透明な言葉、からだ
それから私たちは体だけの関係を3年間も続けている。我ながら滑稽だと思う。それに最低だ。彼に彼女が居ることを知りながらも私はこの関係を断ち切れずにいる。
『私明日は仕事で飲み会だから夜来れないよ』
「分かった」
洋服を身につけながらまだ寝そべっている彼にそう伝えると、伏黒くんは興味無さそうに相槌をした。でもちゃんと聞いておいてくれないと飲み会中に呼び出されて大変だ。
『じゃあね』
「あぁ」
私は伏黒くんの家を出て職場に向かう。社会人一年目だ。ピカピカの一年目。だと言うのにセフレの家から職場に向かう私は何処もピカピカではない。でも彼の家は私の家なんかと比べ物にならないくらい大きい。どうやら彼はお金持ちらしい。なんとも羨ましい。
「苗字おはよ」
『あ、田中くん、おはよう』
中学校から同じ高校、大学、そして同じ職場になってしまった田中くん。あんまり話したことないけど毎朝こうして時間が被り挨拶だけは交わすようになった。
「……あれ?苗字香水変えた?」
『香水?…つけてないけど…』
「そっか…、勘違いかな」
田中くんは首を傾げて自分の部署に向かってしまった。私も自分の職場に向けて足を進めた。伏黒くんの家から直接職場に来るのはやっぱり良くないな。
『………げぇっ、』
「苗字さん?どうかした?」
『ちょっと電話かかってきちゃって…、出てきますね』
「いってらっしゃーい!」
会社の飲み会中に案の定彼から電話がかかってきた。飲み会だって言ったのに。やっぱり人の話聞いてなかった。
『…もしもし?私飲み会だって話したよね?』
「したか?」
『したよ』
私がお店の外で呆れた声を出しながらそう言うと彼は悪びれもなく平坦な声で謝ると、それで、と話を続けた。
「それで今日は来れるのか?」
『…飲み会だって言ったよね?』
「終わった後」
『…あのねぇ、伏黒くん、』
「……来れないのか?」
少し寂しそうな声を出す彼に、どこでそんなやり口を覚えたのか聞きたくなった。でもどうせ彼女だろうから聞かない。
『………遅くなるよ』
「いい」
『日付超えちゃうかも』
「超えるなら迎え行く」
『……分かった、日付は超えないように行くから』
つくづく私は甘い。彼の思惑通り少し甘い声を出されただけでヒョイヒョイ向かってしまうんだから。仕方ない。忘れていた期間があったとはいえ、彼に惚れてから10年目突入しているベテランの私はとうの昔に拗らせてる。
「待ってる」
『…はいはい、』
私は電話を切って飲み会に戻ると、残っていたお酒を飲み干すと店員さんを呼んで水を頼んだ。周りは少し困惑していたけど私は愛想笑いを浮かべて乗り切った。
少しでも彼と過ごしていたいならミスを犯さないこと。彼女にバレないようにすること。
そんなことを思いながら水に口をつける私は本当に救えない最低女だ。
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