綻びにかたく結ぶ焦熱
「すじこー!」
『あっ、狗巻先輩!おはようございます!』
「高菜」
私がぺこりと頭を下げると、狗巻先輩も律儀に立ち止まり頭を下げてくれた。先輩の色素の薄い髪がサラリと揺れた。
『最近はすっかり暑くなってきましたね』
「いくら…」
『確かに先輩は暑いの苦手そうですね。それに制服も暑そう』
「すじこ、…高菜」
『私服でもマスクですもんね…、私も夏はあんまり得意じゃないです』
私が項垂れると先輩は慰めるように私の背中をポンポンと叩いた。私が顔を上げると目を柔らかく細めていてその表情から逃れるように顔を逸らす。
『もっと暑くなったらみんなで遊びに行きたいですね。海とか花火とか!』
「しゃけ!」
「今年こそは私も交流会に出ますよー!リベンジです!」
「すじこー!」
右手を2人で掲げていると遠くから真希さんが狗巻先輩を呼んだ。先輩は少し嫌そうな顔をしながらも私に軽く頭を下げるとタタタッと行ってしまった。
「名前ー!」
「苗字ー!」
名前を呼ばれて振り返ると、野薔薇と虎杖くんと五条先生、そして伏黒くんが少し遠くで私を呼んでいた。私が首を傾げると、野薔薇が大きな声で右手を振った。
「今からご飯行こうって話になってるんだけどー!」
「苗字も行こうぜー!」
2人の誘いに私はポケットに手を入れたまま私を見つめる伏黒くんに視線を移して、気付かれないように息を吐き出して深呼吸をする。
『私これからお花に水あげないといけないからー!』
私がそう言うと伏黒くんがスタスタと足早に私の元へと来て私の腕を掴む。先生や野薔薇達も伏黒くんの行動に驚いたようだったし、私も驚いた。
『え、えっと、伏黒くん?』
「……後で手伝うから、飯行くぞ」
『………うん、じゃあお願いしようかな』
きっと、同期だった頃の私はこういうはずだ。そう思って口に出し、わざとらしくない様に彼の腕を解いてみんなの元へと移動する。
「水やりは?いいの?」
『うん、後で伏黒くんが手伝ってくれるみたい』
「なら俺も手伝う!人数は多い方がいいだろ!」
「アンタまで手伝うとなると私も手伝わないといけなくなるじゃない」
野薔薇が嫌そうに顔を歪めると私の隣を歩いていた伏黒くんが前を見たまま口を開いた。
「いい。俺と苗字でやる」
「……まっ、それがいいわね!アンタ一人で手伝うって言い始めたんだから!私が手伝う義理ない!」
野薔薇はそう言うと昨日見ていたテレビの話を初めてしまった。私は目をパチクリさせながら伏黒くんを見上げると彼と視線が交わった。
『……』
「別に俺が水やり手伝ったって可笑しくないだろ」
『そ、うだけど…、』
彼の正論に私が黙ると、五条先生がわざとらしく声を上げた。私は嫌な予感がして目を細めると、野薔薇と虎杖くんが先生の隣に移動して、これまたわざとらしく声を上げた。
「あっ!僕お財布忘れてきちゃったー!」
「な、なにやってんだよー!先生!」
「今日は先生の奢りって言ってたのにー!仕方ないわねー!私たちで取ってくるからアンタ達は先に店に行ってなさい!」
『え、先生が忘れたならトんで戻れば一瞬なんじゃ、』
「よし!じゃあ僕と悠仁と野薔薇で取ってくるから、名前と恵はこのままお店目指しててね」
「な、なにやってんだよー!先生!」
『いや、なんで3人で行くんですか?効率悪いですよね?』
「な、なにやってんだよー!先生!」
『虎杖くんはそれしか言ってないよ…!?』
スタコラサッサと逃げる様に背を向けて走り出した3人に私は片手を伸ばしたが届くことは無かった。私が腕を下ろして溜息を噛み殺しながら、伏黒くんを見上げて苦笑を浮かべる。
『…えっと、ご飯どこ行くか聞いてる?』
「聞いてない」
『ですよねー』
私は溜息をハーっと吐き出すと、伏黒くんが歩き出すから慌てて後を追った。
***
「本当にこれで上手くいくの?」
「んー、どうだろうね」
「え!?先生が必ず上手くいくって言うから俺たちも協力したのに!」
「前ならこれで上手くいったかもしれないけど、今の2人には刺激が足りないかもね」
「刺激?なによそれ」
「悠仁と野薔薇は気づいてる?」
「え?何が?」
俺が聞き返すと、五条先生は立ち止まって俺の胸の辺りを人差し指でさした。
「恵の体から呪いが消えたことに」
「…そういえば最近、伏黒から呪いの気配感じなかったかも」
「でも苗字からはまだしてるよ?」
「それは恵が解呪してないから」
先生は俺と釘崎を指さして、ゆっくりと人差し指をくっつけた。
「以前の2人は呪い合ってたんだけど、最近になって名前が恵の呪いを解呪した」
「名前は伏黒のことを好きじゃないってこと?」
「多分それは違う。名前は今でも病的な程に恵を愛してる」
「ならなんで苗字は解呪したの?」
「これは僕の憶測だけど、そうせざるを得なかったんだろうね。名前の性格だと自分の為っていうより恵の為だろうね」
「………」
「釘崎?どったの?」
釘崎は考えるように手を顎に当ててゆっくりと口を開いた。
「…前に、伏黒の運命の相手の話をしたことがあるの」
「運命の相手?」
「その相手が、多分、伏黒が虎杖と一緒に助けたっていう伏黒に会いに来てる女なの」
「で、でもさっ、そんなのあれだろ?迷信みたいなものだろ?」
「…そういえば名前は東海林と任務が一緒になったって言ってたな」
「しょうじ?」
「未来予知の術式を持った術師で、本業は占い師」
「ほらっ、でも結局は占いだろ?別れる理由にするには簡単すぎねぇ?」
「占い、なんて言っているけど、彼女の術式は紛うことなき未来予知=v
「ちょ、ちょっと待ってよ、先生」
「彼女には視えたんじゃないかな。その未来が。それを名前は気づいてしまった。彼女の占いはただの占いじゃないって。占いなんて言葉だけのただの術式」
俺と釘崎はグッと拳を握ると先生はなんでもないように言葉を続けた。
「名前は驚く程に自分に自信がない。自信が無いなんてものじゃない。自分を嫌ってるんだ。そんな名前を愛してくれたのが恵だ。でもその恵の運命の相手は自分じゃない。そんな自分が恵を呪いで強制的に縛ってていいわけがない。…まぁ、こんな所だろうね」
「名前なら、そう言うわね」
「想像できちゃうもんなぁ…」
すると五条先生は伏黒たちが居るであろう方向を見つめて重たく言葉を吐き出した。
「恵もああ見えて自己肯定感が限りなく低い。そして名前はあの自己嫌悪。愛の確認は言葉や行動じゃ足りないんだよ。そんなふたりが唯一愛を確認できるのが呪い。でも名前は確認する為の術を解いた」
「…でも、伏黒はまだ苗字の事が好きだよ、」
「恵はシフトチェンジしてるんじゃないかな」
「は?シフトチェンジ?女を乗り換えるって?」
「違う違う。恋人じゃなくても隣に居れればそれでいいって。付き合う前に戻るだけ、みたいな」
五条先生の言葉に俺と釘崎は頷きそうになってしまった。だって伏黒ならそう言いそうなんだもん。簡単に想像がつく。でも、でもさ、
「俺たちは呪術師でいつ死ぬかも分かんないんだよ?だから俺はそんな友達に後悔して欲しくないんだよね」
「死んでたアンタが言うと説得力が違うわね」
「ま、まだその話するぅ?」
俺がダラダラと冷や汗を流すと釘崎はフンっと鼻を鳴らして肩の髪を払って胸を張った。
「私だって名前には幸せになってほしいの!」
「なら決まりだな!」
「言っておくけど私は伏黒の為じゃなくて名前の為だから!」
「よっし!先生!作戦は!?」
「んー、とりあえずプランAで行こうか!プランZは最終手段にしよう!」
「プランそんなにあんの!?」
「…嘘くさ」
「でも伏黒と苗字が笑顔になるなら何でもいっか!」
「仲間思いな生徒で僕は嬉しいよ!それじゃあ2人のよりを戻そう作戦本格始動!」
「おー!」
「おー!」
やっぱり友達には笑ってて欲しいもんな!
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