救われてなんかやるものか
「アンタいつの間にあのゴリラと仲良くなったのよ」
「いや仲良くなったっつーか…」
「記憶はあんだけどあの時は俺が俺じゃなかったというか…」
「何アンタ酔ってたの?」
「釘崎は俺があの状況で酒飲みかねないと思ってるの?ショックなんだけど…。でもまぁ伏黒の怪我が大したことなくて良かったな。ピザも食えてるしなっ!」
「あの時呪力カラカラだったのが逆に良かったみたいだ。根を取り除いた時点で家入さんの治せる程度だった。あともっと消化のいいもん持ってきてくれ」
「で?名前は?」
「五条先生に用事があるらしい」
「へぇー」
呼ぶなり五条先生の元へと行ってしまった名前に不満を覚えたが、行動の全てを縛るわけにはいかない。
「虎杖オマエ強くなったんだな。あの時俺達それぞれの真実が正しいと言ったな。その通りだと思う。…逆に言えば俺たち2人共間違ってる」
「答えがない問題もあんでしょ。考えすぎハゲるわよ」
「そうだ。答えなんかない。あとは自分が納得できるかどうかだ。我を通さずに納得なんてできるわけねぇだろ。弱い呪術師は我を通せない」
強くなければ何も守れない。自分が決めたことすらも守ることができない。俺は我を通してアイツを呪霊にした。自分のワガママで、自己満足。だから俺は何としても守らないといけない。死ねない。誰に何を言われようと後悔なんてしない。
「俺も強くなる。すぐに追い越すぞ」
二度と名前を殺さない為にも。俺はもっと強くなる。虎杖よりも、誰よりも。
∴∴
『五条さん』
「ん?名前?どうかした?」
『今時間いいですか』
「んー、…まぁいいよ」
もしかしたら交流会2日目の準備で忙しかったのかもしれない。でも私も急用なのだ。許して欲しい。
『私はどうしたらいいですか』
「……随分曖昧な表現だね」
五条さんは鼻を鳴らして笑うと壁に背中を預けて腕を組んだ。高圧的な態度に見えるのは身長のせいか、それとも私が人外だからなのから分からなかった。
『恵の役に立ちたいんです』
「なら方法は限られてるんじゃない?」
『……』
「恵の術式である十種影法術は文字通り十の式神しか持てない」
『………』
「君は馬鹿じゃないからここまで言えば分かるよね。というか最初から分かってたよね」
『………恵に、自分が間違っていたと、思って欲しいくないです』
私が消えて、恵に自分が呪霊にしたからだと絶対に思って欲しくない。
「まあ恵は僕の大切な生徒だからね。生徒の為なら力は貸すよ」
『ありがとうございます』
私が肩の力を抜いて笑ってお礼を言うと五条さんはスっと表情を潜めていた。
∴∴∴
『野球?』
恵の言葉に首を傾げるとよく見てみれば既に彼はユニフォーム姿だった。
『野球か〜。交流会らしくていいね』
「俺の代わりに出るか?」
『嫌だよ』
即答すると舌打ちされた。たまには楽しいと思うけどなぁ。
『ユニフォームいいなぁ』
「1着くらい余ってんじゃねぇの」
『私って着替えとかできるのかな?』
「着替えてみれば」
恵は自分の上着を脱ぐと私に渡した。ブレザーを脱いでユニフォームを着て両腕を伸ばす。
『どう?もしかしてユニフォームだけ浮いてる?』
「…………浮いてるから脱いだ方がいい」
『えぇ…!?』
「早く脱いだ方がいいぞ。幽霊現象みたいになってる」
慌てて下を見るけど浮いている様子は無くて瞼をパチパチと動かす。恵のサイズの上着は少し長くてスカートが隠れてしまってはいるけどやっぱり浮いてる様には見えない。でも私からしたら見えないだけで傍から見たら浮いてるのかも。
『…そっかぁ〜…、じゃあ洋服買っても意味無いのか…』
「……別に、普通の服なら大丈夫だと、思う」
『え?』
そう言って返したユニフォームを着直すとボタンを止めていた。普通の服って、なんだ?
「恵ー!試合始めんぞー!」
「今行きます」
真希さんの声に慌てて移動するとみんなは準備が終わっているのかグラウンドに並んでいた。見渡したら糸目の人と目が合って反射的に逸らしてしまった。
『私、あの人苦手かもしれない…』
「しゃけ、高菜」
私が小さく呟くと狗巻先輩がウンウンと頷いていた。そして慰めるように肩をポンポンと叩かれた。
『おにぎりの具では何が好きですか?』
「高菜」
『高菜?』
「おかか」
『おかか?』
「いくら!」
『いくら!?』
「おかか!」
「オマエらいつまで遊んでんだ」
『私は遊んでませんよ!?』
真希さんに怒られた。狗巻先輩のせいで。結局好きな具はなんなのか分からない。そこまで興味も無いけど。
『おぉー!!』
なんやかんやあって野球は東京校が2-0で勝った。いやー良かった良かった。よしこのまま寮に帰ろう。
「そこの君」
『…………はい、なんでしょうか』
糸目の人に捕まった。この人苦手。怖いもん。何を言っても否定されそう。
「君は自分から式神になりたいと言ったのか」
『…………言いました』
「言ってません」
『恵…!』
突然聞こえた声に顔を上げると私の後ろに恵が立っていた。
「言いましたよね。俺が呪霊にしたって」
「本当に君が無理矢理呪霊にして、彼女を調伏させて式神にしたのか」
『…………』
「なにか違うところがあったか?」
『……なんか、言い方が、えっちだなって、』
「オマエ黙ってろ」
「黙っててくれないか」
怒られてしまった。しかも恵にも。だって、なんか、声と言い方がいやらしいかったんだもん。
「彼女は式神でもある。だとしても人間の形をしているだけの呪霊だよ。我々呪術師が祓うべきモノだ。ならばさっさと壊してあげるのが優しさじゃないか?」
「俺にとってはそんなの優しさじゃないです。人間の姿であろうとなかろうとどうでもいいです。それに俺言いましたよね。俺は別に自分が正しいとは思ってないって」
「式神として役にも立たない、力のないモノに入れ込んでいずれ身を滅ぼすよ」
「俺は死にませんよ。何があっても」
「呪術師に命の保証は無い。それは君もよく分かってるはずだ」
「だとしても俺は死ねないんです」
バチバチと火花を散らすふたりにアタフタすると遠くでサングラス姿の五条さんがこちらを覗いていた。そしてよく分からないジェスチャーしていた。何それ。
『わっ、』
「それに君は同時に2体しか出せない。彼女を出している時に呪霊に襲われたらどうする」
「何としても守りますよ。それが唯一できる贖罪です」
『わたっ、』
「それで自分が死んだら身も蓋もない」
「そもそも加茂さんはどうしてそんなに気にかけるんですか」
『私のっ!』
「言っただろう。君が私と同類だからだ」
「だから違うって言ってるじゃないですか
今にも殴り出しそうなふたりの間に割って入り両手を広げる。
『私のために争わないで!』
「ぶっはっはっは!!」
「……」
「……」
遠くから五条さんの笑い声とカラスの鳴き声だけが聞こえた。これがあれか。場が凍るってやつですか。
「……今日はこのくらいで失礼させてもらうよ」
「さっさと帰ってください」
『お、お疲れ様、でした』
頭を下げると糸目の人は片目でジッと私を見下ろした。こわい。なに。帰ってよ。
「………私は君のこと認めない」
『は、はぁ…?』
「……………」
話は終わったはずなのに目を逸らしてくれない。怖い怖い。助けてメグパンマン
「加茂さん、もしかして…」
「違う」
「まだ何も言ってません」
「変な事を言うな」
「言ってません」
『え、え?なに?』
「名前オマエ戻ってろ」
『な、なんで?』
「いいから」
恵はそう言いながら私の肩をグイグイ地面に向かって押し付ける。そんなことされても戻れない。さてはテンパってるな?
「加茂さんの前に出んな。見るな。聞くな。目を合わせるな」
『え、えぇ〜?』
少し冷静になったのか足元がゆっくりと崩れた。意識が落ちる直前まで糸目の人に睨まれてた。私そんなに悪いことした?
「加茂さん」
「なんだ」
「惚れたでしょ」
「違う」
「俺と名前は付き合ってます」
「は?」
「動揺してるじゃないですか」
「…嘘か」
「明らかに安心してるじゃないですか」
「してない」
「………………」
「…………………」
睨み合っているふたりを五条だけが爆笑しながら見守っていた。のをパンダが見守っていた事をふたりは知らない。