物語の中の君が擦り減っていく



「いくら…!ツナマヨ…!?」

『えっ、いやっ、いじめられた訳じゃなくて!』

「ツナツナ!…高菜!」





狗巻先輩は右肩をグルグルと回すと袖を少し捲った。まるで今から喧嘩に行きます、とでも言いたげな行動に慌てて先輩の制服の裾を掴む。すると先輩は止まって私の隣にしゃがみ込んだ。



「……ツナマヨ?」

『本当に何でも無いんですよ?ちょっと女の子には暗くなっちゃう日というのが存在しましてねぇ…』

「いくら」

『………ごめんない、嘘です。ちょっと、落ち込んでます』

「おかか」





狗巻先輩は怒ってないと首を振り、私と同じように膝を抱えて座り込んだ。お尻も壁に預けてる背中も冷たいのに、本当にこの人は優しいなと思った。




「すじこ、高菜?」

『伏黒くんは悪くないです。私が面倒臭いだけです』

「おかか、…いくら」

『喧嘩、では無いです』





狗巻先輩はジッと私を見つめて話を聞いてくれていた。いつも眠たそうな瞳の奥にじんわりと温かさを感じた。悪ノリがたまにキズだけど、先輩は根っからの善人だ。





『……私、どうしたらいいんですかね、』

「……ツナ?」

『私は伏黒くんの運命の相手じゃないんですって。この間任務で一緒になった未来予知が出来る呪術師さんに言われました。その人の本業は占い師だそうです』

「高菜、」

『そうですね。占いなんて、って私も思いますけど、私は任務であの人の凄さを知ってる。だから当たらないなんて思えないんです』

「…すじこ」

『…伏黒くんと私は、運命の相手同士じゃないんです。……なのに、私は、』




私が顔を埋めると狗巻先輩が短く息を吐いたのが分かった。多分、私が泣いてると思ったんだと思う。泣いてない。泣いてないけど、ちょっと今は顔上げられないです。罪悪感に押しつぶされそう、





『運命の人なんて、居ないと思ってましたし、今も居ないと思ってます』

「いくら…」

『でも、そうだとしても、私は彼を縛り付けてる。私は彼の何でも無いのに…。呪いという目に見えない縛りで、』




一緒に居たい、好きなの、大好き、愛してる、本当に心の底から誰よりも。あなたがいれば何も要らないって言えるほどに、





『……好きなんです、』

「……」

『本当に好きなんです、大好き、』

「…ツナマヨ」

『愛してる、誰よりも。ずっと一緒に居たい、離れないで、お願い…、』





私がグッと自分の腕の制服を掴むと、狗巻先輩がゆっくりと私の手に触れた。その手はやっぱり酷く冷たかった。





「ツナ、」

『嫌だ、一緒に居て、愛して、』

「…ツナマヨ、」

『い、やだよ、なんで、なんで私じゃないの、』

「ツ、ナマヨ、」

『……なんで、狗巻先輩が、泣くんですか、』





先輩の声が震えてる事に気付いて顔を上げると、彼の瞳からポロポロと苦しそうに顔を歪めて涙を流していた。




『…狗巻先輩は、優しいですね、』

「…おかか、」

『だって、泣いてくれてるじゃないですか』

「おかかっ、おかか…!」




首を左右に振って否定する狗巻先輩に私が首を傾げると、狗巻先輩は顔を上げて私の瞳を見つめた。すると重ねられていた手が私の頬に伸びて、一度躊躇うように止まってからゆっくりと私の頬に触れた。手が冷たくてピクリと頬が揺れてしまった。





「ツナマヨ…、」

『……え?』

「いくら、…すじこ、…ツナ、」

『ま、待ってください、狗巻先輩…?』

「ツナマヨ…!ツナ、明太子!」

『ど、どうしたんですか…!?』




狗巻先輩の顔は真っ赤で瞳には軽く膜が張っていてキラキラとしていた。震える声で真っ直ぐに私に言葉を綴る先輩に私は頭が混乱した。だって、言ってることが可笑しい。





『ちょ、ちょっと、待ってください…!』

「ツナマヨ…!…ツナマヨ!」

『何を言ってるのわからなっ、』




私がそう言うと狗巻先輩は自分の制服の口元のジッパーを下ろすと、私に分からせるためにゆっくりと口を二度動かした。





『そ、んなわけっ、』

「おかか!」





狗巻先輩はそう言うと、小さくもう一度だけ首を振って「……おかか、」と言った。まるで自分の気持ちを否定しないで、と言わんばかりに。





「……明太子、いくら、」

『そ、んなこと、できるわけ、』

「ツナ、こんぶ、」

『先輩を、利用するなんて…、出来ません、』

「高菜、…いくら、」






何度も自分を利用してと言う狗巻先輩に私は首を振ると、彼はもう一度私を見てゆっくりと言葉を紡いだ。





「…ツナマヨ……高菜」

『すっ、好きだからっ、利用してって、可笑しいですよ…!』

「おかか……いくら、」

『駄目ですっ、私はこれ以上、自分を嫌いになりたくないんです…!』

「……」





私が何度も首を振ると、彼は私の背中に手を回して抱きしめた。私は目を見開いて固まると心配になる程早い心臓の音に狗巻先輩も緊張するんだな、なんて思った。





「ツ、ツナマヨ……ツナ、…いくら、」

『……先輩、意外と馬鹿ですね』

「…高菜?」

『私なんかの為に、利用されるなんて、馬鹿ですよ』

「おかかっ!……ツナマヨ、」

『……狗巻先輩、』

「すじこ?」

『…私の事、嫌いになってください、最低な女だって、』

「おかか」

『……私、最低なんですよ?』

「おかか!」





狗巻先輩は強く否定すると、ギュッと私を抱きしめた。それが温かくてちょっとだけ涙が出た。でもやっぱり私は自分が大嫌いだ。なんて心の中で思ったのが先輩にバレたのか責めるように、けれど優しく抱き寄せられた。





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