遠ざかるえいえんに命を与える



伏黒くんが意識不明ってどういうこと。なんで彼がそんな目に遭わないといけないの。どうしよう、頭が回らない。手先が冷たく凍ってしまった様に感覚が無い。



「名前っ!!」

『っ、』




野薔薇に名前を呼ばれて弾かれた様に顔を上げると、彼女も焦った様な顔をしていた。



「とりあえず病院に行かないとでしょ…!」

『そっか、そう、だよね、』

「アイツがそう簡単に死ぬわけないでしょ!?起きたら一発ぶん殴ってやればいいのよ!」




私が慌てて立ち上がってお店の外に出ると、五条先生が私の腕を掴んだ。私が振り返ると先生は静かに口を開いた。





「とりあえず名前は僕がトんで連れて行く。野薔薇は僕の財布を預けるから会計を済ませておいて」

「は、はァ!?」

「それじゃあよろしくね」




先生はそう言うと野薔薇に財布を渡し、私の体を片手で小脇に抱えると、瞬きをした次の瞬間には病院だった。先生は私を下ろすと部屋の番号を教えてくれて私はその番号を頭の中で復唱しながら必死に部屋を探す。




『っ、伏黒くん…ッ!』




部屋を見つけて扉を開けて、ここが病院だったことも忘れて声を荒らげてしまった。真っ白なベットの上に寝かせられている伏黒くんの頭には包帯が巻かれて口には酸素マスクが付けられていた。




『…ふ、伏黒くん、』





彼の名前を呼んでも返事は無くて、おぼつかない足取りでベットに近付いて伏黒くんを見ると、彼はピクリとも動かなかった。





『伏黒くん…、…伏黒くんっ、』




嫌だ、死なないで、私を置いて逝かないで、





『…嫌だ、嫌だよ、伏黒くん、』





彼の頬に触れると、酷く冷たくて息が出来なくなった。なんで、だって、意識不明だって、なのになんでこんなに冷たいの。




『伏黒くんっ、伏黒くんっ…!』




殺されるなら私がいいって言ったじゃん。私何もしてないよ。なのになんで死にそうになってるの。私以外に殺されないでよ。私と一緒に逝ってよ。置いて逝かないで。




『嫌だっ、逝かないでっ、私を置いて逝かないでっ、』




私やっと素直になれるはずだったんだよ。伏黒くんはもう私の事好きじゃないかもしれないけど、私は大好きだよ。伏黒くんに嫌われても、疎まれても、私は伏黒くんが大好きだよ。ごめんね、運命の人じゃないのに、伏黒くんを不幸にしてしまうかもしれないのに。それなのに愛して、





『おねがい、逝かないでっ、』




例え伏黒くんに恨まれても、何をしても、私は絶対に貴方を死なせない。




『……伏黒くん、逝かないで、死なないで、』





貴方を呪いで縛ってでも、私は貴方を引き戻す。先に逝かせたりなんてしない。私は伏黒くんに呪いをかけるよ。





『死なないで、伏黒くん、生きてよ、』




憎んでいいよ、嫌っていいよ、だから、だから死なないで、私を好きになってくれなくていい。愛してくれなくていい。生きてくれてるだけでいいから、




『私に、殺されたいんじゃなかったの…?なら死なないでよ、』





ボタボタと涙が流れて彼の頬を濡らす。そこで私はひとつの可能性を見出した。




『……呪力があれば、反転術式が使えるかもしれない、』



以前、五条先生が言っていた呪力を流し込めば反転術式が使えるかもしれない、と。意識不明の相手に使えるか分からないけど、それでも少しでも可能性があるのなら。






『…ごめんね、伏黒くん、』





私は彼の口元を覆っている酸素マスクを外すと、彼の髪の毛を撫でて耳にかける。睫毛が長くて本当にただ眠っているだけのように見える。私の手の温度が移ったのか、少しだけ彼の頬の体温が上がった気がした。





『…絶対に死なせない、逝かないで、伏黒くん、』





ゆっくりと唇を重ねて呪力を流し込む。呪力量を調整する事に集中していると突然頬が温かいものに包まれて目を見開くと、薄く開かれた彼の瞳と視線が交わった。





『え、』

「…人の寝込み襲ってんじゃねぇよ」

『ふ、伏黒、くん?』




伏黒くんは私の髪を耳にかけると、もう一度唇を重ねた。待って待って、ついていけない。




『ん、…伏黒くん、なんで、だってまだ、反転術式は、』

「何がだよ」

『だって、意識不明の重体だって、』

「……は?」

『は?』




伏黒くんは目を見開くとゆっくりと上体を起こした。私も体を離して折っていた腰を戻すと、彼は頭に巻かれた包帯に触れて鬱陶しそうに外してしまった。





『えっ…!?…えぇ!?』

「なんだこれ」

『……怪我は…?』

「怪我って言ってもかすり傷だ」

『………ちょっと待って、今ちょっと、…混乱してる』




私が両手で頭を抱えると伏黒くんはベットの近くにあった丸椅子を寄せてくれた。私は何も考えずに座って必死に頭を回転させる。なにこれ。どういう事?




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