突然だけど私は夏も雨も好きじゃない。だって夏は暑いし雨はジメジメする。つまり何が言いたいのかと言いますと、
『夏の雨って最悪過ぎない?』
「天気に文句言ってんじゃねぇよ。仕事しろ」
『真希は冷たいねぇ。真依はもう少し可愛げがあるんだけどねぇ』
「真依に可愛げがあるって言うのは名前だけだよなー」
「しゃけ」
『可愛いじゃん』
「真依も何故か名前には懐いてんだよな。私には懐かねぇのに」
『だって私の方が優しいもん』
「あ?」
『え、怖い。ヤンキー?』
真希は溜息を吐いて立ち上がると教室から出て行ってしまった。続くようにパンダが立ち上がり私に声をかける。雨だっていうのに交流会に向けて特訓するらしい。真面目でよろしい。
「まぁ、真希はああ見えて真依のことも気にかけてるんだけどな」
「ツナマヨ」
『あ、今ドンマイって言っただろ。何がだよ。何もドンマイじゃないんだけど。』
ふたりは笑いながら教室を出て行った。私は窓際の真希の席に座って机に肘を付いて外を見るとザーザーと強い雨が窓に当たっていた。
『…………』
雨の日は何故か心が沈む気がするから嫌いだ。死んで逝った人たちを思い出す。別にそれで心が痛むとか、そんなのは無い。一々そんなことで心を痛めていたら呪術師なんてやってられない。
けど、彼は優しいから心を痛めていたのだろう。星漿体を守れなかった自分を、許せなかったのかもしれない。私は傑じゃないから分からないけど。
ーー誰がなんと言おうと
非術師は嫌いだ。でも別に高専の連中まで憎かったわけじゃない
ーーただ この世界では 私は心の底から笑えなかった
ーー最期くらい呪いの言葉を吐けよ
直接聞いたわけじゃない。悟から聞いた話だ。でも想像ができた。傑がそう言っている姿が。それだけ私たちは一緒に居たんだ。
『………バカ傑』
小さく呟いた言葉は窓に当たる雨音にかき消された。すると教室の扉が開かれて顔を向けると特訓してるはずの恵が立っていた。
『…恵?』
私が名前を呼ぶと恵は席を移動させて私の前に腰を下ろした。……え、特訓は?サボり?
『何してんの?』
「名前さんが呼んでる気がしたので」
『いや呼んでないよ』
「じゃあ名前さんが寂しがっている気がしたので」
『子供か?私は』
恵は窓の外に目を向けて私と同じように机に肘を付いた。こういうふとした時の顔が伏黒甚爾に似てるんだよなぁ。私アイツ嫌い。強いから。蹴られた時まじ痛かった。
『特訓は?』
「名前さんの方が大事だったんで」
『あらま、おばさんに嬉しい事言ってくれるのねー』
「別におばさんじゃないでしょ」
『本気で言ってる?私たち一回り違うんだよ?12歳だよ?干支同じだよ?』
「年齢なんてそんなに関係無いでしょ」
『あるよ?え?三十路だよ?三十路はおばさんの登竜門だよ?』
「たかが一回りでしょ」
『あのね恵。私が高校生だったのは12年前なんだよ?やばくない?あれ、私すでにおばさんだった?』
「12年なんて大した差じゃないです」
『差?え、恵は何の話してんの?私がおばさんかどうかの話でしょ?』
私が首を傾げると恵はゆっくりと私の方に顔を向けた。その顔がどこか真剣味を帯びていて私は慌てて視線を逸らすと肘を付いていた私の手を取った。
「本当は俺の気持ちに気づいてますよね」
『んー?何の話?』
「俺が言おうとすると毎回そうやってはぐらかすじゃないですか」
『だから何の話か分かんないって』
「名前さん」
いつまで経っても視線を合わせない私に痺れを切らしたのか少し強めに名前呼ばれた。諦めて溜息を吐きながら恵を見ると、覚悟を決めたような顔をして口を開こうとしていた。
「俺は、」
『私は先生だよ。恵』
「………それで俺が諦めると思いますか」
『諦める諦めないじゃないよ。絶対に認められない事だよ』
「じゃあ俺が卒業したらいいんですね」
『その頃には私は三十路のおばさんだよ』
「関係無いです」
『それに恵が私の教え子だった事には変わりない』
「……」
『そんな顔しても駄目だよ』
不機嫌そうに顔を歪める恵に私はハッキリと拒絶の声でそう言うと彼は傷付いたように眉を下げた。
『それでも私の事をって言うなら、二度と会わない』
「……なんでだよ、」
『先生と生徒だからだよ』
「……じゃあ、俺はどうすればいいんだよ、」
『簡単だよ。その気持ちを捨てればいい。恵は若いんだからすぐに次が見つかるよ』
「…………」
『私は何があってもこの一線は超えない。絶対に』
我ながら酷いことを言っていると思う。高校生相手に。自分が傑にそんなこと言われたら泣くね。めっちゃ引き摺る。
「……まだ、好きな人が忘れられないんですか」
『まぁ、それもある。忘れられないっていうか忘れたくない。私にとっては大切な想い
出だから』
「……そんなに好きなんですか」
『うん、好きだね』
「………」
苦しそうに顔を歪める恵に少しだけ良心が痛んだ。小さい頃から可愛がっている子が傷ついているんだから私みたいなクソ野郎の心は多少なりとも傷つくもんだ。
『はい。さっさと特訓に行く』
「好きです」
『……恵』
「本気ですから、俺。落としますから、“絶対”」
恵はそれだけ言うと立ち上がると私の頬を一度だけ撫でた。そして少しだけ頬を緩めた。
「アンタの頭に居る
想い出に勝ちますよ」
そう言った恵の瞳は強く私を射抜いていた。
≪ ≫