幸福の贄、生煮えの糧



私だって少し前までは罪悪感とか、不道徳感に押し潰されそうになったこともある。でもふとした時にもしかしたら彼は彼女と上手くいっていないのでは?なんて最低な希望を持ってしまった。
けどそんなのはただの杞憂で、彼とベットで眠っている時、電子音が響いて瞼を開く。すると彼は上体を起こしスマホを耳に当てた。




「……もしもし」

「ちょっと!今何時だと思ってんの!?ワンコールで出なさいよ!」

「…ワンコールは無理だろ」

「はァ!?私の電話なんだから出なさいよ!」

「何の用だよ」






女の人の声が聞こえて私は体を起こして音を立てないようにベットを抜け出して下に散らばった服をかき集めて身につける。凄く惨め。





「…あぁ、分かった。すぐ行く」

「すぐよ!すぐだからね!」

「わかったよ」





伏黒くんはスマホを切ると私の腕を取って引き寄せた。私は慌てて彼の唇を手で覆って距離を取ると目元だけでも分かるくらいに不機嫌そうな顔をした彼と視線が合った。





『すぐ行かないとなんでしょ?』

「…少しは時間ある」

『駄目。私ももう出ないと』

「まだ始発も出てない」

『タクシー捕まえる』






私はそう言って自分の荷物からコロコロを取り出す。よくよく考えたらカバンからコロコロが出てくるって面白い。そう考えながら自分が眠っていた場所に念入りにコロコロをかけてシーツを整える。バッチリ。





『じゃあね』

「駅まで送る」

『いいよ。すぐそこだから』






服を着始めた伏黒くんに私はバレない程度に、けれども彼が追いつけないような速さで部屋の扉を開けて靴を履く。





『お邪魔しました』

「あっ、おい!」







後ろから聞こえる声を無視して私は駅には向かわずに近くの漫画喫茶を目指す。だって電車無いし、タクシーは高い。満喫で適当に時間を潰して家に帰ってもう一眠りしたい。





「あれ?苗字?」

『…田中くん』

「こんな時間にどうしたの?」

『田中くんこそどうしたの?』

「俺は今まで捕まってた…、」

『……あ、』

「苗字途中で抜けるんだもん。ずるいよなぁ」






そういえば昨日は飲み会だったのを思い出した。私は二次会には行かずにそのまま伏黒くんの家に行ってしまったけど、田中くんはずっと上司に付き合わされていたらしい。金曜日で良かったね。今日休みだし。





「それで?抜けた苗字はこんな時間にここで何してんの?」

『友達と飲んでて今から帰り』

「飲み会抜け出して飲んでたのかよ!」

『友達が飲むの好きみたい』





知らないけど。伏黒くんが飲むの好きとか。でも田中くんは彼のことも知っているからバレる様なことは言えないし。そのまま流れで何となく歩いていると駅に着いてしまった。すると田中くんはガシガシと頭を掻いた。





「やば、いつもの癖で駅に来ちゃった。俺タクシーで帰るけど苗字は?」

『私はどっかで時間潰すよ。お金勿体ないし』

「節約家?偉いねぇ」

『未来貯金だよ』





私は将来、ちゃんとした人と、ちゃんとした形で結婚したい。その為の貯金。ちゃんとした未来の為の貯金。




「なら俺が出すから乗って行きなよ。送る」

『え?いや、いいよ。家の方向違かったら大損だよ』

「いいっていいって!飲み会俺払ってないから金あるし!」

『そういうのは貯金しなよ…』

「とりあえず寒いし乗ろうぜ」

『………後で返せとか言わないでよ』

「言わねぇよ!」





私は素直にタクシーに乗り込み、運転士さんに家の住所を話して、何となく外を見る。すると彼の姿が見えて目を見開いた。






『…なんで、』

「ん?苗字どうかした?」

『ううん!なんでもない!』






私は慌てて視線を逸らして田中くんの視線が外に向かないように話題を作る。その間にチラリと外を見ると、伏黒くんは何処か私を睨んでいるようだった。けれどすぐにタクシーは出てしまってその姿は見えなくなった。






「それじゃあなー」

『奢ってくれてありがとう。ゆっくり休んでね』

「苗字もな!」






家の前で下ろしてもらって、階段を上がり鍵を開けて床に座り込む。伏黒くんの部屋に居たからか自分の家が狭く感じた。





『……メイク落とさないと』





そう思って立ち上がろうとした時、スマホにメッセが届いてさっきの彼の姿が思い浮かんだ。まさか、と思いながらスマホを確認すると、相手は田中くんだった。






ーーゆっくり休めよ!







私は肩を落としながらポチポチとスマホを操作してベットに放り投げて洗面台を目指した。




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