さよならはゆっくりしよう
なんでもありの世界です。全員が伏黒甚爾が伏黒恵の父親だと知っています。単行本ネタバレあり。
「理想の相手が現れる呪いを受けたァ!?」
『ゆっ、油断しちゃった…』
野薔薇の声に私が気まずくなりながら答えると、私の隣に視線を移した。すると隣に居る彼が面倒臭そうにガシガシと頭を掻いていた。
「オマエあん時のガキンチョだろ?成長したな」
『そりゃあ…10年近く経ってますからね』
「それで今は息子とデキてんだって?」
『息子さんには、お世話になってます…』
私が頭を下げると甚爾さんは大口を開いて豪快に笑うと私の肩をバシバシと叩いた。痛いです…。
「呪い受けてて平気なの?」
「やっぱり呪い受けたのか。弱ぇな」
『祓ったから長くても今日1日だけだと思うんだけど…』
「なら今日は伏黒に会わない方がいいわよ」
『え?なんで?』
「伏黒が嫉妬の悪魔と化すからよ」
「は?小せぇな」
耳を小指で弄る甚爾さんは何かを思いついたようにニヤニヤと笑いだした。笑い方が悪人なんだよなぁ。でもそこが素敵です。
「ほら行くぞ。ガキンチョ」
『え?どこにですか?』
「息子探しに行くに決まってんだろ」
「清々しいほどの笑顔ね」
『でも恵くんなら任務に…』
私がそう言っても甚爾さんは歩き出してしまった。1人にする訳にもいかないからとついて行くと、目の前から五条先生が私たちを見て目隠しを上に少しあげて彼を睨みつけていた。
「…僕が見てる幻?」
「なんなら殴ってやろうか?」
「うわー、ムカつく笑顔」
「このガキンチョが俺のこと大好きで生き返らせたんだとよ。まぁ、時間は限られてるけどな」
「本っ当に名前は男の趣味悪いよね」
『しっ、失礼な…!』
「どうせ悪さしないでしょ。というか面倒だから何もしないでくんない?僕忙しいんだよね」
「本当に腹立つガキだなこいつ」
五条先生は舌を出して中指を立てると去ってしまった。本当にガラが悪いな、あの人は。
『甚爾さんはなにかしたい事ないんですか?』
「息子を揶揄う」
『歪んでますね…』
そんな話をしながら高専内を歩いていると、前から見慣れた愛しの彼の姿が現れて私は右手を振る。
『恵くーん!』
「名前………………は?」
「おお、想像通りのアホ面だな」
「……なんでオマエが名前と一緒に居るんだよ」
「そうだそうだ。オマエの名前は名前だっけな。そんなだったわ」
『苗字名前です!よろしくお願いしますっ!』
「しなくていい」
恵くんは私の腕を取ると自分の後ろに隠してしまった。甚爾さんが見えなくなってしまった。残念。
「なんでオマエが居るんだよ。死んでんだろ」
「名前が俺に会いてぇって言うから地獄から呼び出されたんだよ」
「はァ?」
『いっ、言ってはない!言ってはないよ!』
私が慌ててそう言うと恵くんはギッと甚爾さんを睨んだ。すると彼は楽しそうに笑って恵くんに近寄ってボンボンと肩を叩いた。痛そう…。
「オマエ女々しいなぁ!女かよ!」
「…あ?」
私が視線を2人に揺らしていると後ろから真希さんに名前を呼ばれて振り返る。天の助けとはこの事だ。
『真希さん…!』
「なんか面白いことになってるんだって?」
『面白くないです!』
真希さんは私の隣に立って親子を見上げた。そこで私はやっぱり真希さんと伏黒親子は似てるなぁって思った。雰囲気とか、……ちょっと怖いところ?
「オマエそんなに女々しくて大丈夫かよ!すぐに捨てられるんじゃねぇの!」
「うるせぇ。死人に口なしって言うだろ。さっさと黙って消えろ」
『まっ、まぁまぁ!落ち着いて下さい!』
「名前もコイツのどこがいいんだよ?」
『え?』
「勝手に名前で呼ぶな」
「こんな小さくて面倒臭ぇヤツ!顔も俺の方が良いしな?五条のガキの方がマシだろ」
『……………は?』
流石の甚爾さんでも聞き捨てならない言葉を許す訳にはいきません。
『恵くんはかっこいいです。優しいですし可愛いです。顔だってお人形さんのように整ってますし、見てください。この長すぎる睫毛。そして作り物のような肌。ゆで卵なんてものじゃないですよ。陶器です。世界で最も美しく綺麗な陶器です。そしていつもクールな恵くんが笑った時の破壊力。サードインパクト以上ですよ。世界が崩壊します。むしろ私が崩壊してます。それから首を傾げる仕草。これはもうギネス世界記録に認定されるべきです。可愛すぎます。顔よしスタイルよし頭よし可愛さよし。どこに欠点があると言うんですか。いいえ、ありません。恵くんは無敵なんです。確かに甚爾さんもワイルドでかっこよくて素敵ですが、恵くんの素晴らしさは誰にも負けません。知ってますか?恵くんってここまで完璧なのに中身まで完璧なんです。デートの時は車道側歩いてくれるし荷物は持ってくれるし私服姿も神がかってるんです。恵くんは神様なんです。分かりますか?そんな神様である恵くんが小さくて女々しいわけがないじゃないですか。むしろそうだったとしてもそんなのは欠点にはなりません。私みたいな人間を愛してくれる人に欠点なんてありません。欠点すらも美点なんです。それに、』
「うるせぇし長ぇしキメェ」
「………」
「オマエも満更でも無い顔すんな。見ろよ禅院のガキの引いた顔」
まだ語り足りないというのに甚爾さんは強制的に私の話を終わらせた。酷い。自分の息子の話なんだからもっと聞いて欲しい。
「でもオマエは俺が理想の相手なわけだろ?」
「は?」
「本当に名前って男の趣味悪いな」
「まっ、これも何かの縁だ」
『うぉっと…!?』
「おいっ…!」
恵くんの素晴らしさを語るために前に出ていた私の腕を甚爾さんが引くと一瞬で体が温もりに包まれた。しかもいい匂いがする。え、何これ。私が顔を上げると甚爾さんの顔が真上にあった。……顔がいい。
『ヒィッン…!』
「馬かよ」
「おい離せっ!通報するぞ!」
「勝手にしろよ。まぁ今の俺は呪霊だから見えねぇけどな」
「あ、マジだ。眼鏡外すと見えねぇ」
甚爾さんの温もりと香りに頭がクラクラしてきた。呪霊なのになんでこんなにいい香りするの?匂いすらも私の理想なの?しかも筋肉が素晴らしすぎる。本当に意識飛びそう。心拍数大丈夫かな。自分でも聞こえるくらいバクバクいってるんだけど。
「っ、玉犬!」
「可愛いワンコだな」
「ワンコじゃねぇ!」
甚爾さんは私を離して距離を取ると、支えが無くなった私はヘナヘナと床に座り込む。色気やら何やらで腰が抜けてしまった。お恥ずかしい。
「名前…!」
『…やばい、やばいです、これは、やばいでふ』
「語彙力がやばいの間違えだろ」
「何他の男で腰抜かしてんだ!」
「まぁオマエじゃ無理だろうなー」
「っ、殺すっ…!」
恵くんは大蛇を出すと甚爾さんに向かって行ってしまった。すると目の前に人影が見えてグルグルと回っている視界が少しずつ戻り始めた。
『………恵くんが女の子になっちゃった!?』
「私だ。恵と一緒にすんな」
『ま、真希さんか…、良かった…。私女の子と恋愛することになっちゃうかと…。初心者なのでまずは段階を踏むところまで考えましたよ…』
「なんで恵が女になってるのを受け入れてんだよ」
『恵くんは恵くんなので』
「それよりもあの馬鹿共止めろよ。校舎壊れるぞ」
恵くんは本気で甚爾さんを倒すつもりなのか玉犬と大蛇を出していた。そろそろ本当に校舎を壊しかねない。でも私は腰が抜けてしまって立てない。万事休すか…!
「恵ー!名前が死にそうだぞー!」
『死にそうではないですよ…!』
恵くんは真希さんの言葉に反応すると私の元へと駆け寄って、目の前にしゃがみ込んだ。
「大丈夫か?」
『だ、大丈夫です…、』
「じゃ、後は頼んだぞー」
真希さんは飽きたのかそう言ってヒラヒラと右手を振って立ち去ってしまった。天の助けとは…?
「名前」
『なに?』
「オマエの理想がアイツって本当か」
『今聞くことかな…?』
私が首を傾げると恵くんは真剣な表情で私を見つめた。私の視線が逸らせないように私の顎を掴んだ恵くんは多分私が答えない限り手を離してくれない。顔は逸らせないから視線だけズラしながら小さく答える。
『り、理想っていうか…、』
「神様は俺だろ」
『そっ、そうなんだけど…、やっぱり、初恋だったし…、特別っていうか…、』
私が視線をさ迷わせながら言うと恵くんが更に顔を近づけた。もう少しで唇が触れてしまう距離に反射的に視線を前に向けてしまった。すると恵くんは強い眼差しで私を射抜いた。
「俺を見ろ」
『…………はい、』
恵くんの珍しい強い言い方に不覚にもキュンとときめいてしまった。いつも優しい恵くんがいきなりそんな言い方するなんてずるい。かっこいい。
「いつまで見つめあってんだ。気持ち悪ぃな」
「見たくないなら勝手に消えろ」
「俺だって別に居たかねぇよ」
恵くんは私の手を取ると立ち上がらせてくれた。まだちょっと覚束無いけど、うん、大丈夫そう。
「オマエらまだヤってないのか」
「まじでオマエを父親と認めたくない」
「へぇ。俺の息子にしては我慢強いな」
「オマエ本当に消えろ」
「女が善がるテク教えてやろうか?」
甚爾さんは楽しそうに笑うと恵くんは眉を寄せて心の底から嫌そうに顔を歪めた。こういう時私はどんな顔をしていたらいいんだろう。
「名前みたいな女はキス長めにしてやれよ」
「オマエが名前を知ったように語るな」
「でも名前好きだろ?」
『…………黙秘します』
「ほらな?」
「………俺だってそれくらい知ってる」
恵くんは唇を尖らせると舌打ちをしながら視線を逸らした。勝手に暴露された私は今すぐ逃げ出したいのですが…。
「…あ、やべ。そろそろか」
甚爾さんはそう言うと私たちに近づいた。恵くんは警戒した様に背けていた顔を戻した。すると甚爾はフッと表情を緩めて私と恵くんの頭を大きな手のひらで撫でた。懐かしい感覚に目を細めると甚爾さんは私たちを呼んだ。
「俺みたいにはなるなよ、馬鹿ども」
「……なるわけねぇだろ」
『………』
瞼を閉じると頬に何かが伝うのが分かった。やっぱりこの人は悪人だな。最低で最悪で、お世辞でも善人とは言えない。
『…甚爾さん、』
「あ?」
『大好きでした』
「………そーかよ」
甚爾さんはフッと笑うとガシガシと私たちの頭を荒っぽく撫でた。この撫で方が大好きだった。……今も大好き。
「名前、恵を頼むぞ」
そう言って甚爾さんの体はスーッと消えてしまった。私と恵くんはそれを見届けてゆっくりと息を吐いた。
『………お義父さんから公認もらっちゃった』
「……アイツに認めてもらう必要無いだろ」
『……寂しいね』
私がそう言うと恵くんは視線を逸らして「別に、」と言った。でも彼の瞳はやっぱりどこか寂しさを含んでいる気がした。私の勘違いかもしれないけど。
『今度、津美紀さんにも会わせてね』
「ん、」
恵くんは小さく頷くと私の手を取った。いつもより少しだけ冷たい彼の手に自分の温もりを移すようにギュッと力を込めた。すると恵くんは私に顔を向けたから首を傾げると真面目な表情で言った。
「で、アイツが理想ってどういうことだ」
『…………………………黙秘します』
この後恵くんにジト目睨まれ続け、夜ご飯の時に私のお皿に人参を乗せてきた恵くんの機嫌をとるのが大変だった。
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