わたしの王子様っぽいひと



私には幼馴染がいる。小学校から同じで中学校も同じだった。その子はあんまり愛想が無くて周りから誤解されやすい子だったけど、本当は優しい子だった。




「名前虫ついてる」

『え?どこ?』

「取るからじっとしてろ」





彼はそう言うと私の肩の辺りをパッパッと払ってくれた。下を見てみたけど虫っぽいものは見当たらなかった。すごい小さな虫だったんだなぁ、なんて思いながら彼を見上げると首を傾げられた。




「なんだ?」

『ううん!今日お母さんがご飯食べて行かないかって。津美紀ちゃんも一緒に』

「でも一昨日も晩飯食わせてもらったし」

『みんなで食べた方が美味しいよ?』





小学生らしくない程大人っぽい彼は一瞬迷う様に視線を彷徨わせたけどゆっくりと頷いてくれた。





「いっつもお前ら一緒に居るよな〜!付き合ってんの〜!?」

「女と一緒にいてダセェ〜!」






彼と学校帰りに歩いていると同じクラスの男の子2人組が話しかけてきた。私が首を傾げると、彼は2人が見えていないかのように隣を素通りした。私も続くと片方の男の子に腕を握られた。




「おい!無視すんな!」

『いっ、痛いっ、』





私が痛みから眉を寄せると彼が男の子の腕を掴んで初めて男の子の顔を見た。






「名前が痛がってる。離せ」

「っ、は、はぁ…!?オマエこんなブスが好きなのかよ!」

『ブ、ブス…』





確かに自分が可愛いとか顔が整ってるとか思ったことは無いけど、私は自分の顔を普通だと思っていた。でも男の子に言われたブスの二文字に幼心ながら傷付いてしまった。





「は?別に名前はブスではない。普通だろ」

「おっ、お前!見る目ねぇんじゃねぇの!」





男の子達はそう言って背を向けて走り去ってしまった。すると彼は振り返って私の腕を掴んだ。男の子達とは違って優しかった。




「大丈夫か?」

『うん。ありがとう』





彼は一度だけ頷くとまた歩き出した。そんな彼の背中を追いかけて隣に並ぶとまた何度か肩を払うように叩かれた。私が首を傾げると彼は淡々とたった一言、虫、と答えた。





『もうすぐ夏だから虫が多いのかもね』

「そうかも」

『夜ご飯何かなー。何がいい?』

「何でもいい」

『お母さんがそれが一番困るって言ってたよ?』





私の言葉に彼の反応は無かった。酷いなぁ、って思いながらも彼の腕を啄くと鬱陶しそうに払われてしまった。本当に大人っぽい。






『また喧嘩?』

「うるせぇな。オマエに関係無いだろ」





中学校に入って彼は喧嘩する様になった。私は肩を落としながら眉を落として彼の腕を引っ張ろうとすると払われてしまった。小学生の時は結構優しかったんだけどなぁ。





『手当しようよ』

「要らねぇ」

『バイ菌入るよ』

「ついてくんな」




彼は振り返らずに去ってしまった。これは津美紀ちゃんも苦労してそうだ。





『あー!また喧嘩ー!』

「………」

『鬱陶しそうな顔しても駄目だよ。それに喧嘩も駄目だよ』

「………うざ」

『他の人より喧嘩強いんだから喧嘩なんてしたら狡いでしょ』

「意味分かんねぇ」





中学3年生になると更に彼は荒れた。喧嘩も強くなって怪我をすることも無くなった。





『津美紀ちゃんが悲しむよ』

「……関係ねぇだろ」





彼が荒れたのは津美紀ちゃんが寝たきりになってしまった事が原因なのかもしれない。反抗期で彼女に冷たく当たっていた彼だけど、やっぱり家族が寝たきりになってしまうのは怖い。他人だって、怖いんだから。




『病院行こうよ。津美紀ちゃんに会いに行こ?』

「勝手に行けよ。うぜぇんだよ。話しかけんな」




どんどん前に行ってしまう彼を慌てて追って信号に差し掛かる。チカチカと点灯する信号に焦りを覚えながら必死に彼に手を伸ばす。





『待ってよ、めぐ』





もう少しで彼の制服に手が届きそうな時、周りから悲鳴が聞こえた。私はその方向へと顔を向けると私の目と鼻の先にトラックが迫っていた。






『み、』

「名前…!!」





次の瞬間、視界が真っ青になった。所々に白が混じっていて、ああ空か、なんて呑気に思っていると近くでグシャッて何かが潰れるような、折れるような音が聞こえて顔を横へ向けると真っ赤な何かが段々と広がっていくのが見えた。



『…………あ、れ、』





何だこれ。体が動かない。口が動かない。なんで、どうして。



「……名前……」





彼の声が聞こえてゆっくりと顔を向けると、顔を真っ青にした彼が立ち尽くして私を見ていた。どうしたの?何でそんなに慌ててるの?





「……い、やだ、」






段々と瞼が重くなってきて何も考えられなくなってきた。なんだこれ。周りの人達の慌しい声が聞こえて時々シャッター音が混じって聞こえる。どこかに芸能人でも居るの?私も見たい。なのに体は動かないし、重たくなっていく。手足の感覚が無くなって呼吸が浅くなる。





「……いくな、名前…、」






行くなってどこに?私は何処にも行かないよ。だからそんな不安そうな顔しないでよ。もう中学生なんだから。





『……ぁ、』





声を出したくても声は出なくて、その代わりに唇の端から何かが垂れた。涎みたいな、でも涎とは決定的に違う何か。





『…め、…ぐみ、』


思いやりや賢くて素直で従順で美しいという意味の恵=B彼は自分の名前が女の子みたいで嫌だと言っていたけど、私は好きだよ。恵って名前。





『…め、…ぐみ、』






眠くなってきて瞼をゆっくりと閉じて、頑張って持ち上げると、彼が涙を流しているのが見えた。泣かないでよ恵、お願いだから。
眠気が我慢出来なくて意識が無くなっていくのが分かった。





「逝くな、名前ッ…、」






意識を失う直前、恵の言葉がやけに耳に響いた。

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