切り刻んでなにが残る?



『………めぐみ?』




瞼をゆっくり開けると目の前に鋭い牙が迫っていて慌てて体を起こしてお尻を引き摺ったまま下がると気を失う前に見た青色の気持ち悪い化け物が私をジッと見た。




「アメ?いきて、マシタ?」

『ヒィッ!』





呪霊って呪霊を食べるの?とかなんで私は生きてるの、とか気になることは沢山あったけど、今はそれより逃げないと。





『あっ、足にっ、力がっ、』

「アメ、フッテ、きましたねぇ?」





立とうと思っても地面に手をついた時、足りなかった。
私の肘より下の腕が。





「ハレマスかねぇ?」

『私の、左腕っ、』





化け物が楽しそうに笑って私の左腕を持って燥いでいた。まるで祭りだとでもいわんばかりに。





「ハレッ、ハレマスッ、はれますねぇっ!」

『わ、たしの、うでっ、』





腕が無くても痛みはない。呪霊だから。死ぬことも無い。でも私の人間だった記憶が痛みというものを知っている。




『あ゛あぁぁぁああああぁぁあ゛ッ』




痛みはない。分かってる、分かってるけど、涙が勝手に流れて必死に片腕を抑える。



『ーっ、』


痛い、痛い、痛い、助けて、助けて、助けて、死にたくない、消えたくない、
奥歯を噛み締めて瞼をギュッと閉じると彼女の優しい笑顔が浮かんだ。私の大好きな人、本当の家族のように私を愛してくれた人、





『…っ、……津美紀ちゃんは、可哀想なの?』




私だって、そんなの分かってるよ。本当は分かってた。恵の言い分だって。でも、正しさと納得は違うでしょ。




『津美紀ちゃんに会いたかったなぁ…』




会って話をして笑い合って…。まあもうそんなこと叶わないけど。




『ごめんね恵、』




謝ってばっかりだなぁ。それだけ恵に迷惑かけてるってことか。好きな人に迷惑かけまくるってどういうことなの。




「フッテ、キマシタァ」

『…そうだね。雨降ってきたね』





呪霊のいい所は死体が残らないことだよね。






「何やってんだ馬鹿…!」






目の前に居たはずの呪霊が消えて振り返ると雨のせいで濡れている恵が立ってた。いつも思うけど助けに来るタイミング完璧すぎない?ヒーローかよ。





「どんだけ走ってんだよ。ここ3つ隣の町だぞ」

『……疲れないし』

「こっちは超疲れんだよ」

『追ってきて欲しいなんて言ってない』

「そういうわけには行かねぇだろ」

『てかだったら戻せば良かったじゃん。その方が手っ取り早いでしょ』

「そういう話じゃねぇ」

『そういう話だよ』

「それに早く戻さねぇと傷が、」




恵がいる方とは逆に歩き出すと私の手首を掴んで引き止める。思いっきり振り払って解くと恵は眉を寄せた。だからそんな顔するなら戻せばいいじゃん。式神なんだから。





「話聞けって」

『もう夜だよ。帰らないと』

「話し終わってないだろ」

『終わった』

「終わってない」

『今の恵と話したくない。はい終わり』

「俺の話は終わってない」

『やだ。聞きたくない』

「名前」





スタスタと歩いて公園を出て顔を横に向けるとトラックが迫っていた。雨に反射するライトの眩しさと既視感に目を細めた。





「名前っ!!」




恵の悲鳴にも似た声が聞こえて、トラックが目と鼻の先に来た瞬間、強く体を後ろに引かれてそのまま温もりに包まれる。痛みが来ないのは分かっているけど人間の反射で強く瞼を瞑ってしまった。





『……なんで慌ててんの』





座り込みながら私の体を抱きしめている恵は私の言葉にピクリと腕を揺らした。





『人間じゃないんだよ?片腕が無くなろうと、自転車にぶつかろうと、車に轢かれようとトラックに跳ねられようと、私は死なない』

「…………」

『必死に守る必要なんてないのに』

「……………」

『………は、』






顔を上げて見るとポロリと少しだけ目を見開いていた恵が一筋だけ涙を流していた。いや、もしかしたら雨かもしれないけど。




『ちょ、ちょっと、』





恵はグッと唇を噛むと私の背中に腕を回して力強く抱きしめた。呪霊の私は苦しくないけど力が強すぎて体が潰れそう。




『め、めぐみっ、』

「……やめてくれ、」

『なにが、』

「あんな思い、二度としたくない…、」





酷く震えた声で小さく零す恵に目を見開く。だってあの恵がこんなに弱ってるなんて、……いや、あった。今と同じくらい弱ってる時。
私が死んだ後だ。私が呪霊になって現れた時、彼は真っ暗な部屋で隅に丸まっていた。





「名前、」

『………』

「心臓が止まるかと思った、」

『私は心臓自体ないけどね、っ、うわぁ!』





更に力を入れられて内臓が出るかと思った。ないけど。フーっと息を吐いて仕方なく恵の背中に片腕を回してポンポンと叩く。片腕とか、シャンクスかよ。





『あー、もう、恵ズルくない?』

「…ズルくない」

『恵って大人ぶってるけどやっぱり弟だよね』

「…ぶってねぇ」

『…………ごめんね』

「………俺も、悪かった」





恵の頭に手を当てると雨のせいで濡れてた。顔を上げると雨は弱く小雨になっていた。恵は地面にお尻ついてるし早く帰らないとな、と思いながら彼の濡れた髪を梳く。濡れてるのに指通りがそんなに変わらない髪質に腹が立って軽く引っ張ると身動ぎをされた。





『恵そろそろ帰ろう。寒いでしょ』

「津美紀は可哀想かもしれねぇ」

『…もうその話はいいよ。私も分かってるから』

「聞け」




私に抱きついたまま顔は上げないくせに強い口調に恵らしいなと気づかれないように息を吐く。





「世間から見たら津美紀は可哀想だ」

『…うん』

「けど、俺はそうは思わねぇ。少なくとも名前と一緒にいる時の津美紀は楽しそうだったし幸せそうだった」

『……別にもういいよ。私の機嫌をとらなくっても、』

「違ぇ。本当にそう思ったから言ったんだ」

『…………そうだったら、いいな』






津美紀ちゃんの呪いは解けた。もうすぐ目覚めるはず。これだけの不運を味わったんだ。きっと彼女の未来は幸運で幸福なことに溢れているはず。そうであって欲しいと思う。





「それに俺は周りからどう思われようとどうでもいい。頭がおかしい奴に見られようが、可哀想に見られようが」

『……』

「俺の大切な奴らが俺の事を分かってくれてればそれでいい」

『………私はそれだけじゃ嫌だよ、』




だって恵は優しい人なんだよ。凄く温かい人なんだよ。表情が少なかったり言葉が少ないから勘違いされることは多かったけど、ちゃんとみんなに分かって欲しい。





『恵のこと、ちゃんと知って欲しい』

「俺は名前達オマエらが分かっててくれればそれでいい」

『………』

「名前の気持ちは嬉しい。けどそれでオマエが自分が居ない方がいいなんて思うなら、俺は理解されなくていい」

『でも私が消えれば、』

「それこそ俺は可笑しくなる。もう一度オマエを失うくらいなら俺は理解されたくない」

『恵…』






顔を上げた恵の表情は意見を曲げる気が全く無いのか強い眼差しだった。さっきまであんなに落ち込んでたくせに。変な所で頑固なんだから。





『私が居ると恵は悪く言われるよ』

「周りにどう思われようがどうでもいい」

『糸目の人が言ってたみたいに呪術師人生がおかしくなるかもよ』

「文句言えないくらい強くなればいいだけの話だろ」

『私は人間じゃないよ』

「名前は名前だろ。人間じゃなかろうが見えて、話もできるし意思疎通だって出来てる。オマエは確かに俺が人間じゃなくした。でもオマエは人≠ナあることに変わりはない」

『…………ぷっ、頑固だなぁ』




吹き出して笑うと恵は何故か自慢げに少しだけ笑った。褒めてないんだけど。




『……私は、生きてるよね』

「俺の前で生きてるだろ」

『…私はちゃんと居るよね。ここに居るよね』

「ちゃんと居る。見えてる、聞こえてる」

『………私は、存在して生きてていいのかな、』

「当たり前だろ。オマエは俺を狂人にしたいのか」





至極真面目に首を傾げてそう言う恵に私は堪えきれずにお腹を抑えて笑ってしまった。なに真面目な顔してダッサいこと言ってんの。





『いつからそんなにギャグセンス上がったの、恵』

「虎杖達のおかげだな」

『ダッサくなったね』

「嫌かよ?」





どこか自信ありげに笑って問う恵に、肩の力を抜いて片手で恵の頬を包み込む。やっぱり雨のせいで冷たくなってる。馬鹿だなぁ、本当に。私を戻してまた呼び出せばいいのに。どんだけテンパってんの。テンパってるっていうか私を式神として見てないって感じか。





『全ッ然!むしろ前より断然好み!』

「だろ」





ニヤリと笑った恵の手を取って立ち上がらせると、彼はそのまま手を取って歩き出した。




「オマエのせいで制服びしょびしょになった」

『はいはいごめんね』

「反省しろよ」

『してるよ。ちゃんと』

「帰ったら飯作れよ。食堂閉まってる」

『えー…』





不満そうな声を出すと恵は私の額を指で弾いた。でも今は何となく気分がいいから許してあげよ。




『何がいい?』

「生姜焼き」

『今の時間から?』

「生姜焼き」

『仕方ないなぁ…。失敗しても文句言わないでよ?』

「文句は言う」

『おい』





恵が楽しそうに笑うから優しい私は生姜焼きにしてあげようと思う。こんな優しい幼馴染そうはいないよ。





『感謝してね』

「はいはい。どーもありがとう」




パプリカ刻んでふりかけみたいにかけてやる。

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