泣いたところで何も見えない




『私の家?』

「葬式終わってから線香あげに行って無い」

『意味ある?』

「ある。おばさん達に変に思われるだろ」

『えー?そうかなー?』





最近、顔色が戻りつつある恵は私を呼び出すなりそう言った。あんまり気が乗らないな、って思いながら恵の後をついて行く。見慣れた街並みを見て次第に気分は上がって行った。





『……あれ?恵ー!私の家こっちだよ!』

「こっちの道から行く」

『えー…、遠回り…』




恵は私が向かおうとしていた方とは逆に歩き出してしまったから私は肩を落としながらも後を追った。まぁ疲れとか感じないんだけどね。意外と便利な体だ。





『おお!懐かしき我が家!』

「行くぞ」

『はーい!』





インターホンを押して少ししてから中から人が現れた。お母さんだ。でもどこか元気がない気がするし、やつれたようにも感じた。





「恵くん?」

「こんにちは」

「どうしたの?」

「線香をあげに、」






恵の言葉にお母さんは優しく眉を下げて家の中に招き入れた。住み慣れた家に足を踏み入れると嗅ぎなれた匂いがした。式神にも嗅覚はあるらしい。新発見だ。





「名前も喜ぶわ。あの子恵くんのこと大好きだったから」

『違うよ。恵が私の事大好きなんだよ』





畳に膝を折って座った恵の隣に同じ様に腰を下ろしてそう言っても、当たり前だけど私の声は聞こえていなかった。恵は蝋燭に火をつけてお線香に火を移していた。





『…あ、この写真懐かしい!家族で旅行に行った時のだ!まさか遺影に使われるとは…』





お気に入りの洋服を着た私が仏壇に飾られていた。今の格好は中学校の制服だった。死んだ時がそうだったからかな。





「……トラックに轢かれるなんて思ってもみなかったわ」

『信号では左右を見てから渡りなさいってお母さんいっつも言ってたもんね。そんなに子供じゃないのに』

「まさか私たちより早く死ぬなんて、思わなかったから、遺影も、何も無くて、」

『この写真気に入ってるよ。だって無加工カメラにしては写りがいい!』

「ちょっと前まで、楽しそうに笑ってたのにっ、」

『今だって、楽しいよ、…だから、』





だから泣かないでよ。お母さん。ごめんね、親不孝な子供で。お母さんには見えないだろうけど目の前に居るよ。触れられないけど、私はお母さんの手を握ってるよ。





『………おかあ、さん、』

「助けられなくて、すみませんでした」

『……恵のせいじゃないでしょ』

「あの場に居ながら、名前を助けられませんでした」

『あれは、私の不注意だよ』






恵には私の声が届いているはずなのに、彼は私の隣に腰を下ろすとお母さんにそう言った。





「あんなの、防ぎようが無いもの。恵くんのせいじゃない」

『そうだよ。恵のせいでもないし、仕方ないよ、』







お母さんは涙を拭うと口元に手を当てて1枚の写真を取り出し、それを恵に渡した。写真を覗くと中学校入学式の写真で、門の前でピースする私とそっぽを向いている恵が映っていた。懐かしいなぁ。前見てって言っても恵は恥ずかしいのか見てくれなかった。






「恵くんに渡しておくわね」

「………俺が貰っていいんですか」

「名前も恵くんに持ってて欲しいはずよ」

「……」





恵が私を見るから笑って頷くと彼はゆっくりと噛み締めるように受け取った。あの日はどれだけ私が渡そうとしても受け取らなかったのに。妙に私の家族には素直だ。





「…ありがとうございます」

「それにきっと名前が帰ってくるなら恵くんの所だと思うから」



お母さんは少し寂しそうに笑ってそう言った。お母さんって生き物は本当に凄い。子供のことを分かってるんだから。





「名前が恵くんの所へ行ったらうんと叱ってやってね」

「………分かりました」






恵が隣で立ち上がったけど私はお母さんの体に抱きついた。でも私は呪霊だから。勿論、見えるわけもなければ気付いてもらえることも無かった。





『ごめんね、お母さん。大好きだよ』






それだけ言って離れ、立ち上がって恵の隣に移動する。そして2人で家を出てお母さんの方へと向き返る。




「名前」

『………え、』

「あんまり恵くんに迷惑かけちゃダメよ。アンタ恵くんに甘えるところあるから」

『…な、んで、』





言葉は私に向かって言ってくれているはずなのに視線は合わなかったから見えてないんだと思う。それでもお母さんは言葉を続けた。





「恵くんのこと大好きなのも分かるけど、たまには帰ってきなさい」

『…………うん、』

「私はあなたのお母さんになれて幸せだった。ありがとう」

『…私の方こそ、お母さんの子供に生まれてこれて幸せだったよ。ありがとう』





私もお母さんもボロボロと涙を流して、きっと変な光景でしかないけど、そんな事どうでもよかった。





「何故か、名前が居る気がしたの…。変よね」

「……変じゃないですよ」

「母親の勘ってやつかしら」





お母さんは涙を拭って笑ったのを確認して、恵と一緒に歩き出した。その間ずっと恵は私の手を握ってくれていた。




『…恵』

「…………」

『ありがとう、連れて来てくれて。本当はお線香あげに来たんじゃないでしょ』

「線香をあげにっつっただろ」

『…そっか、…でも、ありがとう、』

「………ん、」





恵は私を導く様にゆっくりと手を引いて歩いた。多分、私が顔を上げられなくなってるから。しゃくりあげながら歩いていると繋がれた手に力が込められた気がした。

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