触れたらすべてが変わってしまう
「また伏黒は女と会ってるわけ?」
『うん、そうみたい』
教室から私が外を覗いているのが気になったのか野薔薇も移動して外を見下ろした。私たちの視線の先には伏黒くんと、彼が救った女の子が話をしているようだった。
「名前はいいの?アレ」
『…うん、私に止める権利は無いし』
「はァ?彼女なんだからあるでしょ」
野薔薇の言葉に私は曖昧に笑うと、伏黒くんが見上げる気配をしたからわざとらしくない様に窓から離れる。
「名前ー、伏黒が物欲しそうにこっち見上げてるんだけど」
『手振ってあげて』
「なんで私が」
野薔薇は伏黒くんに向かって中指を立てると私の前の席に腰を下ろした。そして肘を付いて私の顔を覗き込んだ。
『…私の顔になにかついてる?』
「付いてはないけど無理してる顔はしてる」
『……』
「嫌なら嫌って言わないと伝わらないわよ。いくら呪い合ってて愛してくれているのが分かっていても、言葉にしないと伝わらない事もあんでしょ」
『…そうだよね、』
私が小さく頷くと野薔薇はわしゃわしゃと犬を撫でるように私の頭を撫でた。頭が揺れて少しだけ涙が零れそうになったけど、慌てて唇を噛み締めて耐えた。
『…野薔薇、大好き』
「知ってるし私も名前のこと大好きよ」
『野薔薇ー!』
私が野薔薇に抱きつこうとしたけど机が邪魔で出来なかった。だから手をギュッと握っておいた。スベスベで気持ちいい。
「何やってんだ」
「あ、浮気男」
「は?」
「名前は私の事の方が好きみたいよ」
「………」
『ふっ、2人とも大好きだよ…!?』
伏黒くんは教室に戻ってくるなり私たちの繋がれていた手を解き、野薔薇の言葉を聞くと私を責めるように見下ろした。2人の好きはまた違う好きなんだもん。
「それで?浮気相手の女は?」
「違ぇって言ってんだろ。帰った」
「律儀よねぇ。週に何度もお礼がしたいなんて言ってわざわざ高専に来るなんてー。しかも中には入れないのに。偉いわねー」
野薔薇の言い方には何処か棘があって伏黒くんは少し眉を寄せていた。私が慌てて野薔薇の袖を引っ張っても彼女は机に肘を付いたまま伏黒くんを見上げていた。
「何が言いたいんだ」
「べっつにー。ただ今日は私と名前は一緒にご飯食べるから」
『…え?』
「苗字はそのつもり無いみてぇだけど」
「食べるわよね?私と」
『う、うん、食べる』
「無理矢理言わせんな」
「はァ?無理矢理じゃないわよ」
バチバチと火花を散らす2人に私は慌ててポケットに入っていた飴を取り出して目の前に差し出すと、2人とも受け取って食べてくれた。良かった。
「それじゃ私と名前はご飯行くから」
『えっと、また明日ね!』
野薔薇に手を引かれて教室を出てそのまま高専の外へと向かう。食堂で食べるのかと思ってたから驚いた。するとそれに気づいたのか野薔薇は足を止めて私と肩を組んだ。
「今日は焼肉行くわよー!」
『……おー!!』
私が右手を掲げると、不意に名前を呼ばれて足を止める。すると野薔薇もつられて足を止めた。
「苗字さん、ですか?」
『え?…はい、』
「私、以前伏黒さんに助けてもらった者で…」
その子はとても上品にカバンを膝の辺りで両手で持ってスカートも短くなかった。育ちがとてもいい子なのだとひと目でわかった。そして目元の泣きぼくろが優しさを演出していた。
「それで?アンタが名前に何の用?」
『そ、そんなキツく言わなくても…』
「だって、名前が伏黒の彼女だって分かってるからわざわざ声掛けたんでしょ?喧嘩売ってるようなもんじゃない」
「そ、そんなつもりは…!」
彼女は右手を忙しなく動かして否定すると野薔薇は小さく舌打ちをした。すると瞳に涙を浮かべてしまった。
『えっと、私に何か用事でした?』
「…えっと、…その、」
じわじわと黒くて汚い感情がお腹の辺りを支配する。笑みは崩れてないと思うけど今すぐにでもここから逃げ出したい。今すぐ伏黒くんに抱きしめて欲しい。私のことが好きだって、愛してるって安心させて欲しい。
「私、伏黒さんのことが、好きで…」
『………で?』
自分でも冷たい声が出てしまって驚いた。そして慌てて笑みを繕った。だめだ、こんなの。これじゃあ、駄目なんだ。
「私!頑張ります!彼の事が諦められないので!…それだけを伝えたくて」
私と違って傷一つ無い綺麗な肌、女の子らしい制服、そして何より真っ直ぐな瞳。穢れを知らないような瞳に酷く嫉妬した。私には無い、美しさ。
「失礼します!」
「おいっ!…言い逃げかよ…」
『…野薔薇、』
「あんなの気にする必要無いわよ。伏黒は名前しか見てないし、何より呪い合う程愛してんのよ?心配ないわよ」
『瞳が美しく、真っ直ぐで泣きぼくろがある控えめなお嬢様』
「………は?」
『何よりも美しく清らかな優しい愛で包み込んでくれるような人だ』
「名前?」
『占い師がそう言ってたの。伏黒くんの運命の相手』
「はァ?占い師ぃ?」
野薔薇は眉を寄せていたけど、私は胸の辺りをグッと抑えて息を吐き出し笑みを浮かべた。大丈夫、私はまだ笑えてる。
『よーし!今日はいっぱい食べるぞー!』
「え?ちょっと、名前?」
『ただの占いなんて当たらないよね!そんなのが当たったらおみくじなんて要らないもんね!』
「よく分からない理屈だけど、そうね!占いなんて関係無いわよ!」
野薔薇とそう笑いあったけど、私が話したのはただの$閧「の話。私が聞いたのは未来予知が術式の呪術師≠フ占いの話。大丈夫だよ、私はもう、間違えないから。
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