銀色の卵(完) | ナノ

やさしい人を見つけたとき




「アンタさ、女遊びは激しいくせになんで彼女作んないの?」

「確かに。悟が彼女作ったって話聞いたことないね。ワンナイトはよく聞くけど」

「はァ?なにオマエら俺のこと大好きかよ」





授業の合間に硝子に言われて背もたれに体重を預けて顎を上げる。俺の恋愛事情が気になるとかどんだけ俺の事好きなんだよ。




「アンタが女リピートしてるの見たことないんだけど」

「いつも違う女性だよね」

「俺の事見すぎだろ」

「で?なんで女変えてんの?」




硝子は煙草を取り出すと火をつけた。一応教室だけどな。




「なんで彼女作んないの?」

「……俺、許嫁いるから」

「そんな人がいるなんて初めて聞いたよ」

「御三家って大変だねぇ」




それから10年の時が経って報告書作るのが面倒で伊地知から逃げる為に硝子の元へと隠れていた。




「そういえばまた違う女連れてたな」

「まぁ今の時期は比較的、暇だからね。男には発散しないといけない時があるんだよ〜」

「いい歳なんだから身を固めれば?」

「えぇ〜?面倒だから嫌だ〜」

「それにアンタ昔言ってなかったっけ?」

「なにを?」




ベッドに寝転びながら聞き返すと硝子はコーヒーを傾けていた。





「許嫁がいるって」

「………あー、言ったかも」

「なに?嘘だったの?」

「いや。いるよ許嫁」

「ならいつまでも遊んでるわけにいかないんじゃないの?」

「んー、でも僕の許嫁死んじゃってるからさ」

「………は?」





僕の言葉に硝子は珍しく驚いたように目を見開いていた。



「死んでるなら許嫁も何も無いだろ?」

「でも約束しちゃったからさ」

「オマエが約束なんて守る柄か?」

「僕をなんだと思ってるの?僕だって大切な子との約束ならちゃんと守るよ」

「あっそ」

「聞いたならもう少し興味持ってくれない?」

「許嫁はいつ死んだんだ?」

「僕が10の時」




僕の許嫁が死んだのは10歳の時。出会ったのは多分3歳の時。記憶が無いから絶対とは言えないけど。





「はァ?俺に許嫁ぇ?」

「はい」

「どこの誰?」




俺のお付の女中は俺の前で膝を折って頭を下げながらそう言った。正直どうでもいい。どうせ五条家としてガキを産ませたいだけの女だろ。それに5つの俺に許嫁ができた所で関係ない。




「禪院家の正室から産まれた女児です」

「まぁ女だろうけど。…禪院ね」



わざわざ御三家同士でくっつけるってことは余程珍しい術式ってことか。はーッ、面倒クセェ。どんだけ優秀なガキな欲しいんだよ。気持ち悪ぃ。




「お通ししてもよろしいでしょうか?」

「通すしか無いんだろ」

「…はい」




部屋の中で胡座をかいてその許嫁という女を待つ。北川景子来ねぇかな。もしくは長澤まさみか石原さとみ。




「悟様…、お客様をお連れ致しました。入ってもよろしいでしょうか」

「おー」




襖が開かれて女中の後ろには着物を着た俺と同じ年くらいの女が居た。俺が言えることじゃねぇけど落ち着きすぎじゃねぇの。まだ5つだろ。





『……禪院名前です』

「………」





普通〜。とにかく普通。顔もスタイルも雰囲気も。そこら辺にいても禪院家とは気付けない。それくらい普通。





「…アンタ術式は?」

『呪力消費が…、』

「が?」

『…………呪力を消費を、』

「を?」

『…………呪力を使っても、消費することが、』

「……」

『消費はするけど…、』




コイツ、






『消費が少なく…、』

「…………」





説明下手くそ!!頭悪すぎる!!全っ然話が見えてのねぇ!俺以外の5歳児ってこんなに馬鹿なのか!?





「………何が言いてぇんだよ」

『……呪力を使わずに…、使っても…、…消費が少なく…、消費をしない…?』

「…つまり、呪力を使っても他の奴に比べて消費量が少ねぇからいつまでも呪力が無くならねぇってことか?」

『そう!そういうことです!』




そういうことです!…じゃねぇよ!マジかよ。俺この馬鹿と一緒になるしかねぇのかよ。





「……ほぼ呪力無尽蔵の術式と無下限呪術と六眼の抱き合わせのガキを産ませたいわけね」

『……え!そうなの!?本当に産まれたら凄くない!?コウノドリさんは凄いね!』

「…………」





マジで俺コイツと婚約結ばねぇといけねぇの?嫌なんだけど。







『悟ー!学校行くよー!』

「面倒クセェからサボる」

『え!?今日体育あるよ!?』

「だからなんだよ…」






小学生になっても名前のアホさは変わらなかった。なんで体育があると俺が楽しんで行くと思ったんだよ。




『私今日で10歳なんだよ!お祝いして!』

「は?禪院家がやってくんじゃねぇの。無駄にデケェやつ」

『ううん。祝われた事ないよ』

「へぇー」





なんか一々儀式みてぇなことやってんのかと思ったらそうでも無いらしい。つーかオマエはさっさと学校行けよ。




『本当に遅刻しちゃうよー!』

「だから行かねぇって言ってんだろ」

『えー!私誕生日なのに!?体育あるのに!?』

「だから関係ねぇだろ」






俺が部屋の中に戻ると名前は諦めたのかひとりで学校に向かった様だった。小学校なんて行くだけ無駄だろ。つまんねぇし。





「……あー、腹減った、今何時だ?」





学校を休み部屋で時間を潰していると小腹が空いて時計を確認する。針は16時を示していた。もうすぐ名前が来るはずだ。俺が食うついでに菓子でも用意しておくか、と重い腰を持ち上げて部屋を出ると屋敷がやけに騒がしかった。





「うるせぇな。なんだよ」

「悟様!」

「何かあったのか」






俺が眉を寄せながら女中に聞くと、口を開いてとんでもない事を言った。





「名前様が呪詛師に攫われました!」

「…………は?」





その言葉を聞いて俺は禪院家を目指して走り出した。俺の家とは打って変わり禪院家は酷く静かで、それが気味悪かった。




「名前は!」

「…五条家の…、」

「名前は何処だ!」




禪院家の女中に聞くと、ソイツは首を傾げて他人事の様に視線を逸らした。




「さぁ…?」

「…は?」





そう言って女中は家事に戻った。俺はグッと奥歯を噛んで噂で聞いていた呪詛師がアジトにしている建物を虱潰しに探した。






「……………名前?」

『………さ、………とる、』






最後の可能性を信じてアジトと見られる建物の扉を開けると、そこに名前はいた。体を縛られ、その下には大量の血溜まりが出来ていて、顔や体からは血が流れていた。





「名前…!」






急いで駆け寄って縄を解いて体を支える。近くで見ると顔には殴られたような跡がいくつも残っていた。





「名前!」

『……さ、……とる、』

「今すぐ病院に…!」






体を持ち上げようとした時、名前に手を握られる。酷く弱いその力に無意識に唇を噛む。




『…さとる、……わたし、きょう、たんじょうび、なの、』

「そんなことどうでもいいだろ!」

『…おめでとう、…って、……いって、』

「言う!後で言うから今は黙ってろ!」

『…いま、…いま、いって、』






名前の唇からは血が流れ腹を刺されているのか服がどんどん真っ赤に染まる。




『……あと、はちねん、いきられれば、さとると、けっこん、できたのに、』

「生きられるだろ!」

『さとるは、…わたしと、けっこんするの、いやだろうけど、…わたしは、うれしかったよ、』

「っ、」

『だから、…つぎ、もしうまれかわれたら、ごさんけとか、…そんなものに、しばられたけっこんじゃなくて、…ちゃんとさとるに、あいされて、けっこん、したいなぁ、』

「名前っ、」





少しずつ瞼が落ちる名前に慌てて声をかける。けれど俺の気持ちとは裏腹に名前の焦点は合わなくなり、瞼が閉じられる。





『…さとるの、およめさんに、なって、しあわせに、…しあわせに、なりたかった、なぁ…、』






そう言って名前は小さく笑った。俺が強く手を握っても痛みを感じないのか名前は最後にゆっくり息を吐いて心臓を止めた。





「…………」





俺の手と服は真っ赤に染っていた。グッと噛んでいた唇から力を抜く。すると後ろから複数の知らない声がした。




「あ?誰だこのガキ。禪院家にこんなガキ居たか?」

「………おい、コイツ五条家のガキじゃねぇか!?」

「五条?なんで五条家が?」

「せっかく禪院家を脅して壊滅させてやろうと思ったのに、このガキ何の役にも立たなかったな」

「術式がいくら特別でも戦えねぇガキは要らねぇんだろ」

「まぁいい声で痛がるから楽しめはしたけどな」

「にしても禪院家も呪術師じゃねぇと助けにも来ねぇんだな。同情するぜ」

「その割に笑ってんじゃねぇか」






汚ぇ猿語を話す男達を背に完全に力が抜けきっている名前の体を抱き上げる。ポタポタと血が地面に落ちる。





「おいガキ。なにして」

「うるせぇ。触るんじゃねぇ」



俺の肩に触れようとする呪詛師の頭を呪力で切り落とす。すると周りにいた呪詛師は一瞬で俺に敵意を向けた。でもそんなのどうでもいい。





「………殺す」






自分でも驚くほど呪いの乗った声に驚いた。けど頭はクリアだった。そのまま呪詛師を切り刻みながら建物を出る。でも名前を汚すわけにはいかないから慎重に道を歩く。





「………俺だって、オマエと幸せに、」






小さく呟いた声は酷く震えていて、眠ったように息を引き取った名前の頬に透明な水滴が1滴だけ零れ落ちていた。