うかれて泥濘



『わぁ!凄い!真っ黒!』

「あんまり褒めてないよね」

『中学の制服は白だったからなんか新鮮〜!』




高専の制服に身を包んだ恵はとにかく真っ黒だった。髪も黒いし制服も黒いし。まっくろくろすけって感じ。でも肌は白いから変な感じ。




『恵も高校生か〜。時の流れは早いねぇ〜』

「そういえば僕卒業式呼ばれなかったんだけど」

「呼んでませんから」

「なんで〜?僕は恵の保護者でしょ?なら中学校の卒業式に呼ぶべきじゃない?門の前で一緒に写真撮るべきじゃない?」

『ズボン短いのってわざと?それとも足長いですアピール?』

「なんだその意味が無いアピール」

「ねぇ。2人とも聞いてる?」

『卒業式泣いた?』

「泣いてない」

『まぁ恵友達いなかったしねぇ』

「殴るぞ」

『え、気にしてたの?ごめんね』

「違ぇよ」




意外と友達がいないことを気にしていたらしい。こう見えて可愛いところもあるんですよ彼。喧嘩してたのが悪いんだよ?あと無愛想なところ。ちなみに私は少しだけ卒業式に参加した。私の席にはお花が置かれていて少しいじめられている気分だった。あと恵に第二ボタンをくださいって言う強者が現れた。でもその前に恵が私に渡していたからそれを渡そうとしたら睨まれた。不良のガンつけ初めて受けた。怖かった。





「せっかく恵の晴れ姿撮ろうと思って一眼レフ買ったのに」

『ガチ勢過ぎませんか?』

「金の無駄ですね」





漫画爆買いしたのによう言いおる。まあ私は幸せだから無駄では無いね。うんうん、無駄じゃない。何故なら私が幸せだから。




「これからは高専の生徒だからね!じゃんじゃん働いてもらうよ!」

『あ、これからお昼作るんですけど五条さんも食べていきます?』

「いや、要らないだろ」

「なんでそれを恵が答えるの?食べていくよ?」

「なんで」

「なんで…!?」





恵以外の人に料理を振る舞うのが久しぶりで少し緊張しちゃったけど、そもそも失敗するような料理は作れないから当たり障りない物を作ったら五条さんは美味しいって食べてくれた。意外といい人だ。






『宮城ぃ?』

「そう。宮城にある特級呪物取ってきて」

「随分遠いですね」

『宮城かぁ…。牛タンかぁ…』





恵が高専に入学して2ヶ月程経った梅雨入り前の6月に五条さんに呼びたされて恵の隣でだらしなく頬を緩ませて机に肘を付くと五条さんは恵に説明を始めていた。




「宮城県仙台市にある両面宿儺の指取ってきて」

『仙台市かぁ…、牛タンかぁ…』

「勿論、電車賃と新幹線代は経費で落ちるよ」

『牛タンもですか!?』

「牛タンは落ちないんじゃないかな?それに名前は食べれないんじゃない?」

『やっぱり食べれないんですかね?』

「お腹減るの?」

『んー、減らないですね。お腹も減らなければいくら走っても汗はかかないし息も上がらないんですよ。今なら私、フルマラソン行ける気がします』

「まあいけるだろうね」





五条さんは少し考える様にしてから私に視線をずらした。まぁずらしたって言っても目隠ししてるから見えないけど。





「名前ってトイレ行くの?」

「……は?」

『え?』

「セクハラとかじゃなくて純粋な疑問ね」

「……純粋な方が問題でしょ」

「で?どうなの?」

『……行きませんけど』

「やっぱり?名前の体は完全に呪霊なんだね。トイレも行く必要なければご飯を食べる必要も無い。ついでに言えば寝る必要も無いし、お風呂に入る必要も無いし疲れることも無い。名前に呪力があれば最高の呪術師だったね」






まるで素晴らしいとでも言いそうなほど楽しそうに言い放った五条さんに目を見開いてしまった。この人にデリカシーとかは無いのだろうか。私だって戻れるなら人の体に戻りたい。なのにこの人は何でも無いように言った。嫌悪感を感じて目を細めると、彼はキョトンと首を傾げた。誰だ、この人の事意外といい人なんて言ったの。…………私だ。






「なんで怒ってんの?」

『……別に』

「名前に言ったんじゃなくて」

『え?』




五条さんがどこかを指すように顎を動かすから視線を向けると恵が五条さんに睨んでいた。私でも見たことないくらいに。





「なんで恵が怒ってんの?」

「………」






無表情だったけどそれが逆に怖かった。私は自分で感じていた怒りも忘れて恵の制服の袖を引くと、ゆっくりと私に視線を移した。





『私なら大丈夫だよ。五条さんがアレなのは軽く聞いてたから』

「アレって?どういうこと?」

「…………」

『怒ってくれてありがとう』





恵はフーっと大きく息を吐くと私の頭を撫でた。でも私も牛タン食べたかったなぁ。前までは太りたくなくてお腹減るの嫌だったのに今では空腹すら愛おしいなんて。
五条さんの説明が終わり恵と寮を目指して歩きながら宮城に思いを馳せる。




『新幹線か〜、いいなぁ』

「名前も乗るだろ」

『新幹線?』

「新幹線」

『私で1席取るのは流石に申し訳ないから駄目』

「金払えば問題無いだろ」

『…最近、恵の金銭感覚が怖くて仕方ないよ』

「意味分かんねぇ」





部屋に着いてベッドに腰を下ろす。前だったら風呂入って無いのにとか呪霊だけど汚れてたらとか考えてたけど今ではもう慣れたものだ。だって汚れないし。




『恵ー、牛タン食べてよ〜』

「は?」

『恵が牛タン食べてるところを見て、食べた気分を味わうから〜』

「そんなんで本当に味わえんのかよ」

『あ、あと行くなら個室にして〜。感想聞きたいから』

「あー、はいはい」

『新幹線立ってたら乗れるかな〜。疲れないし立ったままでも行ける気がする〜』

「なに開き直ってんだよ」





後頭部をバシって叩かれて脱力して後ろに倒れ込むとベッドのスプリングがギシリと音を立てた。




『新幹線から見えた富士山の写真撮っといて〜』

「方向全然違ぇし」

『今って富士山雪景色?』

「雪景色じゃねぇ時あんのか」

『………無いの?夏は?』

「標高高ぇから関係無いんじゃねぇの」

『博識〜』





笑うと恵は私の隣に腰を下ろした。私が倒れた時よりベッドが沈んだ。良かった。まだ恵より軽いみたい。





『新幹線いいなぁ〜』

「だから乗ればいいだろ」

『私の良心がそれを認めない』

「実際に座ってんだからいいだろ」

『他の人には見えないんだから』

「俺には見えてる」

『なら恵の膝の上に座って行こうかな〜。なーんて』

「……………」

『恵?冗談だよ?』

「……………それは、無しだろ」





無しだよ。私もわかってるよ?なのになんで恵はちょっとありかもみたいな顔してるの?周りからは見えないけどよく考えて?バカップルでもそんなことしないよ?





『五条さんの名前で領収書切って牛タン食べに行こ〜』

「個室の高いところな」

『そうそう。高いところ』





珍しく乗り気な恵に笑うと頭を撫でられた。恵は弟だからお兄ちゃんぶりたいのかな。素直に撫でられてあげると嬉しそうに頬を緩ませていた。玉犬を撫でてる時も似たような顔してる。…………ブリーダーかな?

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