銀色の卵(完) | ナノ

加速していく運命によせて




「あー、暇だな〜!伊地知何か面白いことして」

「えぇ…!?」

「まだ1年入学して来ないんだもん。恵がさっさと入学してくれれば僕も暇じゃなくなるのに〜」





任務からの帰りに車を運転する伊地知に無茶振りをすると顔を真っ青にされた。なんだよ、別にそんな難しいこと言ってないだろ。腹踊りしろって言ったわけじゃないし。





「はー、さっさと1年入ってこないかな〜」

「もう2月ですから、あと少しですよ」

「2月に入ってまだ3日なんだけど」

「…まぁ、そうですけど…」





暇だから恵の家でも行って嫌がらせしようと思って伊地知に声をかけようとした時、珍しく伊地知の方から話題を出てきた。






「そういえば、1年生は伏黒くんの他にもう1人いたはずですが…」

「は?僕そんなの聞いてないよ」

「言ってましたよ…、夜蛾学長がしっかり」

「僕が聞いてないって言ってんだから聞いてないんだよ」





伊地知は黙るとカバンから1枚のプリントを出した。運転してんのにそんなことするなよ。事故ったら僕だけ生き残ることになるぞ。





「なにこれ」

「1年生の名簿のコピーです」

「…伏黒恵と?……苗字名前?」

「はい。決まったのは1月くらいらしいです」

「………名前、」





聞き馴染みのありすぎる名前に一瞬ある考えが浮かんだ。そんなわけない。名前は死んでるし、生きていたとしても僕と同じ歳のはずだ。名前なんてどこにでもある名前だし。無駄な希望を持つのはやめておけ。





「……この子の家ってここから近いよね?」

「えっ…?ここから50kmはありますよ?」

「近いよね?」

「え、いや…、」

「近いよね?」

「近いです…」

「だよね。じゃあちゃっちゃと向かっちゃって」

「…はい」





いやー、近くてよかった。教え子になる子だもんね。様子くらいは知っておかないとだよね。





「……着きました」

「お疲れ様〜」






その子の家に着く頃には辺りは暗くなっていた。まぁ2月だからね。日が落ちるのも早いよね。
表札を見ると名簿と同じ苗字と言う名前。やっぱり違うよな。そう思いながらチャイムを鳴らす。





「はーい?」

「初めまして。4月から名前さんの担任を勤めます五条悟です。急に申し訳ありません。たまたま近くに寄ったものだったので」

「あら!上がってください!」

「ありがとうございます。…伊地知は待っててね」

「…え、」





僕が家の中に入り、腰を下ろすと母親と見られる女性は2階に向かって声を上げた。





「名前ー!高校の先生が来たわよー!」

『えー!?』




慌てたような声が耳を揺らした。そんなわけない。似てるだけだ。それに名前はもう少し声が高かった。……いや、10歳だったからか?





「早く来なさい!」

『はーい!』





2階から階段を駆け降りる音が聞こえて扉に視線を移す。すると襖が開かれて中学校の制服に身を包んだ女性が姿を現し、思わず目を見開いてしまった。僕を見てその子も少し驚いていた様だったすぐに目元を柔らかく緩ませた。




「……………」

『初めまして!4月から呪術高専に通う苗字名前です!よろしくお願いします!』

「………五条悟。4月から君の担任だよ。よろしくね」




あの時より伸びた背丈、大人びた声。でも僕には分かった。



ーー名前だ





どうして生きているのか、そんな事は分からなかったし、考えられなかった。ただ名前が生きていることが嬉しかった。
右手を差し出すと名前はパチパチと瞬きを2度して僕の手を取った。





『五条先生はなんで目隠ししてるんですか?』

「ん?なんでだと思う?」

『………スイカ割りの途中でした?』

「ぶはっ!スイカ割り!」




思いもよらなかった答えにお腹を抱えて笑うと、名前はフワリと笑った。意外とギャグセンスが高いみたい。





「あー、面白かった…」

『それは良かったです』

「4月からすぐ寮に入れるように荷物まとめておいてね」

『はい!もうまとめてあります!』

「それじゃあ突然来ちゃったし僕はそろそろ行こうかな」




立ち上がって玄関で靴を履いて外に出ると見送ってくれるのか名前も靴を履いていた。




『今日はわざわざありがとうございました』

「急に来ちゃってごめんね」

『いえ!入学する前に先生を見れて良かったです』

「会ってみてどうだった?」

『んー、……強そうだなって思いました』

「正解」

『やった』




名前は小さくガッツポーズをした。僕はずっと気になっていた質問をした。





「名前の術式ってどんなの?」

『術式ですか…?』

「そう」




間がやけに長くて静かな気がした。時間したらたった数秒だろうけど、名前が言葉を発するまで僕には酷く長く感じた。




『お恥ずかしいんですけど…、生き物をほんの少し操るくらいしか出来なくて…』

「………生き物?」

『植物とか虫とか動物とか…、人間は出来ないです…』





恥ずかしそうに苦笑を浮かべながら答える名前に気付かれないように小さく息を吐く。
名前はもう禪院じゃない。血筋に縛られることも術式に縛られることも無い。





「…………良かった」

『……え?』

「育てがいのある子で良かったって事」

『が、頑張ります…!』





気合い十分な名前の頭を撫でると、驚いたようだった。あの時は同じくらいの背丈…、いや、名前の方が少し高かったかもしれない。それが今では僕の方が高くて、歳も12歳違う。



「それじゃあ4月にね」

『はい!ありがとうございました!』




車に乗り込んで伊地知に出すように言うと、車はゆっくりと走り出した。
あの様子だと名前には記憶が無い。まぁ当たり前か。多分、生まれ変わりってやつなんだろうな。随分と運良く見た目が同じで普通に生まれてきたもんだ。


今度こそ、幸せになれるはずだ。普通の家庭で生まれ、普通の術式を持って生まれた。欲を言うなら呪術師になんてなって欲しくない。ましてやあの術式だ。いつ命を落とすかも分からない。柄じゃないけど、普通に幸せになって欲しいんだ。名前には。呪術師とは違う普通の世界で。




「………12歳差かぁ」

「………え、五条さん…まさか…。犯罪ですよ!?相手はまだ高校生にもなってない子供です!」

「伊地知うっさい」





思ったよりも楽しい新学期になりそうだ。