めて眉を緩め私の頬にキスを落とした。




「……すげぇ可愛い」

『………怒ってるんだけど、私』

「それがすげぇ可愛い」






嫉妬で塗れてる顔を可愛いっていうのは恵くんくらいだと思う。恵くんは私の髪を梳くと嬉しそうにキスをした。それに眉を寄せると彼は私の頬を両手で包み込んだ。




『…………二度と、あんなことしないで』

「分かった」

『私だけにして』

「あぁ」

『あんな風に触らないで、…私だけにして、』

「約束する」





ポロポロと涙を流して懇願すると恵くんは至極嬉しそうに笑って涙を拭った。最近気付いたけど私より余っ程恵くんの方がイカれてる。
恵くんの首裏に腕を回して抱きつくと優しく髪が撫でられた。するとさっきの香水の匂いがしてまた涙が溢れる。





『この匂い、嫌だ…、』

「匂い?……あぁ、さっき釘崎が新しい香水買ったって言ったから1回だけ付けた」

『………なんで?』

「名前が勘違いして嫉妬してくれると思ったから」

『…………………酷い』

「ちょっと仕返しも入ってるけど」

『仕返し?』

「狗巻先輩とかに甘えたりするだろ」

『………すみません』





身に覚えがあって素直に謝ると少しだけ首筋が噛まれた。少し気をつけようと思います。




『……恵くん』

「ん?」

『お風呂入ってきませんか?』

「…フッ、」

『笑うところじゃないんですけど…』




背中を叩くと余計に笑われた。酷い。私は本気で言ってるのに。




「入ってくるから待ってろ」

『……うん』




恵くんは楽しそうに喉を鳴らしながらそう言って洗面所に移動した。私はベッドの上で体育座りをして膝の中に顔を埋めて息を吐くとさっきの光景がチラついてグッと唇を噛む。





「泣いてんの?」

『………今思ったけど、私が泣く時っていっつも恵くんのせいだと思うんだけど』

「他の奴にはヘラヘラしてるオマエが俺の前で泣くならそれはいいかもな」

『……本当イカれてる』

「そりゃどーも」

「褒めてないです…」




恵くんはタオルで髪を拭きながら私の隣に座るとさっきまでしていた香水の匂いがしなくてちょっとだけ心が軽くなった。




『……恵くん、』

「……たまにはこの手もいいかもな」





恵くんの膝の上に移動して抱きつくとポツリと呟くから首筋に噛み付いた。それでも嬉しそうに私の髪を撫でるからムカついて強めに噛み付いた。





「初めて会った時トイレに閉じ込められてたって言ったよな」

『……言ったっけ?』

「それで蹴飛ばして壊したって言っただろ」

『…………覚えてない』

「嘘つくなゴリラ」

『恵くんだって私の話全然聞いてくれなかったし冷たかったよ』

「やっぱり覚えてんじゃねぇか」





覚えてるよ。あんな大事件があったんだから。忘れたくても忘れられない。





「俺はアイツらに感謝してるけど」

『感謝…?』

「だってアイツらが名前のこと閉じ込めてなかったら会えてなかっただろ」

『……イジメてるのに…、感謝…?』





恵くんの言葉が理解出来なくて眉を寄せて体を少し離すと額にキスされた。




『………』

「すげぇ顔してる」

『なんか、さっきのを思い出して腸煮えくり返りそう』

「俺の気持ち少しは分かったか」

『……………危うくあの子のこと呪いそうになった』






そう言うと恵くんが私の唇に歯を立てるように噛み付いたから驚いて肩に手を置いて押し返すけど、余計に体重をかけられて距離を詰められてしまった。




『かっ、噛みちぎられるかと思った…!』

「呪うのは俺だけにしてくれ」

『え?』




恵くんは眉を寄せて私を睨むと低く言った。




「他の奴を呪ったことを想像するだけで嫉妬で狂いそうになる」

『……呪いはいい事じゃないし…、恵くんのせいだよ…?』

「俺にとって名前の呪いは特別なんだよ」




恵くんはそう言ってもう一度唇を重ねた。さっきとは違って甘いキスに身を委ねた。すると唇がゆっくり離されて胸元に頬を当てて甘えるような声を意識して出す。




『……今日は優しく甘やかして』

「…………」




少しずつ恵くんの心拍が早くなって、ゆっくりベッドに押し倒される。





「……いいって、事だよな」

『ちゃんと私だけ愛して、』

「名前しか愛せねぇよ」





首裏に腕を回すと背中に腕が回されて抱きしめられる。そのまま舌を絡めるように唇を合わせて瞼を閉じる。




『…早くさっきのを忘れさせて、』

「………すぐに考えられなくしてやる」





恵くんは私の髪を耳にかけると焦らすようにゆっくりと唇を重ねた。本当に嫌だったんだから。恵くんが他の子に触れてるの。早く忘れさせてよ。馬鹿。



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