魂の代償
「名前は?」
『えっと、苗字名前、です』
「名前ね。僕は五条悟 よろしくね」
『よろしくお願いします』
昨日…というか日付は超えていたから今日なんだけど、私が気付いた時には部屋の隅で丸まった恵が居てよく分からなかったけど挨拶をしたら恵に抱きしめられていた。そして身動きが取れないまま朝になって髪と肌は白なのにそれ以外は真っ黒な男の人が入ってきて私の尋問を始めた。
「苗字名前ってどこかで聞いたことあるなって思ったらあれだよね。数日前に交差点で薬物乱用してた男が乗ったトラックに轢かれたっていう被害者の中学生だよね」
『……………え、』
「あれ?もしかして自分が死んでる事も気付いてない?」
『し、死んでるんですか…?私?』
「うん。可哀想だけどね」
五条悟と名乗った男の人はまるで可哀想だと思ってなさそうに頷くと隣に座っていた恵の小さく息を飲んだ音が聞こえてもしかして本当に私死んでるのでは?と思った。なら私は?今ここにいる私は、なに?
「今の君は呪霊だね」
『じゅ、れい…?』
「もっと詳しく言えば名前は恵に呼び出された」
『呼び出された…?』
「そう。調伏の儀≠行う為に」
『調伏の儀?』
「恵は分かってるよね?」
五条さんがそう言われ隣にいる恵を見ると俯いて唇を噛んでいた。そんな彼を気にすることなく五条さんは話を続けた。
「恵は願ってしまったんだよ。君に死なないで欲しいと。逝かないで欲しいと。やっぱり恵も呪術師だよね。名前をただの呪霊にするんじゃあ意味が無い。呪霊にするだけじゃ、どこかの呪術師に払われて終わる」
五条さんの言葉の半分もよく理解できなかったけど、恵が苦しそうに小さく息を吐くから慌てて五条さんに声をかける。
『も、もうっ、この話は終わりにしませんか?』
「これは君の命に関わる話だよ」
『でもっ、私はもう、……死んでる、し、』
「死んでるからこそだよ。恵だって自分が犯したことを認めないといけない」
『そんな、悪いことみたいに…』
「悪いことだよ。恵は呪術師だ。幼いとはいえ無知な子供じゃない」
五条さんの強い言葉に言い返そうと唇を開いた時、手のひらが冷たいものに包まれて視線を落とすと恵が私の手を掴んでいた。ゆっくりと口を閉じて上がりかかっていた重心を元に戻して座る。
「続けるよ?つまり恵は名前をただの呪霊にするんじゃなくて自分の式神にしようと、君を呼び出した▲
『……私は、どうなるんですか?』
「調伏の儀の終了条件は儀式参加者が全滅するか、参加者によって式神が倒される≠アと」
『………つまり?』
「凄く簡単に言うと恵が死ぬか、名前が式神になるか」
『……え、』
「それとも僕が乱入してこの儀式そのものを無かったことにするか」
「それだけは嫌です」
恵の芯のある強い言葉が響いて顔を向けると、彼は俯いて髪の隙間から五条さんを見ていた。すると五条さんは肩を竦めて首を左右に振った。
「じゃあどうするの?恵が死ぬ?」
『死にません!』
「なら名前は式神になるの?」
「…………」
『し、式神になれば、恵は死なないですみますか…』
「うん、死なないよ」
五条さんの言葉に安堵の息を吐くと、五条さんは言葉を続けた。
「でも、恵はそれでいいの?」
「……」
「彼女を式神にするって事は覚悟がいるよ。十種影法術は十の式神しか調伏できない。名前を式神にするってことはその内の一つを埋めるって事だよ。見たところ名前に大した力は無い。この意味が分かるよね」
「………でも、…それでも、」
「そして彼女を式神にするってことは恵が一生彼女を縛り続けるって事だよ」
『…縛り?』
「名前はもう人間じゃない。呪霊なんだ。呪霊なら祓ってやるのが優しさだと僕は思うけどね」
恵はグッと唇を噛むと繋がれた手にも力を入れた。動かすことも出来ないほどでこのまま折られてしまうんじゃないかって位の力を入れられた。でもそんな事よりも苦しそうな恵を見ていられなかった。
『なります。式神に』
「……名前、それを決めるのは恵だよ」
『恵』
「………」
『私を恵の式神?っていうのにしてよ。そうすれば恵は死なないし、私も消えなくていいんでしょ?なら式神になった方がいいじゃん!』
「…そんな簡単に決めていい事じゃ、ないんだよ」
『なんで?』
「……は?」
『だって恵と一緒に居れて、消えなくていいんだよ?』
「でもっ!そうしたらオマエは本当に人間じゃなくなる…!」
『いいよ』
「ーっ、」
『私だってちゃんと考えて、覚悟も決めて言ってる』
私がそう言うと恵は眉を寄せて俯いてしまった。ごめん、ごめんね、恵、私は苦しめることしか出来ないね。
『恵、』
「………俺は、ただ、」
『恵になら、縛りつけられてもいいよ。それで恵と一緒にいられるなら、』
「……人間じゃ、なくなるんだぞ、」
『もう人間じゃないよ。本当ならもう二度と恵に会えなかったのに、またこうして会えた。そしてこれからも一緒にいられる』
「………本当に、いいんだな?」
『うん。本当にいいよ』
私が頷くと、恵は顔を上げて私の頬に手を滑らせた。その手が温かくて、やっぱり恵には死んで欲しくないな、と思った。あんな経験、彼にはして欲しくない。だって怖いもん。
「…俺はオマエを式神にする、」
『うん』
「もう二度とオマエを死なせたりしない」
『二度とって、一度だって恵のせいで死んだ覚えはないよ』
「…傷付けない、傷付けさせない」
『恵に傷つけられたことなんて無いよ』
「……二度と、オマエを殺さない」
恵に殺された覚えなんてないのに。今だって殺されるわけじゃない。むしろ助けてもらうのに。
恵は私の体を抱きしめると小さく祈る様に言葉を震わせながら紡いだ。
「……俺を、憎んでくれ」
馬鹿だなぁ。私が恵を憎むわけも嫌いわけもないのに。本当、頭も良くて見た目もいいのに、どこか自分に自信が無くて馬鹿なんだよなぁ。
『………ばーか、』
笑って呟くと、そこで意識が途切れた。