この間引かれた物語

『………ま、ぶし、』




カーテンの隙間から差し込んだ朝日に眉を寄せながら上体を起こして首を回す。ここ最近嫌な夢を見るようになった。
どこの誰かも知らない人に犯される夢。相手の顔は逆光で見えなくてただただ気持ち悪い。
この夢を見始めたのはちょうど伏黒くんに別れを告げてからだった気がする。欲求不満なのかな。




『…………仕事、行かないと…、』





どこか重い気がする体に鞭を打って立ち上がる。体のどこかしこも重い。風邪ひいたかな。





「苗字おはよ」

『…田中くん、おはよう』

「…なんか顔色悪い?」

『んー、あんまり眠れてなくて…』

「まじ?大丈夫?」





田中くんは腰を折って私の顔を覗き込んできた。思ったより顔が近くて後ろに下がると田中くんはパチパチと瞬きをして体勢を戻した。





「悪い!近かったよな!」

『…ううん、平気、心配してくれてありがとう』




田中くんは笑うと、スンスンと鼻を鳴らした。その行動に私が首を傾げると彼はジッと私を見た。





「香水戻したんだな!」

『…えっと、だから香水つけてないよ?』

「あれ?そうだっけ?」





田中くんは人の話を聞いているようで意外と聞いてないのかもしれない。





仕事終わりに家に帰ってご飯を適当に食べてお風呂に入って眠ると、またあの夢を見た。私の上に誰かが馬乗りになって私を犯す夢。




『…だっ、れ、』





目を凝らしても相手の顔は見えなくて、手を伸ばそうとしても体は私の言うことを聞いてくれない。金縛りみたいに。





『うっ…、』





両手が私の胸に這って好き勝手に動く。気持ち悪い。誰なの。何これ。早く目を覚まして。早く、






『………気持ち悪い…、』





目を開いてすぐに私は洗面所に向かって胃の中の物を全てぶちまけた。






「苗字大丈夫?日に日に顔色悪くなってね?」

『………うん、ちょっとね…、』

「帰った方がよくね?」

『……平気、』





朝、田中くんと会ってそう言われた。でも少し眠れてないだけだし、会社に迷惑はかけられない。





「なら今日飲みに行かね?奢るしさ!」

『………ごめん、やめとく』

「そっか…」






田中くんはしょぼんと肩を落としていたけど、今は一刻も早く家に帰って心を休めたい。





『………ぅ、』





駄目だ。眠ったらまたこの夢だ。本当に何なんだ。気持ち悪い。





「……好きだ、ずっと、」

『……だれ、なの、』







初めて喋った言葉は私への愛の言葉だった。それが逆に気味悪さを引き立てていた。怖い、気持ち悪い。






「……ずっと、…君だけを、愛して、」







男は顔を寄せると私にキスを落とすために瞼を落とした。私は必死に首を捻って拒む。嫌だ。気持ち悪い。





『………………さいあくだ』





唇が触れる直前に目が覚めて重たい体を起こす。これは流石に会社は休むしかないかもしれない。体が本当に重たい。漬物石が乗ってるみたいに。






『……今日、打ち合わせあったんだった』






私は酷く重たい体を起こして念の為に熱を測るが、体温は平熱だった。諦めて着替え会社に向かった。
伏黒くんの連絡先を消してから数週間が経ったけど、元々私は頻繁に連絡をとるタイプじゃないし、本当に仲の良かった友人しか登録されていない。会社の人も登録していない。だからスマホに通知がなる事なんてほぼ無い。
だから伏黒くんの連絡を消したところで別段変わったことは無かった。





『………仕事行かないと…、』






私は今にも倒れそうなほど重たい体を必死に動かして会社に向かった。重たいのは体なのか、心なのか、よく分からなかった。


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