ばらばらのさよなら

伏黒くんは恋人らしいことをしない。
例えば2人で会う時は必ず部屋の中だし、体を重ねる時もキスマークは絶対に残さない。せフレだから仕方ないけどね。




「これ土産」

『どこ行ってきたの?』

「京都」

『京都!?羨ましい…!』





私が素直にそう言うと伏黒くんはベットの上で長袖を着ながらなんでもないように言った。





「なら今度一緒に行くか?」

『京都に?』

「別にどこでもいい。まとまった休みが取れたら行くか、旅行」

『…行かないよ』





私がそう言うと伏黒くんは首を傾げていた。私はそんな彼から視線を逸らしてカバンの中身をまとめて立ち上がる。





『それじゃあ帰るね』

「最近帰るの早いな」

『そうかな?』





私が白を切ると腕を掴まれる。振り返ると伏黒くんの表情は無く、ただ真っ直ぐに私を見つめていた。





「アイツに会いに行くのか?」

『アイツ…?』

「この間の奴。一緒にタクシー乗ってただろ」

『……あ、田中くん?伏黒くん田中くんのこと覚えてないの?中学校一緒だよ?』

「知らない」






あの時の伏黒くんは随分と尖っていたからお友達を作るって感じじゃなかったか。 いつも誰かと喧嘩しては無傷で教室に現れてたもんなぁ。






『中高大、そして今じゃ会社の同期だよ。ここまで来るとなにか繋がってるんじゃないかって思っちゃう』

「無い」

『えー?分からないじゃん』

「絶対に無い」




絶対なんてそんなの分からないじゃん。現に私は本の一縷の望みを信じて君と一緒に居るんだけど。
私が絶対を信じてしまったら、今の私は本当の馬鹿だ。きっといつだって浮気や不倫を本気でしてる人は心の中で絶対なんて無いと信じているんだ。
自分に絶対勝ち目が無いと思いたくないから。





「駅までだろ?送る」

『毎回言ってるけど本当に送らなくていいよ。徒歩5分だよ?』

「危ないだろ」

『街灯もあるし、何より駅がほぼ目の前なんだよ?必要ないです』

「ほら行くぞ」

『人の話聞いてる…!?』





伏黒くんは私の言葉を無視して玄関を出るとスタスタと歩き始めた。諦めてマフラーを付けていつもより深めに顔を埋める。無駄な抵抗かもしれないけど。





「…さみぃ」

『だから送らなくていいって言ったのに』






伏黒くんは鼻を赤くして寒そうに首を竦めてポケットを手に突っ込んだ。私は少しだけ距離を開けて駅を目指す。




「…釘崎?」






伏黒くんの声に弾かれたように顔を上げると少し前には中学生の時に見た彼の彼女が居た。私は慌てて数歩後ろに下がると彼女さんと目が合ってしまった。軽いパニックになって息を吐き出すと目の前が白い息で一瞬視界が真っ白になった。





「なんであんたがここに居るの?」

「俺ん家そこだから」

「いい所住んでるのね。ムカつく」






彼女さんは私からすぐに視線を逸らすと、彼との会話を始めた。私は足音を鳴らさないようにゆっくりと後ろに下がる。伏黒くんは彼女との会話に夢中なのか私に気づかない。私はそのまま音を立てずに来た道を引き返した。





『っ…、』




バレた。彼女に。私は走っているせいで上がる息をそのままに彼の家の前を通り過ぎて、無我夢中で走った。
初めて見た彼女の瞳には眼帯が巻かれていた。片目で交わった視線は今も忘れられない。




『……最ッ低、』






本当なら彼女さんを献身的に支えてあげないといけないんじゃないの。なのに、なんで浮気なんてしてるの。眼帯に覆われていても分かるほど整った顔立ちと引き締まったスタイル。何が不満なの。
でも、一番最低なのは、





『………私、最低だ、』





そんな当たり前のことに今気づいた私だ。彼氏が彼女を支えてあげるのなんて当たり前。その逆も然りだ。なのに私は、彼に大切な人が居ると分かっていて、関係を持った。初めの一回でやめておけば良かった。いや、もっと言うなら一回なんて起こさなければ良かった。そうすればこの気持ちが再燃することだって無かったのに。





『………あ、』





スマホが振動して取り出して確認すると、こんな時に限ってずっと待っていた伏黒くんからの連絡。なんで今なの。彼女さんはどうしたの。もう終わりだと、そう伝える為なの。





ーー帰ったのか?






どうして、伏黒くんから言ってくれないの。あなたから言われれば私はすぐに諦められるのに。





『………』




私はスマホを操作してたった一言だけ送った。そしてすぐに彼をブロックして削除する。




ーー終わりにしよう






これで、さようならだよ。伏黒くん。


あなたとも、そして私の一番の恋とも。






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