心中水域
『…………』
いくら走っても私の息が切れることは無いし、息が上がることも、苦しくなることも無い。最初は気持ち悪く感じていた感覚も今では当たり前になってる。それが酷く気持ち悪い。
『………』
恵の気配が感じなくなった頃、走っていた足を止めてふと横を見ると小さな公園があった。いくら体力があっても恵は人間だから。体力には限界がある。…そもそも私なんか追ってきてないかもしれない。
『そっくり…』
公園の中心にあるドーム型の遊具は昔、恵と津美紀ちゃんの3人でよく遊んだ遊具にそっくりだった。色とか形とか。
『…津美紀ちゃん、』
きっと津美紀ちゃんも恵も大して遊具で遊びたく無かったんだろうなぁ。でも私が遊びたいって言ったから付き合ってくれていた。今思えば小さな頃からふたりには迷惑かけっぱなしだ。
『…会いたい、』
津美紀ちゃんに。お母さんに、家族のみんなに会いたい。
『っ、あいたいっ、あいたいよっ、』
会って、目を見て声を聞いて欲しい。話したいことが沢山あるのに、私の声は届かない。私の姿は見えない。
呪霊になったこと、恵の式神になったこと。後悔はしてない。だって呪霊にならなかったらあの時に死んでる。式神にならなかったら呪霊になって祓われて消えていた。
でも、それでも叶うのなら人間に戻りたい。体温のある体に戻りたい。大切な人に気づいてもらえる、抱きしめてもらえる体に戻りたい。
『……雨、降ってきた』
ポタポタと雨が降ってきて、ドーム型の遊具の中に入る。私は呪霊だから風邪もひかなければ濡れないけど。
『…………』
膝を抱えて息を吐く。人間だったら寒いんだろうな、とか思ってまた悲しくなった。時間は流れるのに私は中学校の制服のまま。髪も伸びないし爪も伸びない。成長なんてしない。
『恵は、嬉しくなかったのかな、』
私が呪霊になったこと、もう一度恵の前に現れたこと。思い返せば、人間だった頃に私に向けてくれた笑顔を今の私に恵が向けてくれた事がなかったかもしれない。いつだって罪悪感を感じて、本当は私なんかに会いたくなかったのかもしれない。
なのに私はヘラヘラ笑って恵の隣に立って。とんだ馬鹿だ。
『……ごめんね、』
呪霊なんかになって、恵の足を引っ張って、
「アメ…、アメフッテ、ますかぁ?」
『………え、』
人間とは違う声が聞こえて遊具の穴から外を見ると手足を生やした化け物がいた。小さい頃見た鬼から逃げるゲームに出てきた青い鬼に似てた。
『ーっ、』
慌てて口元を両手で塞ぐ。見つかったらきっと殺される。あんなのに勝てる気がしない。
「…あめ、ふって、マスカァ?もう、ヤンダカナァ?」
ガタガタと体は震えて息が荒くなる。心臓は無いのに、バクバクと音を立てている気さえした。嫌だ、死にたくない、消えたくない。まだやり残したこと沢山あるのに。まだ、津美紀ちゃんが目覚めたところ見てないのに。…恵にもまだ、
「………………アメ、ヤミマシタネェ?」
すぐ後ろでそんな声がして私の意識はそこで途切れた。