あなただけなかったことにできない
「名前はもう少し欲張った方がいいよ」
『…私ほど強欲な人間はいないと思いますけど?』
「名前が強欲なら野薔薇はどうなっちゃうの?」
「おい、なんで私を掛け合いに出した」
虎杖くんと伏黒くんが任務に向かったあと、私たちは2人に申し訳なさを感じながらデザートを頬張っていた。
「だって自分の好きな人の運命の人が違う人でも別に良くない?現に恵は名前を愛してるわけだしさ?」
『でも私とじゃあ伏黒くんは幸せになれないんです』
「誰がそう言ったの?」
『……え?』
五条先生の言葉に私は目を見開いた。野薔薇も珍しく五条先生の言葉を聞き入っているようだった。
「東海林がそう言ったの?」
『い、言ってない、ですけど、』
「恵の運命の相手?」
『ち、がいます、』
「なら恵がそう言ったの?」
五条先生の言葉にグラグラと頭が揺れる感覚に陥った。確かに誰も言ってない。言ってないけど、運命の相手なんだから、幸せになれるに決まってる。少なくとも私といるよりは、
『…伏黒くんは、私に呪術師を辞めて欲しいそうです』
「え?伏黒そんな事言ったの?」
『でも私は呪術師を辞めたくない。私が唯一、人の役に立てるのは呪術師だから。だから、私が呪術師を辞めちゃったら、私には本当に何も残らない、』
それに私が呪術師を辞めてしまったら、彼との繋がりが全て無くなってしまう。それだけは、嫌だ。
でも本当は心の中で彼女を羨ましがって、妬んでる。呪術師でない彼女に。出会ったばかりの私なら彼の運命の人になれただろうか。呪術師ではない、ただの一般人なら私は彼の唯一になれただろうか。
「そうだとしてもさ、少なくとも今の恵は不幸以外の何物でもないよねー」
『え、』
「だって心から愛してる相手にわけも分からずフられて、一方的に別れを告げられて、なんで?って聞いても貴方は悪くないの、しか言わない。そんなの納得出来るわけないよ」
『……でも、それは今だけで、』
「じゃあ時間が経てば恵は幸せになるの?」
『なれる、はず、なんです、』
「そんな曖昧な感じで恵を傷つけたの?」
刺々しい言い方に私は眉を寄せると野薔薇も流石に感じ取ったのか五条先生を睨んでいた。けれど先生は気にした様子もなくペラペラと言葉を続ける。
「恵ってば可哀想だねー」
『…五条先生って、私の味方してくれること無いですよね』
「だって名前にはちゃんと叱ってあげる大人が必要でしょ?」
『……』
「でも勘違いしないでね。名前だって僕の大切な生徒なんだよ。恵にも幸せになって欲しいし、勿論、名前にも幸せになって欲しい欲しいんだよ」
五条先生は私の頭を撫でると、優しくそう言った。納得したくなかった私は唇を尖らせてそっぽを向くと、先生は楽しそうに笑った。笑い方が下品。
「名前はもっと自分のことを好きになってあげてよ。それで自分の気持ちに素直になってみなよ。万が一にも恵が拒んだ時には僕や野薔薇が慰めてあげるよ」
「勿論!私は名前の親友なんだから!」
『……野薔薇、』
「え、僕は?」
私が野薔薇の言葉に感動していると五条先生は自分を指さしていた。何故か私は五条先生には素直になれないみたい。
「でもその前に棘の事もちゃんと考えてあげないといけないよ?」
『…はい、』
私が頷くと五条先生は満足気に口元を緩めていた。すると先生のスマホが着信を告げていて、先生が電話に出ている間に私と野薔薇は残っていたデザートに口をつけた。やっぱり高いところは美味しいな。
「名前、」
『ん?』
「私はアンタがどんな答えを出しても応援するから」
『……ありがとう』
少しだけ、自分の欲望に素直になってもいいのかな。今更、伏黒くんに気持ちを伝えても迷惑かもしれない。都合のいい女だと思われるかもしれない。でも、それでもやっぱり私は伏黒くんが大好きだ。
「…名前、野薔薇」
「なによ、そんな真面目な声出して…、」
「落ち着いて聞いて」
珍しく真面目な顔をした五条先生はスマホを耳から離すと、重たく慎重に言葉を吐き出した。
「……恵が意識不明の重体になった」
伏黒くんの言った通り、この世には神様なんていないのかもしれない。それとも、神様は私の事が大嫌いなのかもしれない。じゃなかったらこんな事になるわけが無い。
神様はどうしても私を幸せにしたくないみたい。
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