疲れたら未来で会おうよ(完)



「伏黒?今から任務か?」

「違います」

「え?ならどこ行くんだよ?」





渋谷での事件が終わって俺は病院の廊下で治療中の猪野さんとすれ違った。やっとほんの少しとはいえ落ち着いたんだ。そろそろ会いに行かないと怒られそうだ。




「名前に会いに行ってきます」




俺はそう言って猪野さんに背を向けて目的地を目指して歩き出した。





「伏黒って意外と愛妻家だよな」





後ろで猪野さんの揶揄いが含まれた言葉が聞こえた。何を言ってるんだ。





「当たり前じゃないですか」





俺より愛妻家なヤツがいるなら見てみたいもんだ。







「あら、恵くん。いらっしゃい」

「こんにちは」





久しぶりの名前の家に少し緊張したが部屋の中に入って仏壇の前に座る頃にはいつも通りに戻った。
仏壇には名前の笑った写真が飾られていて、確かに写りいいかもな、なんて思った。こんなこと思ったのがバレたら、そういう時はいつでも可愛いって言うんだよ、なんてキレられそうだ。





「私、ちょっと買い物行ってくるわね」

「え、」

「名前とふたりで話したいことあるでしょ?」

「……ありがとうございます」





おばさんはやっぱり名前の母親だなって思った。アイツも俺と津美紀で話をさせようとするから。




「……全部終わったぞ。ひとまずみんな生きてる。……いや、亡くなった人もたくさんいる」




一級術師の七海さんにたくさんの一般人が亡くなった。今回の戦いは得たものよりも、守れたものよりも、…失ったものが多すぎた。





「…虎杖は行方知れずだ。……釘崎も、…助かるか分かんねぇ。……オマエは、俺がもうひとりじゃねぇって言ったよな、……独りじゃなくなった俺は、……ひとりじゃ何も出来ないみたいだ」





胡座をかいた足の上で指を遊びをして自虐的な笑みを浮かべる。会いに行かないと、なんて言っておきながらただ俺が名前の元に逃げたかっただけだ。
結局俺は何が守れたんだろうな。………何も守れなかったか。誰も守れず、…名前を守るどころか助けられた。あれだけ守ると言っておきながら結果がこれだ。






「……なんで俺は生きてんだろうな」





小さく呟いた瞬間、カーテンが激しく揺れて陽射しが差し込み目を細める。




「ま、ぶしっ、……………名前…?」





名前がカーテンを開き頬を膨らませて眉を寄せ俺を睨んでいた。今度こそ俺が創り出した想像かもしれない。





「………名前、」

『人にあれだけ説教しておいて何言ってんだ!』

「…俺は、」

『私の好きだった恵はそんな男じゃない!』

「………なら、オマエが惚れた俺は、どんなだよ」






投げやりで聞くと名前は表情を緩ませてカーテンを離した。すると部屋はまた薄暗さに包まれた。強い光を受け、陽性残像のせいで一瞬辺りが真っ白になった。





『私が惚れた恵は不器用で目つきが悪くて、愛想も無くて喧嘩ばっかりしてて、変な髪型で』

「………」

『いっつも不機嫌そうな顔をしてて、友達もいなくて乙女心も分かってない』





コイツが本当に俺に惚れてるのか疑わしくなってきた。名前はそんな俺の心を読んだのか可笑しそうに笑っていた。




『めっちゃ不機嫌!』

「…うるせぇ、」

『最後まで聞いてよ。せっかち』

「………」

『短気ですぐ怒るし叩くし』

「……………」

『でも誰よりも優しくて温かくて、私の大好きな人。ちなみに私の小さい頃からの夢は、そんな恵のお嫁さんになること』






名前はそう言って嬉しそうに優しく、そして愛おしそうに笑った。その表情に目を見開くと更に名前は楽しそうに笑った。




『恵はまだ頑張れるよ』

「…無理だ、……名前もいなくなって、…俺はどうすればいい、」

『そんなの私に聞かれたって分かんないよ』

「…………」

『恵はどうしたいの?』

「……どう、したい…?」

『恵はこれからどうなりたいの?』

「俺は……」





戻りたい。前の馬鹿みたいに騒がしかった日々に。ただ、戻りたい。





『できるよ。恵なら』

「………何も言ってねぇだろ」

『言ってないけど恵なら大丈夫』

「………」

『私の惚れた男は強くてかっこいいんだから!』

「…………そう、だな、」





俺が鼻を鳴らして笑うと名前はゆっくりとカーテンを開いた。眩しさに目を細めて、そういえばコイツに起こされる時はいつもそうだったなと思い出してまた笑えた。






『それでももし、恵が本当に疲れちゃったら……私が待ってる事を思い出して』

「…………」

『ちゃんと待ってるから』





優しく言った名前は俺に右手を伸ばした。その手を握るために左手を伸ばす。





「浮気したら殴り込みに逝くからな」

『それは嫌だなぁ…。いい子で待ってるよ。だからゆっくり来てね』






手が触れそうになった時、名前の手が透けてその手を掴むことは出来なかった。そのまま拳を握りしめて額に当てる。





『私はいつだって恵を見守ってるよ。…だから浮気したら分かるから!』

「……しねぇよ」

『……嘘だよ。嘘だからちゃんと幸せになって。それでまた出会えた時はあの時言ってくれなかった言葉ちゃんと聞かせてよね』

「あぁ…、ちゃんと伝える」

『先に逝って待ってるね』




強く瞼を閉じると目の奥が熱くなって頬に温もりを感じて顔を上げると名前が微笑んでいた。俺からは触れられねぇのに、狡いだろうが。





『え〜?恵泣いてんのー?』

「泣いてねぇ」

『……頑張れ恵。恵なら大丈夫。できるよ』

「……俺は、ガキかよ、」

『15歳なんてガキだよ』

「それもそうだな…、」

『かっこいい所見せてよ。私が恵のことを忘れられなくなるくらい惚れさせてよ』






挑発的に言った名前にイラッときて眉を寄せる。






「……惚れさせてやるよ」

『…うん、もう大丈夫だね』

「別に最初から平気だ」

『それでこそ恵だね!』




名前は頷いて笑うと立ち上がって俺から離れた。伸ばしたくなる手を必死に抑えて拳に力を込める。




『少しの間お別れだね』

「…あぁ」

『忘れないでね。恵はもう独りじゃない。だって私がいる』

「そうだな…、」

『それにみんなもいる』

「……あぁ、」

『私は恵を信じてるよ』

「…オマエに信じられたら、裏切れねぇな」





立ち上がって名前を見ると、名前は安心したように頷いた。
名前の体は透けていて、窓から差し込む光のせいでキラキラと宝石のように輝いていた。





『……恵、いってらっしゃい』

「少しの間待ってろ」

『うん、どれだけ時間がかかっても待ってるよ。だから安心して……行ってこい!』

「……あぁ!」






名前は子供の様に笑うとゆっくりと消えた。
けどもう大丈夫だ。





「……行ってくる」





名前が惚れた男は立ち止まったりしないんだろ。立ち止まってもオマエが背中をぶん殴りに来るだろうしな。
きっと数十年なんて一瞬だ。だからひとりで寂しいだろうが待ってろ。





「その時はちゃんと伝えるから」





だから楽しみに待ってろ。必ず名前の元に逝くから。
もしオマエが待ってられずに生まれ変わっても必ず見つけ出す。人間でも、動物でも、植物でも、…呪霊でも。




そしてふたりとも人間に生まれ変われたその時は、




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