パラレル観測
「おおっそうだ。八十八橋で深夜バンジージャンプをするのが不良少年の間で流行ったんだ。所謂、度胸試しだね」
「どこの部族よ」
「俺よりバカって意外といるよな!」
「紐どうすんだよ」
武田さんの説明を受けて八十八橋に向かおうと車に向き帰った時、武田さんに呼ばれて振り返る。
「伏黒君、津美紀君は元気か?」
「……はい」
「……それに苗字くんのことは、残念だったね」
「………そうですね、」
小さく頷いて車のドアに手をかけると虎杖が口を開いた。
「ツミキって誰?」
「……姉貴」
「はぁ!?アンタ自分の話しなさ過ぎじゃない!?」
「……おい、名前はどこ行った?」
「え?…あり?本当だ。居ねぇ」
「地元で迷子?勘弁してよ…」
辺りを見渡しても名前の姿は無くて俺の頭に最悪の考えが思いついた。
「っ!」
「伏黒!?」
「ちょっと!?」
走って門を目指すと昇降口から名前が現れて足を止める。…良かった。あの交差点に行ってた訳じゃなかったのか。
『恵?どうしたのそんなに慌てて…』
「……勝手に居なくなんなよ」
『ごめん。懐かしくて』
「…………」
フーっと安堵の息を吐くと名前は俺の顔を覗き込んだ。その顔が能天気そうでムカついて頬を掴むと名前は目を見開いていた。
「良かった…」
『なにが?』
「…なんでもない。移動するから車乗れ」
『ほいほーい』
俺の後ろからついてきた名前にもう一度気づかれないように息を吐く。
『……………』
だからこの時名前がどんな顔していたのか俺には分からなかった。
∴∴∴∴
『恵何食べるの?』
「そんなに腹減ってないから軽いもん」
『サンドイッチは?』
「それでいい」
コンビニによってみんなそれぞれの物を買うと外に出て食べ始めた。私は食べないけどね。お腹減らないし。
「流行ってたのってバンジーっスよね。飛び降りる≠チて行為が鍵なんじゃないっスか?」
「それはもう虎杖で試しました」
『だから虎杖くんバンジーしてたんだ…。私はてっきりイジメかと…』
すると自転車の音がして振り返ると見覚えのある恵にボコられた経験がある男の子が女の子を連れて現れた。随分とスピード遅かったけど歩いた方が早かったんじゃない?
「…藤沼?」
『あ!藤沼さんだ!』
「?」
『同級生だよ!』
自転車に気を取られて気づけなかった。ごめんね。だってあまりにもスピードが遅いから…。
「関係って?」
「だから森下さんが亡くなったことと橋が…」
「関係ない。俺達はただ」
「私、行ってるの。中2の時。夜の八十八橋に」
怯えている藤沼さんを新田さんが元気づけると、安心したように息を吐いていた。けれど次の瞬間、予期せぬ事を言った。
「あの時、津美紀さんも一緒にいたよ」
「……」
『津美紀ちゃんが?』
嘘だ。だって彼女はそんなの参加するような人じゃない。なのに、なんで。
「そうか。じゃあ津美紀にも聞いてみるわ」
『………』
襲い来る恐怖と吐き気に慌てて両手で口元を抑えて後ろを向く。私の体に吐くものなんてないけど、抑えていないと何かが溢れそうな気がした。
「名前?大丈夫?」
『…っ、だ、いじょ、っ、』
「無理しなくていいから。座り込んだ方が楽なら座んなさい」
『大丈夫っ、大丈夫だから、このままじゃ、野薔薇が変に見られる、』
藤沼さん達に私は見えてない。このままじゃ野薔薇がしゃがみこんで空気を撫でているように見えてしまう。
「そんなことどうでもいい!」
『で、でもっ、』
「うっさい!私がいいって言ってんだからいいの!」
『…ごめん、』
「謝るならその変な気遣いやめなさいよ」
『………うん、ごめん、』
私が謝ると野薔薇はフンッと鼻を鳴らして優しく私の背中を摩ってくれた。
「津美紀の姉ちゃん無事だったか?」
「問題ない。それより任務の危険度が吊り上がった。この件は他の術師に引き継がれる。オマエらはもう帰れ」
「オマエらって伏黒は?」
「俺は武田さんに挨拶してくる。ほら行け!」
落ち着いた頃に恵は電話から戻って来て虎杖くんと野薔薇にそう言って車に押し込んでいた。
『……』
「そんな顔すんな。津美紀は絶対に助ける」
『確かに津美紀ちゃんも心配だけど、私は恵の心配もしてるんだよ』
「俺は死なない。大丈夫だ」
『約束、守ってくれないの、』
「……………」
恵は深く息を吐き出すとガシガシと頭を掻いて重たく唇を開いた。
「今から、俺一人で八十八橋の下に行く」
『…うん』
「津美紀を呪ってる呪霊を祓う。だから名前は戻っててくれ」
『…………』
「オマエまで危険に晒したくない」
『………橋の下までは、一緒にいってもいい?』
「下までなら…」
恵と手を繋いで橋の下に移動すると、彼の表情はどこか固いようだった。でも、もう大丈夫だよ。恵ひとりじゃないから、
「自分の話をしなさ過ぎ」
「だな」
「ここまで気付かないとはマジでテンパってるのね」
「別に何でも話してくれとは言わねぇけどさ。せめて頼れよ、友達だろ」
ふたりの声を聞いて恵と手を離して少し離れる。私の役目は終わり。まあ何も出来てないけど。
「津美紀は寝たきりだ。この八十八橋の呪いは非呪者の前にだけ現れる。本人が申告できない以上いつ呪い殺されるか分からない。だから今すぐ祓いたい。でも任務の難易度が上がったのは本」
「はいはい。もう分かったわよ」
「はじめっからそう言えよ」
優しく笑った恵に少し驚いてしまった。いつだって恵はひとりだったから。喧嘩して、負かして従わせて。でも結局はひとり。そして津美紀ちゃんが寝たきりになって、私が事故で死んだ。恵をひとりしてしまったのは、私。
『……良かった、』
恵はもう、
「名前、」
『ん?』
「必ず津美紀の呪いを祓って戻ってくる。待っててくれ」
『…うん、分かった。待ってる。……恵』
「なんだ?」
『いってらっしゃい』
「ああ、いってくる」
落ちゆく意識の中、恵の隣にいるふたりの名前を呼ぶと振り返ってくれた。…ふたりともありがとう、
『野薔薇、虎杖くん』
「なに?」
「ん?」
『恵をよろしくね』
「任せなさい!必ず生きて帰ってくるから!」
「おう!任せて!」
『……ありがとう』
恵の支えになってくれて。津美紀ちゃんを助けてくれて。
ーー恵を独りにしないでくれて、ありがとう