夢から醒めそうな距離で






『お。おはよう恵』

「………ん、はよ」




家入さんの治療を受けた恵はすっかり元気なのか上体を起こすとくぁあと大きな欠伸をした。そしてガシガシと頭を掻くと私に右手を伸ばした。





「……ん、」





恵の手の上に自分の手を重ねると、彼は小さく頷いた。なに?犬とかにやるお手みたいなこと?失礼だな。




『…ん?なんか物音するね』

「……まさか」





恵の後をついて外に出ると五条さんと虎杖くんがいた。宮城で初めましてしたばっかりだから少し緊張する。



「げ、隣かよ。空室なんて他にいくらでもあったでしょ」

「おっ、伏黒!今度こそげんきそうだな!……って苗字?」

『久しぶり、はおかしいね』

「え、え?伏黒と住んでんの?」




虎杖くんは私と恵を交互に見ると指をさした。私が式神なの忘れてない?確かにあの時は私の事なんて記憶の端に追いやられてもおかしくなかったけど。




「名前は恵の式神だよ。ちなみに元人間」

「えー!?」

「それより明日はお出かけだよ!3人目の一年生を迎えに行きます」

『恵の友達増えるといいなぁ』

「余計なお世話だ」




余計なお世話ですって。




∴∴∴∴∴





「一年がたった3人って少な過ぎねぇ?」

「じゃあオマエ今まで呪いが見えるなんて奴会ったことあるか?」

「………ねぇな」

「それだけ少数派マイノリティなんだよ。呪術師は」

『恵は小さい頃から見えてたの?』

「俺はな」

『へぇ〜…』




そこで私はとある仮説に辿り着いた。恵はよく私の肩を払ってくれていた。虫だって言ってたけど一度だって足元とか空中に虫が見えたことは無かった。




『私の肩を払ってたのって呪霊が居たから?』

「そう」

『小学生の時から見えてたの!?』




問い詰めると恵は鬱陶しそうに眉を寄せて顔を逸らしてしまった。まさかあの時から見えていたなんて。その節は助けていただきありがとうございます。





「それよりなんで原宿集合なんですか?」

「本人がここがいいって」

「アレ食いたい!ポップコーン!」





虎杖くんはそう言って買いに行ってしまった。どちらかと言うと私はポップコーンよりクレープかな。ご飯が食べれることは分かったけど別にお腹が減るわけじゃないからよし食べよう!とはならない事に少し寂しさを覚えた。




「俺達今からアレに話しかけんの?ちょっと恥ずかしいなぁ」

「オメェもだよ」

『満喫してるね』

「おーいコッチコッチ」




五条さんの言葉に女の子が気付いてこちらに寄ってきてくれた。可愛い子でびっくり。呪術師って顔が整ってないとなれないのかな。私がなれないのも納得だ。





「釘崎野薔薇。喜べ男子、紅一点よ」

「え?苗字は?」

『だから私は違うって…』

「あ、そっか。俺虎杖悠仁。仙台から」

「伏黒恵」

『苗字名前です。さいたまからです。ちなみに呪霊です』

「私ってつくづく環境に恵まれないのね」





釘崎野薔薇と名乗った女の子は溜息を吐くと私に視線を動かした。首を傾げていると私の前に恵が立った。






「アンタ呪霊?」

「だったらなんだよ」

「は?アンタに聞いてないんだけど」

「でも名前は恵の式神だからね。恵が答えても間違いでは無いよね」

「式神ぃ?」





釘崎さんは恵の体を避けて私を覗き込むとフッと小さく笑って髪を掻き上げた。かっこいい。





「まあ呪霊でもなんでもいいわ。よろしく」

『よろしく!』

「野薔薇でいいわよ」

『私も名前でいいよ!』





凄くいい人でびっくりしてしまった。可愛くていい人なんて無敵だ。




「これからどっか行くんですか?」

「フッフッフ、せっかく一年が3人揃ったんだ。しかもその内2人はおのぼりさんときてる。行くでしょ、東京観光」

「え゛」

「TDL!TDL行きたい!」

「バッカ!TDLは千葉だろ!中華街にしよ先生!」

「中華街だって横浜だろ!」

「横浜は東京だろ!」

『横浜は東京…?』

「横浜は神奈川県だろ」





恵は冷静にそう言っていたけど2人には届かなかったみたい。そういえばTDL行ったのいつかな。何年前?懐かしいなぁ。




『TDL懐かしいね』

「…行ったっけ」

『行ったよ!中学生の時に学校の行事で!』

「行ったような…、行ってないような…」




恵は思い出せないのか眉を寄せて考え込んでるみたいだった。行ったよ。絶対に行った。だってキーホルダー買ったもん。津美紀ちゃんとお揃いのやつ。




「いますね呪い」

「嘘つきー!!」

「六本木ですらねー!」





五条さんに連れられて来たのは六本木でも無く、呪いが居る廃墟だった。虎杖くんと野薔薇は怒ってたけど、私は六本木より新宿がいいなぁ。オシャレそう。




「やっぱ俺も行きますよ」

「無理しないの。病み上がりなんだから」

「でも虎杖は要監視でしょ」

「まぁね。でも今回試されてるのは野薔薇のほうだよ」




恵の隣に座って話を聞いていると五条さんは呪術師に向いている人の話を一通りすると唐突にしりとりを始めた。なんでかな?





「ひまだからしりとりしよう」

「嫌です」

『しりとりは流石に…』

「だって暇じゃん」





暇でも流石にしりとりは辛い。小学生ですらしりとりで暇つぶしは出来ないと思います。




「じゃあしりとりはやめよう」

「そうしてください」

「この間の宮城任務で凄い額の請求書が来たんだよね。何か知らない?」

「……さあ?」

『えー、怖いですねぇー』

「ちなみに牛タン屋さんだったらしいんだよね。名前何か知らない?」

『シリマセン』

「あそこの牛タン美味しいよね。個室だし。お肉がとろけるってああいうことを言うんだろうね」

『そうなんです!本当にお肉が舌の上でとろけたんです!』

「はいお馬鹿。名前は騙しやすいね〜」

「馬鹿」

『ノーン!』





私が頭を抱えると五条さんは楽しそうに笑った。しまった。流石にお金を使いすぎてしまったのかもしれない。五条さんが壊れてしまった。





「まあいいよ。楽しめたみたいだし。それに呪霊がご飯を食べれるのは面白い発見だ」

「実験みたいに言わないでもらえますか」

『実験でいいので今度は高級サーロインステーキに連れて行ってください』

「僕と2人でならいいよ」

「じゃあ無しですね」




即答で答える恵に五条さんはニヤリといやらしく笑った。悪人面って感じ。




「えー?でも名前はサーロイン食べたいよね?」

『食べたいのでテイクアウトお願いします』

「俺にもお願いします」

「そうきたか」





次の瞬間、窓ガラスが割れる音がして顔を上げるとよく分からない毛むくじゃらの呪霊が出てきて恵が立ち上がるけど五条さんがそれを止めた。




「……」

「いいね。ちゃんとイカれてた」





五条さんと恵が立ち上がるからつられて立ち上がり廃墟から出てきた2人を出迎える。





「お疲れサマンサー!子供は送り届けたよー。今度こそ飯行こうか」

「ビフテキ!」

「シースー!」





2人の雰囲気に少し笑うと視線を感じて顔を上げると恵がジッと私を見ていた。





『どうかした?』

「楽しそうだな」

『え?うん。楽しいよ?こんなに賑やかなの久しぶりだから』

「………」




そう言うと恵は不機嫌そうに唇を尖らせてしまった。今のどこに不機嫌になる所があったのか全く分からない。




「どったの伏黒」

「別に」

「出番がなくてスネてんの」

「プップー子供〜」




五条さんの言葉にだからスネてたのか、と納得しているとみんなの後ろを歩いていた私の隣に恵が移動してきた。前を見ると3人が楽しそうにどこに行くか決めているようだった。





『恵は何食べたいか言わなくていいの?』

「何でもいい」

『なんでそんなに機嫌悪いの?』

「悪くない」

『言い方が悪いじゃん…』




小さく息を吐くと恵はフイッと顔を逸らしてスネたように小さく言葉を紡いだ。




「…俺とふたりはつまんねぇかよ」

『…え?』

「………何でもない」






そう言ってスタスタ歩いてしまう恵に私は目を見開いて一度大きく吹き出した。そしたら恵は不機嫌そうに振り返ったから慌てて隣に走って並ぶと小さく舌打ちをされてしまった。





『恵とふたりは楽しいって感じじゃないかな』

「…………そーかよ」

『ちゃんと最後まで聞いてよ』






機嫌を損ねた恵の手を掴むと責めるように私を睨んだ。最後まで話聞かないところは小学生の時から変わらない。





『恵とふたりの時は楽しいっていうより幸せって感じの方がしっくりくるから』

「………………そーかよ」





今回のそーかよは随分と機嫌が良さそうだった。クールぶってるくせに意外と分かりやすいよね恵って。そこが恵の可愛いところだよね。




『恵は?私と居て幸せ?』

「………言わねぇ」

『えー?意地悪だなぁ』




笑った私に恵は少し眉を寄せてたけど繋がれた手はそのままだったから答えなんて分かってるけどね。また笑うと今度は恵も少し笑っていた。

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