君の端から端まで走って



「我々の窓≠ェ呪胎を確認したのが3時間前。避難誘導9割の時点で現場の判断により施設を封鎖。呪胎が変態を遂げるタイプの場合、特級に相当する呪霊になると予想されます」

「なぁなぁ俺特級とかまだイマイチ分かってねぇんだけど」




虎杖くんの言葉に野薔薇と恵は眉を寄せていたけど正直私も分かってない。だって恵は何も教えてくれないし五条さんは馬鹿にしたような半笑いで終わるし。




「ただ今回は緊急事態で異常事態です。絶対に戦わないこと%チ級と会敵した時の選択肢は逃げるか死ぬかです。君達の任務はあくまで生存者の確認と救出であることを忘れずに」

「あの!あの!」





伊地知さんの言葉を噛み締めていると少し離れた場所から女の人の声がして顔を向けると髪をひとつに結んだ女性がこちらに声をかけていた。




「正は、息子は大丈夫なんでしょうか」

「何者かによって施設内に毒物が撒かれた可能性があります。現時点でこれ以上のことは申し上げられません」

「そんな…」



涙を流すその姿が私のお母さんと重なってグッと息を飲む。すると虎杖くんがスっと顎を引いて重たく言葉を吐いた。




「伏黒、釘崎………助けるぞ」

「当然」

「………」

『恵…?』




どこか浮かない表情の恵を見上げるとそれを遮るように頭が撫でられた。





「帳≠下ろします。お気をつけて」




伊地知さんの言葉に私が首を傾げると空の上に真っ黒な何かが現れて目を見開く。任務の時、恵は私をすぐに戻すからちゃんと見たのは初めてだ。




「闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え」

「夜になってく!」

『映画館だ!』

「意味分かんねぇ。今回は住宅街が近いからな。外から俺達を隠す結界だ」






恵はそう言って玉犬を出すから私はわしゃわしゃと頭を撫でる。おお我が同士よ、久しぶりだな。




「呪いが近づいたらコイツが教えてくれる。行くぞ」





珍しく私の事を戻さないんだな、なんて思いながら扉を超えると、建物の中は外見とは全く違っていた。まさかこういう作りなんて言わないよね。



「どうなってんだ!?2階建ての寮の中だよなココ」

「おおお落ち着け!メゾネットよ!」

『メゾネット…?』

「……違ぇよ」





恵も流石に驚いたのか辺りを見渡していた。すると我に返ったようにバッと後ろを振り返った。





「扉は!?」

『ドアが…』

「ドアがなくなってる!なんで!?今ここから入ってきたわよね!?」

『ど、どうしよう恵!』

「大丈夫だ」





慌てる私の頭を数回撫でると恵は落ち着いた様子で淡々と答えた。





「コイツが出入口の匂いを覚えてる」

「わしゃしゃしゃしゃしゃ!」

「ジャーキーよ!ありったけのジャーキーを持ってきて!」

「緊張感!」

「やっぱ頼りになるな伏黒は。オマエのおかげで人が助かるし俺も助けられる」

「…………進もう」




どこか元気がない恵の顔を覗き込むと恵は私を安心させるように小さく笑った。そしてそのまま後をついて行くと嫌な匂いが鼻を刺激した。



『………え、』

「見んな!」





恵が慌てて私の目を塞ぐけど、瞼の裏にこびり付いた光景が離れなかった。あれが死体だと認識した瞬間、鳥肌が立って迫り来る吐瀉感を抑える為に両手で口を抑えると恵に背中を摩られた。





「大丈夫、では無いな。戻るか?」

『…だ、大丈夫、』





恵の手をゆっくりと外して視線を逸らして首を振ると恵は「辛くなったらすぐに言え」と言って視線を前に戻した。




「惨い…」

「3人…でいいんだよな」

「この遺体持って帰る」

「え、」

『虎杖くん?』

「あの人の子供だ。顔はそんなにやられてない」

「でもっ」

「遺体もなしで死にました≠カゃ納得できねぇだろ」




遺体の前にしゃがみこむ虎杖くんのフードを恵が掴みあげる。





「あと2人の生死を確認しなきゃならん。その遺体は置いてけ」

「振り返れば来た道がなくなってる。後で戻る余裕はねぇだろ」

『め、恵…?』




珍しく語気が強い恵を不思議に思って手を伸ばすけど、その手は恵まで届かなかった。…届かなかったんじゃなくて、私が自分で止めたんだ。それくらい恵は怒っていたから。




「後にしろ≠カゃねぇ。置いてけ≠チつったんだ。ただでさえ助ける気のない人間を死体になってまで救う気は俺にはない」

「どういう意味だ」

「ここは少年院だぞ。呪術師には現場のあらゆる情報が開示される。岡崎正ソイツは無免許運転で下校中の女児をはねてる。2度目の・・・・無免許運転でだ」

「っ!」

『…恵』





もう、そんな事気にしなくていいのに。恵のせいじゃないのに。私は今こうして恵の隣に居られる。それだけで充分だよ。だから、そんなに苦しまないでよ。





「オマエは大勢の人間を助け、正しい死に導くことに拘ってるな。だが自分が助けた人間が将来人を殺したらどうする」

「じゃあなんで俺は助けたんだよ!!」

「いい加減にしろ!時と場所をわきまーー」

「釘…崎?」

『野薔薇…!』

「っ!」




恵は慌てて後ろを振り返ると玉犬が壁に埋まっていた。そして私の手を取ると虎杖くんに声をかけた。




「虎杖!」

「ーっ!」

「逃げるぞ!釘崎を捜すのはそれからだ!」

『………え、』




私の視線の先に突然意味の分からない生き物が現れた。目のような物がいくつも付いていて爪は人間では有り得ないほど伸びて尖っていた。





「う゛あぁぁぁああぁぁああ!!」

『……………いた、どりくん?』





ドチャっと何かが落ちる音がして視線だけを向けると、人の手のような物が落ちていた。そしてゆっくりと視線を戻すと虎杖くんの手のひらがなくなっていた。嘘でしょ、





「断る」

「!?」

「オマエの中の俺が終わろうと切り分けた魂は18もある。とは言え腹立たしいことにこの肉体の支配者は俺ではない。代わりたいのなら代わるがいい。だがその時は呪霊より先に伏黒そこのガキを殺す。その次はそこの雑魚呪霊だ」

「ー!」

『へ?』

「次に釘崎おんな。アレは活きがいい楽しめそうだ」

「んなこと俺がさせねぇよ」

「だろうな。だが俺にばかり構っているとそれこそ仲間が死ぬぞ」





虎杖くんの頬に現れた口がそう言うと恵と虎杖くんの間の地面が大きな音を立てて抉られた。なに今の。勝手に地面がなくなったんだけど。




「伏黒!釘崎連れて領域ココから逃げろ!2人が領域ココを出るまで俺が特級コイツを食い止める。出たらなんでもいいから合図してくれる。そしたら俺は宿儺に代る」

「できるわけねぇだろ!特級相手に片腕で!」

「よく見ろって。楽しんでる。完全にナメてんだよ俺達のこと。時間稼ぎくらいならなんとかなる」

「駄目だ…!」

「伏黒、頼む」






恵は唇を噛むと私を見て眉を下げると小さく謝った。なんで謝るの。





「…悪い」

『死ぬのだけはやめてね』

「…分かった」






恵は小さく頷くと走り出した。私は瞼を閉じてゆっくりと息を吐き出すと同時に意識を手放した。バカ恵。何謝ってんの。死ぬなんて絶対に許さないから。だから、謝るなよ。大バカ野郎。

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