好きがきらきら光るんです
『そういえば漫画の新作出たんだって』
「ふーん」
『もうちょっと興味持ってよ』
「もってるもってる」
ジト目で睨んでも恵はツーンと外を眺めていた。諦めて車を運転してくれている伊地知さんに話を振る。
『伊地知さんは暗殺教室知ってます?』
「あの不思議な生き物が先生をしているやつですか?」
『そうです!読んだことあります!?』
「いえ…、残念ながら読んだこと無いんです」
『なら貸しますよ!』
「伊地知さんに迷惑かけんな」
頬を抓られて強制的に話が中断される。伊地知さんは嫌なら嫌って言ってくれるよきっと。だから伊地知さんは嫌がってない。
「あ、すみません。電話が来てしまったので一旦車を止めます」
『はい』
道路の端に車を停めて伊地知さんは電話に出ると少し困っている様だった。もしかして急遽任務でも入ったのかな。
「……伏黒くん」
「はい」
「釘崎さんから指示がありまして…」
『野薔薇から?』
「あるお店に来て欲しいとの事ですが、どうしますか?」
「いや帰ります」
『行きます!行きまーす!』
「おい」
『向かっちゃってください!』
「え、えっと…」
伊地知さんは困った様にミラー越しに恵をチラチラと見ていた。私が恵をジーッと見て圧をかけると、諦めたのか深く溜息を吐いて面倒臭そうに眉を寄せた。
「……向かってください」
「分かりました」
『ありがとう!』
お礼を言って鼻歌を歌っているとすぐにファミレスに着いて伊地知さんにお礼を言って恵と一緒に降りる。
『あ、野薔薇見っけ』
「おい、なんなんだよ」
「オッス伏黒ォ!虎杖って彼女いるー?」
「は?」
『え、虎杖くんって彼女いるの?』
「実はこの子がかくかくしかじか」
野薔薇の説明に私と恵はとある考えに辿り着いた。久しぶりの感覚にワクワクしちゃう。
「つまりそういう か!?」
「えぇ。そういう ことよ!」
『恋バナ!?恋バナ!?やったー!キュンキュンしちゃうね!!』
恵も少し乗り気になったのかドリンクバーを頼みコーヒーを取って私を野薔薇の隣に押しやって座ると話を戻していた。
「彼女はまずいないだろ」
「根拠は?」
「急に東京来るってなって特に困った様子なかったし、あと部屋にグラビアポスターが貼ってある。彼女いる奴ってそういうの貼らねーんじゃねぇか?相手嫌がるだろ」
『…………』
「なんだよその顔」
『…いや、恵って人をそんな風に見てるんだなって。私もなんかあったらそうやって推理的なのされるの?……ちょっと嫌だなぁ…』
「別に変なことは言ってねぇだろ」
恵は青筋を浮かべながらコーヒーを持ち上げて傾けた。
「伏黒って女子の前でだけカッコつけてブラックコーヒー飲むタイプ?やめな?」
「俺の話を聞きたくて呼んだんだよな?いつも飲んでんだよ」
『………ちょっと前までガムシロ入れて』
「名前黙ってろ」
『分かる、分かるよ。久しぶりの一般人の女の子だもんね。カッコつけたいよね。うんうん、分かるよ』
「うぜぇ…」
本格的に機嫌を損ねそうになったから背中を慰めるためにポンポンと叩いて頷いて終わらせた。女の子前だとカッコつけたいお年頃だよね。モテたいお年頃だよね。
「あの、ちなみに好きなタイプとか…」
「あー、背が高い子が好きって言ってたな」
「勝算アリ!虎杖を召喚するわ!いいわね優子!」
「はい!」
『………』
「どうかしたか?」
黙った私を変に思ったのか恵は首を傾げた。口元に手を当てて恵の耳元に寄せると律儀にも少しだけ体を傾けてくれた。
『私、野薔薇は虎杖くんのこと好きなのかと思ってたから』
「………ねぇだろ」
『いやいや、乙女心っていうのは意外と複雑で自分でも気づかないこととかあるんだよ』
「でも釘崎と虎杖だぞ」
『私は結構似合ってると思うんだけどなぁ…』
そう呟くと恵は持っていた本を取り出した。でも残念だったな。その本は私が朝取り換えておいた!カバーも替えるという手の込み様!そう!その本の中身は私が大好きな暗殺教室だ!
「……………」
『……………』
「……………」
うん。普通に読んでるわ。普通に楽しんで読んでくれちゃってる。面白いと思ってくれたなら何よりです。
「あれ?伏黒と苗字もいんじゃん」
「はやっ!」
「何それ」
「換金所探すのめんどいから景品交換しちゃった」
『換金所…?景品交換…?………パチンコ?』
「え?そうだよ?」
『パチンコって…年齢制限があったような…?』
「虎杖!!この子はーー」
「あれ、小沢じゃん。奇遇〜、何してんの?」
その瞬間、私たちの心は以心伝心した。私と恵と野薔薇は10と書かれた札を掲げると虎杖くんは不思議そうな顔してた。
『ちょっと…、キュンとしちゃったじゃん。…ヤバイよ。虎杖くんが凄くイケメンに見える。いや、元からイケメンだなとは思ってたけど…!でも格段に!格段にイケメンに見える!そして何より中学生の時の虎杖くんの髪型がタイプ…!』
「なら見んなよ」
『虎杖くんのイケメンさは見た目じゃないの…!内側から溢れる……イケメン感!』
「なら五感全部無くしておけ」
『幸村精市…?』
恵はどうでも良さそうに漫画を読みながら答えるからとりあえず耳元で漫画のオチを全部言ってやった。
「本当にいいのか?せめて連絡先だけでも」
「私とは交換したし。まぁ大丈夫でしょ。それより伏黒、私ようやく自分の気持ちに気づいたわ」
「あ?」
「私が彼氏を作るより先に虎杖に彼女ができるのがなんかムカつく。もやっとの正体!私の後ろを歩けよ」
「映画行こー」
「あっそ」
映画館に向かうふたりの後ろを恵と並んで眺めていると、不意に名前を呼ばれる。
「名前」
『ん?どうかした?』
「泣きそうな顔してる」
『え?誰が?』
「名前が」
『私…?』
何度か瞬きをすると恵が立ち止まるからつられるように立ち止まる。少し先に野薔薇と虎杖くんが歩いて行くのが見える。早く行かないと置いて行かれちゃうよ。
『なんで私が泣きそうなの?』
「俺が聞いてんだよ」
自分でもなんで泣きそうな顔をしているのか分からなくて首を傾げると、不意に野薔薇の顔が浮かんだ。…でもこれは私の勝手な想像でしかなくて、実際は違うのかもしれない。だからこれは本当にただの私の勝手。
『なんとなく。悲しくなっちゃっただけだよ』
「なんで」
『…なんとなくって言ったよね?』
「だからなんで」
恵は表情を変えないままそう言った。眉を下げて笑うと恵は納得してくれないのかジッと私を見つめた。
『…本当にただ勝手に落ち込んでるだけ』
先にいる野薔薇を見て目を細めると恵は私の前に移動して私の前髪を突然持ち上げるから目を見開いてしまった。
『な、なに?』
「いや、泣きそうだったから」
『泣きそうなのになんで前髪持ち上げたの?おでこ丸出しで恥ずかしいんだけど…』
「なんで泣きそうになってんだよ」
『え。このまま会話する?』
動かない恵に諦めて小さく息を吐いて言葉を続けた。
『…もし、野薔薇が虎杖くんのこと好きなら、早く気づいて欲しいなって』
「その話か」
『近すぎて気づけないのかもしれないけど…、野薔薇は気持ちを伝えられるんだから』
「………?」
恵は私の言葉の意味が分からないのか少し眉を寄せて首を傾げた。それを見て笑うと更に眉を寄せてしまった。
『後悔だけはしないでほしいなぁ…』
「……そうだな」
好きな人に気持ちが伝えられる今を大切にしてほしい。私はもう、言えないから。呪霊が伝えてしまったらそれこそ彼を苦しめてしまう。だから、野薔薇には…、大切な私の友達には絶対にそんな思いをして欲しくない。
『……映画行こっか』
「名前」
数歩歩き出した時、恵に名前を呼ばれて足を止めて振り返る。
「俺ももう後悔したくない」
『…え?』
そう言った瞬間、強い風が吹いて髪を抑えると恵が小さく唇を動かした。でも風の音が大きくて聞こえなかった。
『え、ごめん風のせいで聞こえなかった』
「……また今度な」
恵は私の頭を数回撫でると小さく笑ってもう見えなくなってしまった野薔薇と虎杖くんを追って歩き出した。