耳馴染む声が思い出になっても



『おはよー!恵ー!』

「………てんしょん、どーした、」




呼び出されてすぐに大声で挨拶をしながらカーテンを開ける。恵は五月蝿そうに眉を寄せてたけどそんなの知らない。何となく気分がいいからこうなった。




「……名前」

『ほいほい、はい手どうぞ』

「ん、」




いつものルーティン通り私の手を握ると恵はゆっくりと起き出した。いつもながら見事な髪型だ。



『今日は3人で任務でしょ?』

「…そう」

『ならシャキッとして早く行こう!』

「………テンション高ぇな…」





眠そうな恵の支度を手伝って門に行くと既にふたりは揃ってて野薔薇に怒られてた。だから朝ごはん早く食べないとって言ったのに。




「6月 盛岡 金田太一、8月 横浜 島田治 9月 名古屋 大和広。3人とも同じ状況で死んでるんスよ」




私の隣で詳細を話す新田さんの運転で私たちは現場に向かっていた。助手席ちょっと楽しい。いつもは後部座席で恵の隣に座ってたから久しぶり。私は任務の何の役にも立てないから助手席でナビ役だ。




『………… 浦見東中学校?』

「………」



呆然としながら懐かしき校舎を見上げると恵は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。後輩とかに会ったらマズイもんね。ボコったのバレちゃうもんね。




「ご両親も3人との関係は知らないって…あ〜唯一の手がかりがぁ〜!」

「ドンマイ!この中学に何かあるって!」

「おっ、分かりやすいのがいるわね。ブン殴って更生させましょ」

「なんで?」




野薔薇が指さした先にはふたりの生徒が居て私はその2人を見たことがあった。




『…恵』

「知らねぇ」

『何も言ってないし。あれ恵が前にボコってた…』

「知らねぇ」

『………ドンマイ』





恵の肩に手を置いて哀れみを含めて頷くと、額に青筋を浮かべていた。怒られそうだから離れておこう。それにしても懐かしき我が母校哉。




「おっ、お疲れ様です!」

「オーラってやつは隠してても滲み出るもんだからな」

『多分違うよ』

「え?」

「卒業ぶりですね伏黒さん!」

「俺、中学、ココ」

『ちなみに私も』

「それも驚きだけどそうじゃねぇだろ」

「何した。オマエ中学で何した」




いじられてる恵を他所に懐かしい校庭を歩いていると武田さんとすれ違った。分かってたけど私には気付いてくれなかった。仕方ない。




『………仕方ない』





小さく呟いてふと門に目を向ける。そして何故か導かれるように勝手に足が動いた。そのまま門を出て一直線に向かう。…向かうって、何処に?





『…………』





周りには私と同じ制服を着た生徒たちが疎らに見られた。でも誰一人私のことは見えていない。当たり前だ。呪霊だもん。






『…………ココ、』





辿り着いたのは何処にでもある交差点だった。でも私には見覚えがありすぎた。




『……お花?』






歩行者信号のボタンの下に花束がいくつか飾られていてしゃがみこむとお菓子も置かれていた。私が好きなやつ。





『……………私宛てだ』





手紙も置かれていて表には名前へ≠ニ書かれていた。





『………分かってたんだけどなぁ、』





分かっていたことなのに、どうしてこんなにも無いはずの心臓が痛いんだろう。






『………帰らないと、』







恵が私を探してるかもしれない。心配性で過保護な恵の事だから。私の隣をなんでもない様に通り過ぎる人達を見て何故か目の奥が痛くなった。




『……私の席、あるかな』





歩き出して程なくの距離にある学校の校舎の中に入って懐かしい廊下を通って教室に入る。





『……私の席、』





そこには何も無くて、ただ机と椅子が並べられていた。当たり前だ。恵が高校生になってるってことは、私の席なんて存在しない。





『………』





知らない子の席に座って上体を倒して机に頬を付ける。ひんやりとした木の感触にフーっと息を吐く。





『……よく、授業中に寝て津美紀ちゃんに怒られたっけ』




他にもお弁当忘れた時は津美紀ちゃんがおかずを分けてくれたし、たまにジュースも買ってくれた。





『津美紀ちゃん…、』




なんで存在してるのが私なんだろう。津美紀ちゃんがてくれれば良かったのに。そうすれば恵だって…。





『……津美紀ちゃんに、会いたいなぁ』




本当のお姉ちゃんのような津美紀ちゃん。誰にだって優しくて、分け隔てない。どうしてあんな善人が眠ったままなの?私は存在してるのに。私が存在してるから恵は困ってるのに。






『あー、駄目だ…』






ゴチンと音を立てて机に額をぶつけると少しだけ痛い気がした。机特有の匂いがしてちょっと眉を寄せる。津美紀ちゃん、ごめんね。私なんかが存在してて。





『………恵、…会いたい、』





机に項垂れているのに廊下を歩く人達は私に見向きすらしなかった。存在しているのに、存在してない自分がやけに気持ち悪かった。

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