静謐な容の破片



『あっ!狗巻先輩!私も手伝います!』

「高菜!」




お花に水をあげている狗巻先輩の隣に並んでジョウロを傾けると咲き始めている花たちがユラユラと揺れた。あと数週間もすれば綺麗に咲きそう。




『これってなんてお花なんですか?』

「…こんぶ?」

『はい!このお花です!』

「……」





狗巻先輩は少し躊躇ってからポチポチとスマホを取り出して何かを打ち込むと私に見せてくれた。でも初めて見るお花で首を傾げてしまった。すると狗巻先輩は隠すようにスマホをしまってしまった。




『すっ、すみません!私お花疎いのに聞いてしまって…!でも凄く可愛いお花ですね!こう、控えめだけど花びらが小さくて可愛いです…!』

「……いくら?」

『はい!本当です!』





私がそう言うと狗巻先輩は制服に肩を竦めるように少しだけ顔を埋めてしまった。でも耳が少しだけ赤かったから喜んでくれたみたい。





『夏になる前に向日葵とか埋めたいですね』

「高菜!」

『今度みんなで埋めたいお花1人ずつ選んで埋めるのとかいいですね!』

「しゃけ!」





狗巻先輩は楽しそうに笑うと右手を上げた。私が行儀悪いと思いながら指さして狗巻先輩を呼ぶと彼はピシリと両手を小学生のようにズボンの縫い目に合わせて背筋を伸ばした。



『はい!狗巻棘くん!』

「いくら!明太子!」

『…なるほど!それもありですね!』

「いくら!ツナマヨ!」

『そうしましょう!そうと決まれば今すぐ真希さんの部屋の床を土に変えて…』

「なんでだよ」

『痛いっ!』





頭に痛みが走り振り返ると真希さんが右手で握り拳を作って見下ろしていた。グーで頭を殴られるのは流石に痛いです…。





『ま、真希さん…、痛いです…』

「なに人の部屋で大型工事始めようとしてんだ」

「いくら!」

『そうです!私たちは真希さんの部屋を可愛くしたくて…!』

「そういうのなんて言うか知ってるか?ありがた迷惑って言うんだよ」

『あっ…、ありがた迷惑…!?』

「めっ…、明太子…!?」




私と狗巻先輩は口元を抑えて驚くと真希さんの後ろから伏黒くんが現れた。真希さんと伏黒くんが並ぶとやっぱり何処か似ている気がする。





『伏黒くんも部屋にお花咲かせる?』

「……飾るんじゃなくて、咲かせるのか?」

『うん。床の板剥がして土と肥料を入れて種植えるの』

「…流石に怒られるだろ」

「いや、そこじゃねぇだろ」




ポコリと真希さんは伏黒くんの頭を叩いていたけど、伏黒くんは首を傾げて私を見た。




「花育てたいのか?」

『うーん…、……花壇で充分かな』




私が笑って答えると伏黒くんは小さく頷いて私が地面に置いていたジョウロを手に取って芽が出始めている花に水を上げていた。





『伏黒くんはお花好き?』

「好きでも嫌いでも無い」

『じゃあ向日葵は?』

「恵は花好きでも嫌いでも無いっつったろーが」

「苗字は?」

『私は結構好き』

「なら俺も結構好き」

「オマエら……、ああ、もうなんでもいいわ」





真希さんは深く溜息を吐くと、頭が痛いのか目頭を抑えてしまった。狗巻先輩は興味が無いのかボーッと私たちを眺めていた。すると後ろから虎杖くんや野薔薇、そしてパンダ先輩が私たちを校舎の中から呼んだ。





「アンタたちー!寒くないのー?」

「今日自習らしいからみんなでUNOしようぜー!」

「真希ー!棘ー!ついでに罰ゲーム作って後輩パシろうぜー!」






私たちはジョウロを片付けてみんなの元へと駆け寄ると中から外に比べたら暖かい風が前髪をふわりと持ち上げた。3月は季節では春らしいけど、やっぱり寒い。
すると手首が冷たいものに包まれて振り返ると伏黒くんが私の手首を掴んでいた。首を傾げて見上げると彼は私の崩れた前髪を優しく直してくれた。





「鼻赤くなってるな」

『ちょっと寒かった』

「ガキじゃないんだから防寒しろよ」

『でも手袋とかしてたら水あげられないよ?』

「マフラーとかあんだろ」

『あ、そっか』





私が頷くと伏黒くんは少し呆れたように眉を下げると、手首を掴んでいた手を移動させて私の指を絡め取った。




『今年もよろしくね』

「これからも、だろ」

『…これからも、よろしく』

「よろしく」






私が彼の手を握り返すと、伏黒くんもまた優しく握り返してくれた。私たちは無事同期4人、そして先輩4人と一緒に進級した。






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