ただ過ぎた日々にもずっといる
「名前〜」
『……何でしょうか』
「そんな嫌そうな顔しないでよ〜」
私が高専内を歩いていると五条先生に捕まった。嫌だなぁ、面倒くさそう。
「恵と何があったのー?先生に話してみなさい?ほら!ほらほらー」
『面白がってますね…』
「そりゃあね!あんな恵見たことないから!面白くて仕方ないよ!」
『そんなキラキラした笑顔で言われても…』
先生はキラキラと表情を輝かせて最低なことを言い始めた。本当になんでこの人が先生やってるんだろう。
「あ、もしかして別れた?」
『…そうですけど』
「えー!?別れたのー!?まじでー!?」
『知ってましたよね?』
「うん、知ってた。弱ってる恵に無理矢理聞き出した」
『あまり意地悪しないであげてください』
「えー?でも名前にそんなこと言う権利無くない?」
『同期ですから。同期がいじめられてたら止めるものでしょう』
「少なくとも僕は止めないかな」
『それはあなたが五条悟だからです』
「人の名前をクズみたいに使わないでくれる?」
『すみません。クズって漢字で書くと五条悟って書くものだと思ってて』
「なんでクズって2文字なのに漢字3文字なの?」
五条先生はそう言うと近くにあった自動販売機で飲み物を2本買って片方を私に渡してくれた。おお優しいところもあ、
『……先生』
「なに?」
『私がコーヒー嫌いなの知ってますよね』
「えぇ!?ソウナノー!?」
『殴っていいですか』
けれど飲み物を粗末にするわけにもいかず、仕方なくポケットの中に仕舞うと先生がもう1本買ってくれた。今度は普通のジュースだった。本当五条悟、まじ五条悟
「それで?なんで別れちゃったの?」
『先生に言う必要ありますか?』
「そんなにへそ曲げないでさ。先生に話してみなよ。ほら、僕ってば先生だけど人生の先輩でもあるから」
『先生の恋愛歴は参考にならなそうなので大丈夫です』
「本当に名前は冷たいね。恵の方がまだ僕に優しいよ?」
『当たり前ですよ。伏黒くんは優しいんです』
「そんな優しい恵のどこが嫌だったの?」
『嫌なところなら何個もありますよ。でもそれも含めて私は彼が好きなんです』
「ならなんで?」
この人、こうやって伏黒くんからも話を引き出したんだな、って思った。本当に口が上手い。ムカつくことに。
「そんな大好きな恵をどうしてフっちゃったの?」
『なんで私がフッたと思うんですか?』
「恵から名前を手放すわけないじゃーん!恵の名前への愛は恋愛とか愛情とかの域じゃない。病気だよ。狂ってる、イカれてるよ。自我を保ってるから良いけど、理性が崩れたら本当にまずいことになるよ?僕嫌だよー、教え子が犯罪者になるなんてー!」
『ふ、伏黒くんがそんな、犯罪者なんて、』
「長年恵を見てきた僕が言うんだ。間違いない」
五条先生は笑いながら低くそう言うと、私の顔を覗き込んだ。その距離があまりにも近くて1本後ろに下がると何かにぶつかって顔を上げた。
『ふ、しぐろくん、』
「あれ?恵こんな所でどうしたの?」
「……」
「そんなに殺気を向けなくても何もしてないし、するつもりもないよ」
「……失礼します」
『えっ、ちょっと、伏黒くん…!』
伏黒くんは私の手を取ると歩き出してしまった。勿論、手を取られている私も引っ張られる形でその場を去る。慌てて伏黒くんの手を解こうとしても更に力が込められて解けなくなってしまった。
『ふっ、伏黒くん…!こっち男子寮だよ!?』
「……」
伏黒くんは私の言葉を無視すると自分の部屋に入り、鍵をかけて部屋に上がる。流石に土足で上がる訳にも行かず急いで靴を脱ぐと腕を強く引かれて受身を取ろうとしても間に合わなかった。けれど思っていた痛みは来なくて、お尻に柔らかい衝撃を感じてゆっくりと瞼を開くと私の上に伏黒くんが覆い被さっていた。
『ふっ、伏黒くん…!』
「……オマエが、誰かのものになるなら、」
『伏黒くん…?』
「嫌なら全力で拒め」
『え…?』
「呪力を使ってでも俺を拒め。じゃねぇと俺は止まらない」
伏黒くんはそう言うと唇を重ねてすぐに舌で唇を割ると私の舌を絡めとる。突然のことに両手を伏黒くんの胸元に置いて距離を取ろうとしても体全体で体重をかけられて、自分の体の重心が後ろに下がる。ちょっと待って、本当にまずいやつ、
『ふ、ふしぐ、』
「……絶対に、他の奴には渡さない、」
唇を離すと伏黒くんは濁った瞳でそう言って、傷が塞がり始めていた以前付けた肩の噛み跡に噛み付いた。痛みで伏黒くんの肩を掴むと、彼は拒む事を許さないとでも言わんばかりに更に深く噛み付いた。
『い、…たいっ、』
「苗字、」
伏黒くんが顔を上げると前と同じように口元に薄らと血が付いていた。それを自分で舐めとると私の耳元に唇を寄せて重たく言った。
「愛してる、」
『っ、伏黒くん!』
「誰よりも、愛してる、俺から離れるな、」
『待って、』
呪いの込められた言葉に慌てて耳を塞ごうと両手を持ち上げても伏黒くんに掴まれて、シーツに縫い付けられる。その間も伏黒くんは言葉を紡ぎ続ける。
「誰にも渡さない、誰にも触れさせない、俺だけだ、」
『ま、待って、伏黒くん、』
「他の奴を見るな、俺だけを見ろ、愛してる、心から、」
『っ、まっ、』
「俺を捨てるなら、オマエが俺を殺してくれ」
そう言って少しだけ微笑んだ伏黒くんに、私の心は酷く真っ黒に染っていった。
この表情をあの子に向けるのだろうか、あの子にもこんな風に呪いを囁くのだろうか、あの子にもこんな風触れるのだろうか、
そんな思いが心と頭を支配する。嫌だ、触れないで、呼ばないで、私だけを見て、私だけを愛して、他の人のところに行かないで、
『…っ、』
自分がイカれてて本当に嫌になる。私は彼に、私じゃない誰かに、ただ普通に…、普通の人のように愛されて欲しい。なのに私はこんなにも狂ったように愛を求めてる、たった一人からの寵愛を、
『ふ、しぐろく、』
「愛してる、」
『伏黒くん、』
私がゆっくりと彼の頬に触れると、擦り寄るように頬を寄せる彼に自然と笑みが浮かぶ。本当に大好き、愛してる、私なんかを愛してくれる愛深い人、
だから、どうか幸せになって、
『伏黒くん、私を嫌いになって、』
「苗字、」
私は最低で醜悪で汚いから、呪いに頼るしか出来なくて、ごめんね、
『伏黒くん、』
「嫌だ、苗字、言うな、」
『ごめんね、』
どうか、お願いだから、私じゃない人と、
『幸せになってね』
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