ひとり傾くエメラルド



「伏黒…と言ったか。……………どんな女がタイプだ」

「……?」

「……?」






突然意味の分からない事を言った男の人にその場のみんなが首を傾げていた。私もゆっくりと顔を上げて恵を少し避けて覗き見ると丁度男の人がTシャツをビリビリに破っていた。北斗の拳?でも体に北斗七星は無かった。





「因みに俺は………身長タッパケツがデカイ女がタイプです」

「なんで初対面のアンタと女の趣味を話さないといけないんですか」

「そうよ。ムッツリにはハードル高いわよ」

「オマエは黙ってろ。ただでさえ意味分かんねー状況が余計ややこしくなる」

『恵はムッツリ…?』

「違ぇからオマエは戻ってろ」

『嫌だ』





強く拒否すると恵は眉を寄せたようだった。でも私はいつも何かある度にすぐに戻される。もう嫌だ。気付いた時に恵が死んでるなんて死んでも死にきれない。相手は生徒みたいだから死なないだろうけど。





「京都三年東堂葵、自己紹介終わり。これでお友達だな。早く答えろ、男でもいいぞ。それか呪霊でもいい」

「……あ?」



何処か含みのある言い方に恵は青筋を浮かべて低く唸った。



「性癖にはソイツの全てが反映される。女の趣味がつまらん奴はソイツ自身もつまらん。俺はつまらん男が大嫌いだ」





饒舌に語る姿にこの人の方がムッツリじゃないのかな、って思った。でもこの人は隠してないからムッツリではないのかな。





「………別に好みとかありませんよ。その人に揺るがない人間性があればそれ以上は求めません」

「悪くない答えね。巨乳好きとかぬかしたら私と名前で殺してたわ」

『え、私も?』

「当たり前でしょ。だって伏黒の好みが巨乳だったらどう思う?」

『…………ちょっと、嫌かも』

「うるせぇ」





考えて答えると恵にピシャリと怒られた。だって巨乳好きは許せない。女の子はおっぱいじゃないって津美紀ちゃんも言ってた。津美紀ちゃんに会いたい。





「やっぱりだ。退屈だよ、伏黒」

「ーっ、名前っ!」





涙を流した男の人は瞬きの間に恵の目の前に移動してた。その後ろに居た私は目を見開くと足元から崩れていく感じがして恵に戻されるって気付いた。






『ー恵!』






意識が落ちる寸前に遠くで何かが崩れるような音がした。右手を伸ばしたけど私の視界は無情にも黒くなっていく。嫌だよ。なんでいつも私を戻すの。いざって時に恵の隣に居られないなら私は、






∴∴∴






瞳を持ち上げると、恵は頭から真っ赤な血を流していてその傍らには狗巻先輩とパンダ先輩も居た。私はただジッと恵を見下ろすと何も言わない私を不思議に思ったのか彼が私に右手を伸ばした。





「名前…?」

『………』




私はグッと唇を噛んで俯いて手のひらを握りしめる。いつだって気がついた時には恵は傷付いてる。彼が命をかけて頑張っている間私は意識を失っていることしか出来ない。彼の助けにも何にもなれないのに私は彼が持てる十の式神のうちのひとつを潰してる。





『……恵、わたし』

「立てねぇ。手貸せ」

『…………』





いつもそんなこと言わないじゃん。なんで今言うの。馬鹿。





「名前、」

『……なんで、』

「俺にはオマエが必要だから」

『………まだ、何も言ってないじゃん』

「いいから手貸せって」





ヒラヒラと促す様に手を振る恵の手に少しだけ手を伸ばすと私の手をガッシリと掴む。絶対自分で立てるじゃん。嘘吐き。






「離したら俺はダサくコケるからな」

『……それは、見てみたいかも』

「ふざけんな」






恵は立ち上がるとそう言った。体重かけてないんだから離したってコケないよ。こんなのただ手を繋いでるだけじゃん。





『…ごめん、…ごめんね恵、』

「は?何がだよ」

『私が、あの時そのまま死ねば、』

「ふざけんな」





恵は酷く強い口調でそう言うと、鋭い眼差しで私を睨んだ。だって、私があの時あのまま死んでればこんなことにはならなかった。式神にならなければ、恵の足を引っ張ることもなかったのに。全部私が悪いのに。





「それだけは絶対に無い。オマエが死ねば良かったなんて俺は死んでも思わない。言っただろ。オマエを縛ってんの俺だ。俺の勝手なワガママだ」

『……いつか、私が居るせいで恵が死んだら、私は、』

「そうなったらそれは俺が望んだことだ。後悔はない」





私は嫌だよ。私のせいで恵が死ぬなんて絶対。そんなことになったら私は私を憎んで恨んで呪ってしまう。それでも足りなくて私は自分を殺すよ。





『……恵、』

「それ以上言ったら絶交するからな」

「高菜」

「絶交って…、小学生か?オマエら」

『…………絶交は、…嫌だなぁ』

「ならくだんねぇこと考えてんな」




恵はそう言って私の手を引いて歩き出した。私の手に体温は無いはずなのに恵の体温が移ったのか少し温かくなれた気がした。そんなわけないのに。少しだけ人間に戻れた様な気がした。

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