ぼんやりしてても未来は来るし



『おはよう恵』

「………はよ、」





恵は起きるなり私を呼び出す。自分ですらちゃんと起きていないのに。ガシガシと頭を掻いて大きな欠伸をする恵を横目にカーテンを開けると眩しすぎて目を細めた。隣で恵も唸ってたから眩しかったんだと思う。





『毎日毎日起きるなり呼ばなくて良いんだよ?用事がある時に呼んでくれれば』

「ある。用事」

『なに?』

「朝飯食う」

『…………そっか』






私は考える事を放棄して冷蔵庫の中身を確認して超簡単な朝ごはんメニューを考えてハムと卵を取り出してフライパンに火をつける。





「…ハムと目玉焼きか」

『嫌?』

「何でもいい」

『何でもいいが一番困るんだよー?』

「名前が作るなら何でもいい」





恵はそう言うとお皿を準備してくれた。ハムの上に目玉焼きを一つ乗せ水を入れて蓋を閉じる。すると恵は自分でご飯をよそっていた。その間にインスタントのお味噌汁を作って机に並べる。





『はい、お待ちどうさま〜』

「ん、」




恵の前に腰を下ろして食べないけど一緒に手を合わせる。呪霊って料理出来るんだなぁ。物触れるんだから出来るか。




『簡単なのでごめんね』





肘を付いて恵の顔を見ると左右に小さく首を振って目玉焼きに手をつけた。でももうすぐで寮生活が始まるしその間の我慢だから。




『寮生活になったらこの家はどうするの?』

「解約するしかない」

『えー…』

「えーってなんだよ」

『なんか寂しいじゃん。住んでた家無くなっちゃうの』

「そんな思い入れもない」

『でも津美紀ちゃんが戻って来たら?』

「そしたらまた借りればいいだろ」

『…でもそっか。住んでない間家賃払うの勿体ないもんね』





食べ終わったのか恵はお箸を置くと手を合わせた。私は洗い物を持って水道に移動すると恵が隣に立った。




『洗い物拭いて〜』

「分かった」

『…………』

「…なんだよ」

『恵って意外と良い旦那さんになりそうだよね』

「意外とって何だ」





私の中のイメージは反抗期の恵だけだから、お皿拭いてなんて言ったら、うるせぇ俺に指図すんな、とか言いそうだと思ってしまった。





『…恵も成長していくんだね』

「オマエは俺を何だと思ってんだよ」

『反抗期真っ盛り』

「……もうやらねぇ」

『うそうそ!嘘だよ!手伝ってくれて嬉しい!ありがとう!』




恵は眉を寄せながらまた布巾を持ってお皿を拭いてくれた。洗い物が終わって私がテレビを見ていると恵は読書を始めた。




『出かけないの?』

「出かける用事無い」

『そっか〜』

「行きたい場所あんのか?」

『ううん。ただ冬休み終わるのに恵出かけてないなって思って』

「面倒くせぇ」

『恵らしい…』




私が立ち上がると恵は私の手を掴んで引き止めた。首を傾げると何故か恵も立ち上がった。




「どこ行くんだよ」

『散歩がてらそこら辺を…』

「俺も行くから待ってろ」

『え?いや、私ひとりで平気だよ?知らない土地じゃ無いし…』





恵は私の言葉を無視すると上着を取って来て羽織ると靴を履いた。私はその後を追って外に出ると恵に手を取られた。幼稚園生が危ないからママと手を繋いで行きましょうね〜ってやつだ。失礼な。私は15歳なんですけど。





『本読んでたんじゃないの?』

「読み終わってもう一回読み直してた」

『ならついでに新しい本とか買いに行く?』

「いいな」





恵の許可も取って昔からある本屋さんを目指す。その間にも何故か恵は遠回りしてた。寒いんだからさっさとお店に着いた方がいいのに。





『…あ!あの漫画の最新刊出てる!』

「そういえば読んでたな」

『恵!シィーッ!』

「は?何でだよ」





本屋さんに着くなり私のお気に入りの漫画が飾られていて興奮していると当然のように私に話しかけてきた。人差し指を口元に当てて恵に駆け寄るとキョトンと首を傾げら、意味無いけど小声で周りをキョロキョロと見渡しながら口を開く。





『周りには私が見えてないんだら話したら変な人だと思われちゃうよ!』

「どうでもいい」

『良くない!』






恵を睨みあげると彼は私の頭に手を置いて数回左右に動かした。傍から見たら空中を撫でているように見えてしまう。




『だから!』

「俺には名前が見えてる。こうして話も出来るし触れられる。何で居ないように扱わないといけないんだよ」

『でも、他の人には見えないんだよ…?』

「他人なんてどうでもいいだろ」




そう言って恵は私の好きな漫画を数冊抱えるとレジに向かった。





『恵も読むの?』

「俺は興味無い。気になってたんだろ、続き」

『私お金無いから払えないよ!……いや、家にある貯金箱に少しは…』

「これくらい別にいい」

『こっ、これくらい!?』





恵の腕の中には少なくとも20冊くらい漫画か抱えられていて値段を軽く計算すると少なく見積って8千円以上だった。




『だっ、駄目だよ!流石にこんなに買ってもらう訳にはいかないよ!』

「でも読みたいんだろ」

『よっ、みたいけど…』

「ならいいだろ」

『お金は大事にしないと駄目!』

「捨ててるわけじゃないんだから大事にはしてる」

『恵は漫画読まないじゃん!』

「じゃあ読む。これでいいな」





恵の後ろ袖を引っ張っても気にせずどんどん前に進む恵を必死に引っ張る。私が生前好きだと言っていた漫画を次々カゴに入れていく。ゆ、夢の大人買い…!?





『って駄目駄目!駄目だよ!』

「しつけぇな…」

『しつけぇな!?私が悪いの!?私がおかしいの!?』

「毎日暇なんだろ」

『だから毎日私を呼ばなくていいんだって!』

「それは嫌だ」

『私たち半日以上一緒に居るんだよ!?分かってる…!?』

「嫌なのかよ」

『嫌じゃないけど…!』

「あとこれも好きだったろ」

『あ、それ好き……………ちがぁう!!』

「そんなに騒いだら店の迷惑だろ」

『私の声は聞こえないやい!』






さっきまで私と話が出来るとか言ってたのに今は聞いてくれやしない。いつの間にかカゴの中は山盛りになっていて目を見開いた。






『殿様買い…!?』

「なんだそれ」

『こっ、こんな形で私の夢が叶うなんて…!』

「おお良かったな。おめでとう」

『私のお金で買いたかったの…!』






恵はどうでも良さそうにそう言うとレジで店員さんにカゴを渡した。光景を確認すると3万円を超えていた。白目を向いている私を他所に恵は財布から万札を出していた。呪術師ってそんなに儲かるの…?でも恵ってまだ違うんじゃないの?…あれ?あれれー?






「何してんだ。帰るぞ」

『………恵を遠くに感じるよ』

「はァ?」





袋を受け取るとズシリと重たくて、これがお金の重さか、なんて薄ら笑いを浮かべると恵が家とは逆の方向に歩き出した。





『えっ、そっち家じゃないよ?』

「馬鹿にしてんのか。本棚買わないといけないだろ」

『…………』

「なんで引いた顔してんだよ」





いつの間にか恵が成長してしまった。こんなにお金使いが荒いなんて…。津美紀ちゃんになんて言えば…。




「でも今本棚作ると面倒くせぇから注文だけして入寮したら配達してもらう」

『……ウン、ソウダネ』

「なに落ち込んでんだ?」

『寂しくなっちゃって…。恵が大人の階段を登っていってしまったよ…』

「さっきから意味分かんねぇこと言ってんな」





フラフラと肩を落としながら歩いていると、ちゃんと前見て歩け、って結構ガチめに怒られてしまった。






『……………』

「名前」

『……………』

「…名前」

『………ああ!私の漫画!』

「…………」




帰ってから気持ちを切り替えて漫画を読み耽っていると不機嫌そうな恵に取り上げられた。買ってくれたのはそっちなのに。それから漫画は1日3冊までって決まりが作られた。自分だって読書してるのに。酷い。

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