ほとんどの夜は冷たくて静か


「名前さんが弱いなら俺が守ります」

『………』




迷いも無くハッキリそう言った恵に私は目を見開いた。守るって何。私を何から守ってくれるの。呪霊?馬鹿な老人共?





『なに、それ、』

「俺は名前さんに寂しい想いはさせません」

『…は、』

「孤独から名前さんを守ります。背負ってる重みから名前さんを守ります」

『意味、分かんない、』

「俺は名前さんを置いて逝ったりしない」

『…………』





何人も、何人も私の前から死んでいった。傑も灰原も他の奴らも死んでいった。私の手の届かない場所で。だから私は教師になった。死なない呪術師を育てたくて。でも、何人も死んだ。私の教え子たちが、何人も、





『…………』





私は善人では無い。でも人間ではある。仲間が死ねば憎いし寂しい。教え子が死ねば苦しいし悔しい。誰かが死ねば私は何をやっていたのかと、自分が嫌いになる。そして最後に残るのは、虚しさ。





『……恵、』

「はい」

『二度と会わないなんて、言わないで…。私の前から居なくならないでよ、』

「………」

『…寂しいのはもう嫌。苦しいのももう沢山』

「………名前さん、」

『恵は私のそばに居てよ。居なくならないでよ。……家族じゃないなんて、言わないで、』





生徒に縋り付くなんて本当にみっともない。腑甲斐無い。ダサくて目も当てられない。でも私はそんなくだらないプライドや常識なんかより余っ程、孤独が怖い。




「初めて、弱音を吐いてくれましたね」

『…………軽蔑した?』

「いや。すげぇ嬉しい」





恵はそう言って笑うと私の額に自分の額をコツリと当てた。そして私の頬を両手で包むと瞼に溜まっていた涙が一筋流れた。三十路手前が泣くなんて、目も当てられない。





「アンタ、俺の前では年上とか先生の仮面被って本心を言ってくれたこと無かったから。だから俺は名前さんが辛そうな時、勝手にアンタの隣に居た」

『……、』

「俺が居るだけで、少しでも名前さんの心が埋められるならそれで良かった」






恵はいつだって私が潰れそうな時、現れて私の隣に居てくれた。まるで本当に私の心が読めるみたいに。






『恵、』

「何ですか?」

『……恵、』

「だから、何ですか?」




恵は何度も名前を呼ぶ私に少し笑った。彼の首に腕を回して抱きつくと彼は片手でポンポンと私の背中を叩いた。





『……寂しいこと、言わないで、』

「アンタがうじうじ余計なこと考えてるからでしょ。俺だってそれなりに覚悟決めてるんです」

『会えなくなるなんて、嫌だよ、』

「俺だって嫌に決まってんでしょ」

『私は、恵と津美紀と一緒にまた、オムライス食べたい』

「作ってください」

『……恵と離れたくない、』

「…………ほんとアンタ、……あー、もう、分かりました。俺の負けです」







恵は大きく溜息を吐いて叩いていた背中を止めると、私の体を力強く抱きしめた。背中と頭に回された腕がちょっと苦しかったけど、今はそれくらいがちょうど良かった。




「とりあえず今はそれでいいです。でも俺、諦めるつもり無いですから」

『…恵、』

「ちゃんと卒業まで我慢します。名前さんに迷惑かけないように生徒で居ます。でも3年後、覚悟しておいて下さいよ。遠慮しねぇから。だから名前さんも俺に諦めろとか言わないで下さい。それでいいですね」

『…………ありがとう、』





私が腕の力を強めて小さく呟くと、恵は少し呆れたように溜息を吐いて私の頭をポンポンと二度叩いた。面倒を見てきた、ましてや生徒の子に慰められるなんて、墓まで持っていきたい程ダサい。





「名前は誰よりも寂しがり屋だからな。本当に手がかかる上に面倒臭い」

『……酷い硝子』

「本当の事だろ」





私が恵の胸元に顔を埋めて呟くと硝子は淡々と言いのけた。悪かったですね、面倒な女で。悟も硝子も淡白過ぎるんだ。イカレ野郎め。




『恵、』

「何ですか?」

『津美紀に会いたい』

「ん、なら病院行きましょ」





恵は私の背中を叩くと体を離して小さく微笑んだ。昔は顰めっ面しか出来なかったのにここまで表情豊かになったのか。





「名前さん」

『なに?』

「最後に言っておきます。これからはちゃんと生徒になって言えなくなるんで」





恵は私の手を取って優しげに目尻を下げてゆっくりと言葉を紡いだ。





「好きです。前からずっと」

『……、』

「そんでこれからもずっと好きです」





そう言って優しく笑った恵は私の答えを聞くつもりは無いのかそのまま私の手を引いて扉の方へと足を進めた。そして扉に手をかけると私の手を解いて硝子の方へと顔を向けた。





「巻き込んですみませんでした」

「まぁ、いいよ。泣いてる名前ウケたし。悟に写真送っておくね」

『絶対やめて』





私が真顔でそう言うと硝子はケラケラと笑っていた。笑い事じゃない。悟にバレたら一生馬鹿にされる。アイツにはデリカシーの欠片も無い、本物のゲス野郎だ。




「急がないと面会時間終わる。急ぎますよ」

『うん』




恵と暗くなった廊下を歩いていると普段なら感じないはずなのに、その日はやけに静かな空間が酷く心地良かった。



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