ほどけない火のかたわら(完)



『…ごめんなさい、狗巻先輩、』

「…おかか」





私が頭を下げると、狗巻先輩は首を振って優しく微笑んだ。利用までして、私はこの人の気持ちには応えられない。本当に最低だ。なのに先輩はそんな私の頭を優しく撫でた。やめて欲しい、泣いてしまいそうになる。





『…ご、めんなさい、』

「高菜!…いくら、」




先輩は謝るな、私が幸せならいいと、そう言ってくれた。私は唇を噛んで涙を堪えていると狗巻先輩は優しく私の頬を掬いあげて視線を合わせた。やっぱり手が冷たい。



『…手が冷たい人は、心が暖かいっていうのは、本当なんですね』

「いくら?…………おかか」

『先輩は優しいですよ、すごく、』





私がそう言うと先輩はまた首を振った。先輩は優しいのに、どうして否定するの。





「……高菜、…ツナマヨ、ツナ、」

『…え?』

「……すじこ〜…」





先輩は私と居ると緊張してしまって手先が冷たくなっていたと言って恥ずかしそうに顔を覆ってしまった。…前から分かってたけど、本当に可愛らしい人だな。





『…私も、狗巻先輩の隣は凄く心地良かったです。安心出来て、心が暖まる感じがします』

「……ツナマヨ」





私がそう言うと狗巻先輩は嬉しそうに笑った。私もつられて笑うと、先輩はぐしゃぐしゃと私の頭を両手で撫でた。私が慌てて先輩の手を掴むと更にその上から私の手でも狗巻先輩の手でも無い手が重ねられる。





『…あ、』

「……もういいでしょ」

「おかか!」

「先輩には悪いですけど、コイツはやれません」





現れた恵くんに狗巻先輩はフッと目元を緩めてから、ピシッと恵くんを指さした。あら、行儀悪い。




「いくら!高菜!こんぶ!」

『…え!?』





次に私を泣かせたら自分が奪うと言った狗巻先輩に私は不覚にもキュンとしてしまった。両手で口元を覆うと、後頭部を恵くんに叩かれた。DVだ。





「なにときめいてんだよ。それに、もう泣かせませんし、手放しません。狗巻先輩が入る余地無いですから」





恵くんの言葉に狗巻先輩はコクコクと頷くと、口元のチャックを下ろしてふわりと笑って口をパクパクと動かした。多分、お幸せに、って言ってくれた。




『いっ、狗巻先輩…!』

「ツナマヨ〜」

「あっ!今好きだって言ったでしょ…!クソっ、油断も隙もねぇ!」





恵くんは私を隠すように前に立つと、狗巻先輩を見下ろして視線を逸らしながら小さく呟いた。





「…でも、コイツの事、支えてくれてありがとうございました」

「……しゃけ、」






それだけ言うと恵くんは私の手を引いて歩き出してしまった。私は慌てて振り返り狗巻先輩に手を振る。すると先輩も右手を控えめに振り返してくれた。





「いつまでも狗巻先輩見んな」

『え、恵くん後頭部にも目があるの…!?』

「やっぱり見てたのかよ」






恵くんは呆れたように溜息を吐き出すと、花壇の前で立ち止まった。私が首を傾げると、彼は綺麗に咲いている花を見下ろしていた。





「……これも、狗巻先輩なりの愛情表現だったわけだろ」

『可愛いよね、本当に』

「……」

『本当にそれだけだよ。私が好きなのも愛してるのも恵くんだけだよ』





私がそう言うと恵くんは呆れたようにまた溜息を吐いたけど、その表情には隠しきれていない嬉しさが見て取れた。うん、恵くんも可愛いなぁ。





『それに恵くんだって、ケリつけないといけない事あるんじゃない?』

「なんの事だよ」

『彼女のことだよ』

「ああ、それならもう終わってる」

『……え?いつの間に?』

「俺がオマエに一方的に別れさせられた後にイライラして気づいたらオマエ以外に会いたくないから来んなって言ってた」

『……それは、流石にキツいのでは…?』

「イライラさせてた張本人が何言ってんだ」

『…すみません』





恵くんは私を睨むと、指を絡めて地面にしゃがみ込んだから、私も必然的にしゃがみこむ。





『もう夏だね…、お花枯れちゃうかな』

「枯れても俺が新しい花植えるから問題ない」

『……狗巻先輩にはお花植えさせないの?』

「植えさせても花言葉に意味が無いやつ」






淡々と答える恵くんに苦笑を浮かべると恵くんは少しだけ顔を上げて言葉を続けた。





「俺が植えるならクワとかアイビーだな」

『……花言葉は?』

「クワは共に死のう。アイビーは死んでも離れない」

『…呪霊になる気満々だね』




恵くんは当たり前だと言わんばかりに首を傾げて私を見た。最近、私より恵くんの方がイカれてる気がするんですけど…。気のせいかな…?





『…じゃあ私も一緒に育てようかな。クワとアイビー。それで恵くんにプレゼントする』

「それいいな」





嬉しそうに笑った彼に私もつられて笑うと不意に繋がれた手に力が込められて顔を上げると唇を重ねられた。突然で驚いたけど瞼を閉じて応えると、恵くんが私の頬をするりと撫でた。唇を離して見つめると彼はまた瞼を閉じた。私ももう一度瞼を閉じようとした時、





「ごぉっらああぁぁあ!そこのバカップル!いつまでもイチャコラしてんなよぉおぉお!?」

『ひぃっ…!』





野薔薇の怒号に体をビクリと震わせると恵くんが背中を摩ってくれた。声の聞こえた方に顔を向けると2階の校舎から野薔薇と虎杖くんが顔を出していた。




「本っ当にアンタらは面倒くさいんだからー!」

「…なんで釘崎が面倒くさがってんだよ」

『五条先生にも前に面倒くさいよねって言われた…』




5人で先生の奢りでご飯に行って虎杖くんと恵くんが任務で途中で抜けてしまった時に五条先生は私を指さして言った。




「つまりさ、名前も恵も、すっごく面倒くさいよね。高校生らしく盲目になって好き同士なんだから深く考えずにずっと一緒に居ればいいのにさ」






なんて言われた事を恵くんに伝えると、彼は眉を寄せていた。そして私を不機嫌そうに見下ろした。…なんで?





「俺は面倒臭くないだろ。今回はオマエが変な事気にしてたからだろ」

『かっ、返す言葉もない…!』





私が心臓の辺りを抑えて顔を歪めると恵くんはフッと顔を緩めた。





「…まぁ、今回は俺も悪い所も無かったわけではないから、」

『女の子と門で会ってたもんね?』

「…悪い」

『冗談だよ。言わなかった私も悪いし』



いい加減に野薔薇たちの元へ行かないとまた怒られそうだと思って立ち上がると恵くんが私の小指を自分の小指で絡め取った。指切りげんまんってやつだ。私が首を傾げると、彼はジッと私を見つめた。




「……次にわけも分からねぇ理由で別れるなんて言ったら一生恨むからな」

『い、一生…?』

「死んだ後も恨み続ける。まぁ、理由があっても恨み続けるけどな」

『……なら、恵くんも同じ条件じゃないと不公平だよね』





形だけの縛りだから意味なんてないだろうけど、私がそう言うと恵くんはコクリと頷いた。まぁ、既に呪ってるわけだけど。





『私だけを愛してね』

「名前しか愛せねぇよ」





そう言って恵くんは優しく微笑んだ。普通の人では重すぎる愛も、私たちには普通だから。




「名前、恵ー、いい加減にしてねー。授業始めるよ〜!」

『あっ、五条先生…!』





私は五条先生には借りがあるのだ。恵くんが意識不明の重体なんて嘘をついたんだから。それに先生のことだから呪力を流し込めば反転術式が使えるっていうのも嘘なんだろうし。…まぁ、私と恵くんを見かねてそんな嘘吐いたんだろうけど…。




『行こう!恵くん!五条先生を一発殴らないと気が済まない!手伝ってね!』

「…まぁ、五条先生なら」

「恵!?聞こえてるからね!僕ならいいってどういうこと…!?」





私が繋がれた手を引くと、恵くんは呆れたように笑いながらも付いてきてくれた。すると手を引かれて振り返ると、恵くんは一瞬だけ私の耳元に唇を寄せて小さく呟いた。





「名前、愛してる」

『ーっ、今呪い込めたでしょ…!』





私がそう言うと恵くんは嬉しそうに笑って私の手を引いた。そういえば初めて会った時もこんな風に手を引かれたな、なんて思い出して笑うと恵くんは首を傾げていた。




『私だって恵くんを愛してるっ!』

「…知ってる」





私が呪いを込めて言うと恵くんは嬉しそうに目を細めた。本当にイカれてるけど、呪術師なんてみんなイカれてるものでしょ。だから、愛に飢えてる私たちにはこれくらいがちょうどいい。






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