間違いだった何もかも並べてやわらかく繋いで



「な、なに、言ってんだよ…、今そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ…!」

『今だからこそ、だよ』





恵は私のお腹に立てている手に力を込めた。切られた傷からはどんどん黒い液体が流れ続ける。





『私は今、恵に呼ばれてないのに出てきたんだよ』

「だからそんなことどうだっていいだろ…!」

『それに恵が戻れって言っても戻れない。…やっぱり私は恵の式神じゃない』

「もしそうだとしても今はどうだっていい!早く戻って傷を…!」

『呪霊を見てきた恵なら、分かるでしょ』

「分からねぇ…!分かんねぇよ!!」

『ここまでの深手…、修復することは、私みたいな弱い呪霊じゃ不可能だよ』

「分かんねぇだろ…!なに諦めてんだ!」





切られた私より苦しそうな顔をする恵に笑みを浮かべる。なんで私より苦しそうなの。





『恵の嘘つき、』

「は?」

『俺が呪霊にした、なんて嘘吐いて…、』

「嘘じゃ、ねぇだろ、」

『違うでしょ、』




私が強くそう言うと恵は目を見開いた。五条さんが言ってた通りなら可笑しいんだよ。乙骨さんと同じ境遇の恵がどうして私を人間の姿に保てたのか。そして式神になった私には他の式神とは違って紋様が無い、体の何処にも。次いでさっき恵の指示がないのに出てこれたということ。





『私が呪霊になったのは、』

「違う…、俺が、俺が呪ったからだ…、」





聞きたくないといわんばかりに首を振る恵に言葉を続ける。だって、恵は本当に何も悪くないんだよ。





『私が呪霊になったのは私が恵を呪ったからだよ』

「違う…!俺が呪ったんだ!」

『恵、』

「俺が呪ったんだ!だからオマエは呪霊になった!俺のせいだ!」





本当に優しくて嫌になる。恵が要らない責任を負う必要なんて何処にも無いのに。トラックに轢かれたのだって私の不注意。呪霊になったのも私の責任。




『ごめんね、恵』

「なんでオマエが謝るんだよ!俺のせいなんだよ!」

『私のせいで、恵に背負わなくていい業を背負わせちゃった』

「違う…!」

『呪ってごめん、背負わせてごめん、…もう、いいよ』




私の言葉に恵は目を見開いて肩の力を抜くと、グッと奥歯を噛み締めて俯いてしまった。
ごめんね恵。全部私のせいなんだよ。五条さんに初めて会った時に言った、死んだ事に気付いてないなんて嘘だよ。…嘘とは少し違うかな。気づいてないと信じ込んじゃった。信じ込んで、記憶に蓋をしてしまった。そして死ぬ間際に願ってしまった。





ーー恵に愛されたかった、と





人間のまま恵に愛されたいと、願ってしまった。恵のそばに居たいと、




『…ごめんね』

「……なんでっ、謝んだよっ、」

『…恵、泣かないで、』






俯いた彼の頬にはいくつもの雫が流れ落ちていてそれを拭いたくて重たくなった腕を上げて頬に当てると、黒い液体が頬に付いてしまった。手を離そうとしたら恵の手が重ねられてそのまま強く握られた。やっぱり、恵の手は安心する。






『本当は、恵も最初から気付いてたんでしょ?私が恵に呪われて呪霊になったんじゃないってことも自分の式神じゃないことにも』

「…………」

『記憶に蓋をしてる私に気付いて、自分が呪ったなんて言ったんでしょ?……馬鹿だなぁ』

「………うるせぇっ、」





流れ続ける涙が私の手についた液体のせいで黒い涙に変わっていた。こんなに泣いてる恵を見たのは初めてだなぁ。




『…いっぱい、迷惑かけてごめん、たくさん困らせてごめん、』

「っ、そんなこと言うな!なんでっ、」

『なんでって…、伝えられる最後の機会だから、かな、』





落ち始める意識の中、恵は私の言葉に顔を上げて苦しそうに、悲しそうに涙を流していた。恵を困らせることか悲しませることしか出来なかったなぁ。





『……恵、』

「名前ッ!待てっ、逝くなっ!」

『私ね、恵のこと、好きだったんだぁ、』

「ーっ、」

『気付かなかった、でしょ、』




そう言って笑うと恵は唇を噛んで瞳を左右に揺らした。





『でも、もう呪霊になる心配は、ないよ』

「なんでっ…、嫌だっ、逝かないでくれっ、」






だって、死んだ後でも大好きな恵に会えた。呪霊になってから恵におんぶもしてもらったし、抱きしめてもらった。強いて言うなら呪いが解けた津美紀ちゃんと話がしたかったけど、安全なことが分かった事だけでも十分。それに、





『…大好きな人の腕の中で逝けるんだから』

「駄目だッ、逝くなっ、………頼むから、逝かないでくれ…」

『恵は独りじゃない、私なんかいなくたって、大丈夫だよ』






津美紀ちゃんも五条さんも、虎杖くんも野薔薇、2年生の先輩達…。ひとりだった恵の周りにはいつの間にかたくさんの人で溢れてた。温かくて幸せな場所で恵は生きていける。もう、独りじゃない、





「名前ッ…、」

『ありがとう恵、私にもう一度、気持ちを伝えるチャンスをくれて…、これでやっと、ちゃんと逝ける』





恵に苦しい程抱きしめられて少し目を見開く。まるで縋るような腕に眉を下げて笑うと恵の体温が移って体が温かくなった。…あぁこの温もりを手離したくないなぁ。ずっと一緒に居たい、……死にたくない





『…大好き、大好きだよ、恵…』





力を振り絞って両腕を恵の背中に回して離れないように恵の制服をギュッと掴む。
大好きだよ、本当に大好き。不器用な所も、照れ屋な所も、ちょっと愛想が無いところも。誰よりも優しいところも、その優しさが分かりずらい所も。恵は何も言わなかったけど出かけた時に遠回りしてるの交差点を通らないようにしてるでしょ。ちゃんと気付いてるから。
それに起きてすぐに私の手を握るのはちゃんと居るか存在を確かめたいからなんでしょ?恵ってば意外と寂しがり屋だから。
そんな恵が大好きだった。大切だった。ずっと一緒に、居たかった。たとえ人間じゃなくなってしまっても。






『っ、だいすきっ、大好きだよっ、恵ッ、』

「名前…、」






恵は少し体を離すと額を合わせた。そのせいで彼の涙が私の頬を伝った。





『…恵、』

「…なんだ?」

『私のこと、好きだった…?』





嘘でもいいから言って欲しい。今だけでいいから。これが本当に最後のお願いだから。




「……言わねぇ、」

『………フッ、』





痛みを隠すように小さく笑うと、恵は額を擦り合わせるように動かして優しく目を細めた。





「言って欲しけりゃ向こうで待ってろ。ちゃんと待ってたら言ってやる」

『………意地悪だなぁ』





本当に意地悪だ。最後なんだから言ってよ馬鹿。これじゃあ待ってるしか無いじゃん。死んだ後も恵を想って待ち続けるのかぁ。



『好きでいて、いいの?』

「俺の事想って悩んでろ」

『なにそれ…、幸せじゃんっ、』





額を合わせたまま笑うと恵の涙じゃない雫が頬を流れた。それが人間の涙のように温かくて余計に涙が流れた。





「すぐに逝ってやる」

『馬鹿…、ゆっくりでいいよ、…ちゃんと待ってるから、』




呼吸が出来なくなって意識が遠くなる。言っちゃいけない。言ったら足枷呪いになる。待ってていいって、それだけで十分じゃんか。





『……恵、…だいすき、』





ちゃんと待ってるから、だから恵がこっちに来た時には言ってね。先に逝って待ってる





「…………俺の十種影法術≠ヘ最初にまず2匹の玉犬だけが術師に与えられる。それ以外の式神を扱うにはまず術師と玉犬で調伏を済ませなければならない。手持ちの式神を増やしながらそれらを駆使し調伏を進めることで十種の式神を手にすることができる」

「………終わり?死に損ないの呪霊もアンタもペラペラ喋りすぎ」





消えゆく意識の中で体は浮遊感に襲われた。でも嫌なやつじゃない。温もりに包まれて背中と膝裏に大好きだった手の感触を感じた。
心地良い揺れに身を任せて息が長く浅くなる。





「続きだ。要は式神は調伏しないと使えないが調伏するため・・・・・・ならいつでも呼び出せるんだ」





揺れが止まって体全部が温もりに包まれる。もうほとんど意識がない。瞼を持ち上げることも出来ない。体から力が抜けていく感じがする。なのに体は大好きな香りと温もりに包まれていた。





「歴代 十種影法術師の中にコイツを調伏できた奴は1人もいない」

「待て!!」

「布瑠部由良由良」




ーー八握剣 異戒神将 魔虚羅





凄く遠くで地響きみたいな音が聞こえたと思ったら体が苦しさに襲われた。まるで恵が抱きしめてくれてるみたい。





「…絶対に離さねぇから心配すんな」




耳元で恵の声が聞こえた。その声にフッと小さく息を吐く。そんなセリフ、何処で覚えてきたの。





「悪い。やっぱりすぐそっちに逝けそうだ。でもその方がオマエも寂しくなくて良いだろ。それに俺だってオマエに伝えたいことがあんだから」




何言ってんの。さっきは待ってろとか言ってたくせに、






「おいクソ野郎。先に逝く。せいぜい頑張れ」






耳元で甘くて優しい声が消えゆく意識の中、ハッキリと聞こえた



「名前、ーーーーー」





ちゃんと待ってるって言ったのに、すぐこっち来ようとすんな、







『………ばかめぐ、み』






約束、破ったら、許さないから、

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