005
ドアが勝手に開かれて慌ててドアノブを握っている手に力を込めて手前に引っ張る。扉はバタンと大きな音を立てて閉まり、慌ててチェーンロックを震える手でしっかりとかける。
『ひぃっ…!』
けれど鍵をかけるのを忘れられた扉はガチャンと開かれてチェーンロック分の隙間が出来る。するとその小さな隙間から手のひらが差し込まれる。
『や、やだっ、』
恐怖から腰が抜けて座り込んだ私は手のひらを見上げるしか出来なかった。
『や、だ、いや、』
「…開けてください、」
『ひっ、』
声をかけられて喉から引き攣る声が出る。声に覚えがなくて余計に恐怖心が煽られる。
「開けてください…、あけて。どうして開けてくれないんですか?ねぇ、」
チェーンロックを壊そうとしているのか扉がガチャガチャと引っ張られる。その度にチェーンロックがガチャン、ガチャンと音を立てて本当に壊れてしまうのではと大人なのにみっともなく瞳から涙が溢れ出る。
『た、すけ、て、』
「あけて、ください、あけてっ、」
扉の向こうに居る男の子が小さく呪文らしき言葉を紡ぐと、高い音を立ててチェーンロックが切れた。
『やだっ!!』
慌ててドアノブを掴んで手前に引っ張るけれど、相手は男の子で、力に差があるのなんて誰が考えてもわかる。
ギィと音を立てて扉が開かれ、男の子が部屋に入ってくる。
『や、やだ、いや、こない、で、』
「やっと、開けてくれた、」
男の子はフードを被っていて顔が見えず、それが余計に恐怖を煽った。
必死に床に手を着いて後ろに下がるとその分、男の子は1歩ずつ近づいてくる。
『やだっ、来ないでっ!やだぁっ!』
「やっと、やっと、」
男の子の息は荒くて、興奮しているようだった。ガタガタと自分の歯が音を立てているのが分かる。汗もダラダラと流れていて、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。それでも必死に力の入らない腕と足で距離を稼ぐ。
『た、すけて、』
「あいたかった、んですよ、ずっと、」
『助けて…、』
「優しく、ボクに微笑みかけてくれた、時から、」
『助けてっ、だれかっ、』
背中が壁にぶつかって私の前に男の子がしゃがみ込んで手を伸ばす。
『やだぁっ!!』
パシリとその手を払うと男の子はピタリと動きを止めた。
「…なんで、」
『やだっ、やだっ、』
「なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?」
『ひぃっ!』
「なんでボクを拒むんですか!?どうして!?あなたもボクの事好きだって言ってくれたでしょう!?なのになんで!!ボクはこんなにあなたを愛しているのに!!なんで応えてくれないんですか!!」
『ぁ、…っ、ひっ、』
男の子は立ち上がって両手で顔を覆うと大きな声で笑いだした。私の喉はヒューヒューと変な音を立てる
「…あぁ、そっか、あいつらのせいか…、あいつらに脅さらてるんだね?あぁ!可哀想にっ!ボクがっ、ボクが救ってあげるから!!!」
『…えっ、』
男の子が私の腕を掴もうとした瞬間にビリッと音がして、目の前に大きな魔法陣が現れて男の子を吹き飛ばした。
『ま、魔法っ…?』
「あ゛ぁぁああぁぁぁ!!痛てぇぇええっ!!」
男の子の手は火傷を負っていて、少し煙が出ていた。
「くそくそっ!!なんだよこれ゛っ!!なんでっ!魔法は使えないはず!!!なのにっ!!」
『…まさか、』
レオナくんがくれたリングを見ると、リングに埋め込まれている小さなオレンジ色の石がキラキラと輝いていた。
『…レオナ、くん、』
「呼ぶのが遅せぇ」
『…え!?』
レオナくんの声が上からして、慌てて顔を上げると部屋に付いている窓にレオナくんが居た。
『レオナ、くん、』
「はっ、汚ぇ面だな」
『レ、オナく、』
「何度も呼ぶんじゃねぇ。鬱陶しい」
『レオナくん!!』
ふっと、部屋に降り立ったレオナくんに抱きつくと、彼は何も言わずに私を抱きしめてくれた。
『こわっ、怖かっ、』
「その面見れば分かる」
『本当にっ、怖かったっ、』
顔を押し付けるようにしても彼は怒ること無く、サラリと私の髪を撫でる。
「なんでっ、なんでお前がっ!こんなのおかしい!!なんでお前がここに来るんだ!!」
「あ?」
「おまえがっ!お前が言ったから!!ボクは!!」
「うるせぇな。さっさとソレ治療しねぇとやべえんじゃねぇのか?」
「うるさい!!」
パチパチと音がして部屋の温度が少しだけ上がった気がした。きっと男の子が火の魔法を使ったんだと思うけど、レオナくんは鼻で笑うと私の足にシュルリと尻尾を絡ませた。
「オマエごときがオレに勝てるわけねぇだろ」
「うるさいうるさいうるさいぃっ!!!死ねぇ!!」
「……防御魔法は得意なんだよ」
ボンっと大きな音が響くとレオナくんは楽しそうに言った。
「あと弱い奴を痛めつけるのもな」
『レオナ、く、』
顔を上げようとするとレオナくんの手がそれをさせないとでもいう様に力を入れられる。彼が小さくユニーク魔法を唱えると、男の子の悲鳴が響いた。
「あ゛ぁあぁぁあぁぁああっ!!やめろっ!や゛め゛ろぉ!!」
『レオナくっ、』
慌ててレオナくんの服を引っ張ると、ゆっくりと目を合わせてくれた。
『もっ、もういいよっ!じゅうぶんだよ!あの子死んじゃうよ!』
「あ゛ぁ?先に手を出したのは向こうだ」
『そうだけどっ、でもっ、』
「……」
『おねがいっ、もうっ、いいっ、から、やめて、あげて、』
「………はぁ」
大きなため息を吐き出すとレオナくんはユニーク魔法を止めてくれた。慌てて男の子の方に振り向くと彼は蹲って涙を流していた。
『っ、ぁ、』
「……行くぞ。あとはクロウリーにでも頼め」
そう言うとレオナくんは私の手を引いて、男の子の隣を通り過ぎる。
彼の大きな背中を見つめて、助けてもらったはずなのに、なんの躊躇いもなくユニーク魔法を人に向けて使う彼に自分とは住んでいる世界が違いすぎるのだと怖く感じてしまった。
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