001




『っ!?』




仕事をしている時に誰かの視線を感じたのが始まりだった。




「は?ストーカーって事っスか?」

『いや…。そうじゃないんだけど…』

「視線感じて、物も無くなって、隠し撮りされてる写真が送られて来たっていうのにストーカーじゃないって本気で言ってるならオレはアンタの頭の中身が何で出来てるのか不思議で仕方ないっスね」

『……』



食堂でご飯を食べていると目の前にラギーくんがやって来て「なーんか最近元気無いっスね?ご飯奢ってくれたら話くらい聞きますよ?」ってあざとく首を傾げてキュルンとでも効果音がつきそうな顔で悪どい交渉を成功させた。



「直接的な被害はまだ無いんですか?」

『うん…。今のところは。』

「なんか心当たりとかは?」

『それが無いんだよね。だって私可愛くないし、スタイルがいい訳でもないし…』

「まぁ確かにそうっスけど」

『…うん。分かってたけど、分かってたけど。心のどこかでフォローしてくれるんじゃないかって期待してたかな』

「でもこの学園は男しか居ないんスよ?」

『アッ、サラッとスルー?』

「男しか居ない学園で突然女性が現れて、それで少し微笑まれて優しくされちゃったら、もしかしてコイツ俺の事好きなんじゃ…!?って勘違いする生き物なんスよ。男っていうのは」

『そ、そんな簡単に好きになるもの…?』

「男は単純なんスよ。まぁ?好意じゃない可能性もありますけどね?」

『好意じゃ、ない?』



私が聞き返すとラギーくんは顎を引いてニヤリと口元を緩ませて、いつもはキラキラと輝いている瞳が濁ったように見えた。



「…名前さんの事を憎んでるやつの仕業」

『…え』



その言葉に、その表情にぶるりと鳥肌が立って、背中にツーっと冷や汗が垂れる。


「って事も1つの可能性として視野に入れといた方がいいっスよ!」



ラギーくんは何も無かったかのように、にぱっと笑った。


「…そんなに怖がらせるつもりは無かったんスけど。」

『べ、つに、怖がってなんて…、』

「怖がる事は悪い事じゃないっスよ。怖がるって事はそれだけ警戒してるって事なんで。アンタには警戒心が足りないんスよ。あと人を疑う事」

『疑う…』

「そうそう。アンタもちょーっと優しくされたら、わー、この人はいい人なんだ〜!ってなって元々無いに等しい警戒心が更に無くなるでしょ?」

『…それ私の真似?』

「シシシッ、結構似てたでしょ?」

『…似てないよ』

「まぁ。オレもここまで話聞いて、じゃあ頑張ってください。で終わらせるほど無慈悲では無いんで少しだけ手伝ってあげますよ」

『え?』

「ほら、そうと決まったらさっさと飯食ってください。」

『え?…え?』

「あー!もう!ほら!行くっスよ!」



そう言ってラギーくんは私の食べていたサンドイッチをガサガサと包みに包んで持ち上げると、私の手を取って歩き出した。



*******





「…は?」

「まぁ、そういう事なんで。あとはお願いします。レオナさん」

『えっ!?ラギーくん!?』

「あとこれ。サンドイッチ」

『あ。ありがとう…。』




突然、食堂からラギーくんに連れ出されたと思ったら、着いた先は植物園で。更に言うとレオナくんが寝ている大きな木の下に連れてこられたと思ったら、レオナくんの前に座らされてさっきの会話が行われた。



「…おい」

『…はい』

「どういうことだ」

『えっと、』



ラギーくんは“そういうこと”と言ったが、実際はなんの説明もしていない。レオナくんの機嫌が悪くなるのも仕方の無いことだった。




「説明しろ」

『あの、えっと…、』

「……」



本格的に機嫌が悪くなってきているのか、レオナくんの喉はぐるるると機嫌が悪そうに音を立てていた



『サンドイッチ…、食べますか?』

「要らねぇよ」

『…ですよね』



正座をしたままサンドイッチを隣に置いて、膝の上で気まずくて指遊びをしていると、レオナくんはいつもよりも低く、イラついたように私を呼んだ。



「おい」

『あっ、な、なに?』

「それはこっちのセリフだ。何の用だ」

『えっと、』




私の問題をレオナくんに話していいのだろうか。話したら彼はどんな反応をするだろうか。面倒くさがるだろうか。それとも何も言わずに寝に入るのか。それとも、



助けて、くれるだろうか。





『っ、』

「…は?」




気づいたら私の目からはポロポロと涙が流れていて、涙で歪んだ視界の先に驚いた顔をしているレオナくんが見えた。




『ごっ、ごめんっ、目にゴミがっ、』

「…くだらねぇ嘘ついてんじゃねぇ」

『っ、』



レオナくんは寝ていた体を起こすと居心地が悪そうに、自分の頭をガシガシと掻くと大きく息を吐き出した。



「はぁ…。」

『ごめ、すぐにっ、泣き止むっ、から、』



必死に涙を手のひらでゴシゴシと拭いていると、両手が取られて下ろさせられる。


『レオナ、くん?』

「擦るな」



そう言うとレオナくんは私の頬に手を伸ばして、優しく涙を掬いとってくれる。



「…とりあえず話は聞いてやる」

『レ、オナくん、』

「面倒くせぇから、さっさと泣き止め」




面倒くさそうにそう言うと、レオナくんは涙を拭っていた手を私の後頭部に回して引き寄せた。



ふわっと広がるレオナくんの香りにいつの間に体に入っていた力が、ふっと抜けるのを感じる。額をレオナくんの胸に預けて瞳を閉じる。



「…おい、そのまま寝るなよ」

『レオナくん、』

「あ?」

『…ありがとう、』




そう言って私は久しぶりの眠気に勝てずに意識を手放した。






目が覚めた時、レオナくんの制服にヨダレを垂らしてしまっていて土下座したのはまた別の話だ。






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