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祈ったり願ったりする時間
「………」
部屋の隅で膝を抱えて闇の中に溶け込んでいると、不意に思い出されるあの瞬間。何かがぶつかった様な重たい音の後に振り返った時名前の体は宙に浮いていた。それがまるでスローモーションのように嫌にゆっくりだったことを覚えてる。
そして体が落ちて頭がトマトを地面に落としたようにグシャッと音を立てて辺りを真っ赤に変えた。
「…名前、」
俺の最後の言葉はあまりにも幼稚だった。アイツを傷つける言葉。あの時俺が素直に病院に行くと言っていれば、アイツの手を拒んでいなければ。
「…………名前、」
くだらないプライドなど捨ててしまえばよかった。アイツを失うくらいならプライドなんてゴミのように捨てた。けれどそんなのは後の祭り。ドラマでよくある失ってから気付く。馬鹿だ、本物の大馬鹿だ。いくら後悔しようと、どれだけ自分を戒めても、
名前は帰って来ない。死人は生き返らない。それがこの世界で唯一の絶対だ。
「………名前、」
ベッドで眠る気にもなれない。眠りたくない。あの日を思い出すから。
今日は名前の葬式だった。
「いやぁあぁぁああ!!」
おばさんの悲鳴が未だに脳の中で木霊している。いつも笑顔でおっとりとしたおばさんが大声を上げて名前の冷たくなった体に縋っていた。
「名前っ!…名前ッ…!!」
名前の頭の形は潰れたせいで変わってしまっていた。比較的傷が少ない体だけを見て自分の娘の遺体を火葬した。顔すらも見ることも出来ずに。それがどれだけ辛い事なのか、俺には想像すら出来なかった。
「……名前、謝る、…謝るから、戻って来てくれ、」
喧嘩をした事も、オマエに冷たく当たった事も、酷い事を言ったことも全部を謝る。だから、頼むから出て来てくれ。いつもみたいに余計なお節介を焼いてくれ。
「…頼む、」
右手で頭をグシャリと潰して、左手をダラリと地面に落とす。外は雨なのか窓に雨粒がぶつかる音が響いていた。ゆっくりと顔を上げると真っ暗な部屋に影が射していた。
「…………」
『…………えっと、…こんばんわで、合ってる?』
「……………………」
『うわぁっ!?』
気付いた時には腕の中に名前を閉じ込めていた。幽霊だとか、なんで死んだのにとか、考えている余裕は無かった。幻想でも、俺が生み出した想像でも何でもいい。何だっていい。
「……名前、」
『えっと、恵?』
「名前…」
『そんなに呼ばなくても聞こえるよ?』
可笑しそうに笑う名前に腕の力を強めた。苦しいのか名前は俺の背中を叩いていたけどそんな事気にしていられなかった。離した瞬間、コイツが消えるんじゃないかと不安が頭を支配した。
「名前ッ…、」
『もー、なに?甘えたな恵とか激レアなんだけど?』
なんとでも言え。今の俺は何だって受け止める。オマエが消えないで居てくれるなら。
俺はオマエが居てくれるなら、何だって差し出す覚悟は出来てるんだ。