なまぬるい熱は気味が悪い
学校終わりに野薔薇と虎杖くんにラーメンに誘われたけど断って自分の部屋に戻っていると、私の部屋の前に黒い塊があって足を止める。
『………』
ジリジリと近づくと、黒い塊はモゾモゾと動いて正体が見えて私は別の意味で肩に力が入った。
「…苗字、」
『流石に部屋の前で丸まってるのは怖いよ、伏黒くん』
伏黒くんは立ち上がると数歩だけ近づいた。けれどすぐに立ち止まって顔を下げてしまって表情が見えなくなってしまった。
『…虎杖くんが心配してたよ』
「……」
私が原因だと分かっているのに、言ってしまってから酷いことを言ったと気付いた。伏黒くんはゆっくりと小さく言葉を紡いだ。
「……俺、何かしたか」
『何もしてないよ』
「何が悪かった」
『伏黒くんは何も悪くない』
「……言ってくれねぇと、分かんねぇ」
『…本当に、伏黒くんが悪いんじゃないの』
「なら、なんで、」
唇を噛んで苦しそうに言葉を発する彼に手を差し伸べそうになってしまった。自分から手放して、手を差し伸べるなんて、それこそ最低だ。
『……私を、嫌いになって』
「……」
『私なんか、忘れて』
「……」
『自分から一方的に別れを告げるような女なんか忘れて』
伏黒くんは私に近づくと、恐る恐る私の指を弱すぎる力で掴んだ。その手は氷のように冷たかった。
「…好きだって言ったのは、嘘だったのか、」
『……』
「……愛してるって言ったのも、嘘か」
『……』
「……オマエが俺を好きじゃなくても、俺は苗字を離すつもりは無いし、呪いを解くつもりも無い」
『…うん、いいよ』
あなたの呪いで呪霊になれるなら、それはそれで幸せだよ。そして伏黒くんが私を祓ってくれるなら尚更。
「…なんだよ、それ、」
『…ごめんね、』
私がゆっくりと掴まれた手を引くと伏黒くんから息を飲んだ音がした。ここで拒否しなければ駄目なんだ。
『…伏黒くん、運命の人って信じる?』
「……信じない」
『そっか、』
私が小さく笑うと伏黒くんは前髪の隙間から私を見上げた。私は視線を逸らして外を眺めながら口を開く。
『伏黒くんの運命の人は私じゃないよ』
「……運命なんて、ある訳無いだろ」
『運命じゃなくても、その人の方が幸せになれるんだよ』
「……それはオマエが決めることじゃないだろ」
『…確かに、そうだね、』
私はスーッと息を吐き出して肩を落として真っ直ぐに彼を見つめる。
『同期に戻るだけだよ。ただの友達に』
「…………」
『またみんなでご飯とか行こうよ』
「………」
『夜雨らしいから風邪ひかないようにね』
私がそう言って部屋に入る為に扉を開いて閉めようとした時、伏黒くんの声が聞こえた気がした。
「……俺は、それじゃあ嫌なんだよ、」
私は頭の片隅でとあるミュージカルの言葉を思い出した。無責任な優しさは残酷なものだ。
今の私は一番中途半端で、一番最低だ。
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