あなたは粉雪の匂いがする



『…あれ?伏黒くんこれから任務?』

「ああ。苗字は?」

『私はこれから野薔薇とお買い物行くんだー』

「どこまで」

『渋谷行こうかって』

「電車はドア付近に乗れよ」

『はーい』

「返事を伸ばすな」




伏黒くんは私の頭を軽く叩くと野薔薇の部屋まで付いてきてくれた。一応女子寮なんだけどなぁ。





『野薔薇ー、買い物行こー』

「あと5分待って。アイラインが上手くいかないの…って、伏黒?まさかアンタついてくる気?今日は私と名前のデートなんだけど」

「デートじゃねぇだろ。それに俺はこれから任務だ」

「ならさっさと行きなさいよ。ほら行った行った」

「………」






青筋を浮かべた伏黒くんを見て私は慌てて袖を引いて呼ぶと、彼は私に顔を向けて少しだけ腰を折ってくれた。




『任務頑張ってね。夜ご飯食べないで待ってるから』

「ん、出来だけ早く終わらせる」




伏黒くんは少しだけ微笑むと私の頭を少し撫でて任務に向かって行ってしまった。私はそれを見送って野薔薇の部屋に入ると、彼女は鏡に向かってアイラインに苦戦していた。





「アンタらなに夫婦みたいな会話してんのよ」

『…そう?』

「アイツが帰ってきたらアレやってやれば?」

『アレ…?』





野薔薇はアイラインを置くと両手を胸の前で手を合わせて握るとキュルンと音が付きそうな程瞳を潤ませた。





「おかえりなさい、あなた。ご飯にする?お風呂にする?それとも…わ・た・し?……ってやつ」

『やらないよ……』

「なんで?伏黒みたいなムッツリには効果抜群だと思うけど」

『野薔薇は伏黒くんを何だと思ってるの…?』

「ムッツリ」




野薔薇は淡々と答えるとアイラインが上手くいったのは鏡を持ち上げて角度を変えて確認すると、よしっ、と立ち上がった。私も立ち上がって後に続くと野薔薇は振り返ってそういえばと言って私を見た。




「渋谷に新しい下着屋さん出来たらしいわよ」

『へぇー。野薔薇そこ行きたいの?』

「私じゃなくてアンタよ、アンタ」

『私?私は別に用事無いけど…』

「何言ってんの。アイツが任務から帰ってきたらアレやるんでしょ?なら勝負下着買っておきなさいよ」

『やらないよ…!』






野薔薇はニヤニヤと笑うと私の腕を引っ張り出した。私は脚をもつれさせながらもついて行くと彼女は楽しそうに右腕を上げて笑っていたから、私も笑ってしまった。




「さぁー!選ぶわよ!」

『楽しいぞー!』

「なによその掛け声!」





渋谷で買い物をした後、歩いて原宿まで行って野薔薇と洋服を買って寮に帰ると、伏黒くんが門の前に待っていた。野薔薇はゲェっと顔を歪めていて、伏黒くんは私たちに気づくと近付いて私の荷物を持ってくれた。





『任務終わりで疲れてるだろうし、私持てるよ?』

「俺が持ちたいから持つだけだ」

「なら私のも持ちなさいよ」

「服買ったのか?」

『え、あ、うん…?』

「無視すんじゃないわよ!」




野薔薇が伏黒くんの頭を叩くと彼は眉を寄せて、野薔薇の方へと顔を向けた。すると野薔薇も眉を寄せ、不良が啖呵を切る様な顔をしていた。





「痛てぇな。何すんだよ」

「アンタに私を無視する権利があると思ってるの?」

「あるに決まってんだろ」

『いや、同期を無視するのは良くないんじゃないかな…』

「アンタ私を誰だと思ってんの?」






野薔薇は腰に手を当てると顎を上げて薄らと笑みを浮かべていた。そして私の肩を抱いて抱き寄せると伏黒くんは更に眉を寄せ、野薔薇はフフンと鼻を鳴らした。




「私は名前の親友なのよ?そんな偉そうな態度とっていいと思ってるの?」

「はァ?それは関係無いだろ」

「いいのかしら。そんな事言って」

「あ?」

「えー、こわーい」




野薔薇はニヤニヤと笑いながら私の首に腕を回すとギュッと抱き寄せて、私の頬に頬擦りをした。野薔薇の頬がスベスベで気持ち良くて目を細めて私から頬を寄せると伏黒くんは大きく舌打ちをして視線をフイっと逸らした。




「…荷物持てばいいんだろ」

「え、別に今日はそんなに買ってないから要らない」

「…オマエ、」

「そんな怖い顔してたら名前にフラれるわよ〜」





野薔薇はスタコラサッサと言わんばかりに足早に去ると伏黒くんは最後まで彼女を睨みつけていた。私が彼の制服の袖を引くと、私の頬に手を当てて擦るように動かすと満足したのか私の手を取って歩き出した。





「気に入るのあったのか?」

『うん!野薔薇が選んでくれたの』

「……釘崎が選んだのか」

『野薔薇が選んだの嫌?可愛いと思うんだけど…』

「可愛いとは思う。でも露出が多いんだよ。アイツが選ぶと」

『そんなに多いかな…?』

「前に肩出てるやつ着てただろ」






肩が出てるって言ってもオフショルダーでは無いし、本当に少し出てただけなのに伏黒くんは自分が着ていた上着を私に着せると絶対に脱ぐ事を許してくれなかった。彼氏の上着を見せつけている女の人みたいで少し恥ずかしかったけど、伏黒くんが嬉しそうだったからそのままにしていた。





『着ない方がいい?』

「苗字が着たいなら着ればいい。けど俺と出かける時にしてくれ」

『……それは、また上着を貸してもらう未来しか無いのでは?』





私がそう言うと伏黒くんはツーンとそっぽを向いてしまった。私が少し唇を尖らせて見上げると、彼はチラリと私を見て一瞬だけ唇を重ねた。私は突然の事に目を見開いて居ると伏黒くんは何も無かったように口を開いた。





「俺の部屋で着れば上着も要らないんじゃねぇの」

『…それは、お出かけじゃ無いね?』




伏黒くんは私の言葉が聞こえていないかの様に食堂で何を食べるか私に尋ねた。私は苦笑を浮かべながら答えると彼はフッと口元を緩めた。その時に薄ら白い息が出てもうすぐ本格的な春だな、なんて思った。






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