『………硝子、ちょっと休ませて』
「また?」
『……ごめん、』
「まぁ、私の部屋ではないからいいけど」
硝子の許可を取って真っ白なベッドに倒れ込む。すると元々限界だった眠気のおかげで難無く眠ることが出来た。
「名前、時間」
『…………へい、』
重たい瞼を上げると硝子が私の顔を覗き込んでいた。ゆっくりと上体を起こして頭をガシガシと掻いてベッドから降りる。……仕事に行かないと
「最近、詰めすぎじゃない?任務」
『…なんか、嫌な予感がするんだよね、』
「嫌な予感?」
『……今無理してでも動かないと、取り返しがつかない事になるような気がする、』
スマホを取り出して伊地知に連絡をして任務に向かう為に部屋を出ようと扉に手をかけると硝子に呼ばれる。
「名前」
『ん?』
「あまり無理はするなよ」
『……バッカ。私たちの中で一番サボるのが上手いの誰だと思ってんの』
私はそう言って部屋を出た。サボるのは私の専売特許なんだよ。
「……アンタが一番ヘタクソだったから言ってんのに」
家入の声だけが部屋に小さく木霊していた事を名前は知らない。
∴∴∴
『島田治 死亡原因は呪霊による刺殺…ねぇ?』
「そのようですね」
『……伊地知、悪いんだけどこの人のデータ集めてくれる?』
「分かりました」
伊地知は頷くとすぐに取り掛かってくれた。私の感が当たればきっとコイツの通ってた中学校はあそこだ。
「苗字さん」
『分かった?』
「はい」
伊地知から資料を貰って確認するとやっぱり私の予想通りだった。嫌な予感が当たりそうで本当に嫌になる。
『… さいたま市立浦見東中学校、ね』
「そういえば伏黒くんもそうでしたね」
『あー、クソ…、呪術師はやっぱりクソだな、』
こんな時になって最悪のビジョンが流れる。津美紀が死ぬビジョンなんて。
『…………伊地知』
「はい?」
『帰るよ』
「……え?じゅ、呪霊は?」
『呪霊はここには居ない』
まだ、確信はない。確信は無いけど、見過ごせない程の大きな違和感過ぎた。
『6月に盛岡で殺された金田太一もさいたま市立浦見東中学校出身で今回殺された島田治も同じ中学校、』
そして、津美紀も同じ中学校。殺されたふたりはそれぞれ離れた場所で、違う県で殺されてる。偶然かもしれない。たまたま殺されたふたりが同じ中学校だっただけかもしれない。
『…………頼むから、外れてくれよ』
そう祈りながら助手席に乗り込み小さく呟いて伊地知に飛ばすように伝えた。
∴∴
「名前さん」
『恵?』
大量に資料を抱えて高専内を歩いていると、後ろから名前を呼ばれて振り返ると恵が立っていた。
「最近、高専に居ないみたいですけど」
『ちょっと任務が忙しくて』
「………俺のせいですか」
『なんで?』
「俺が、好きって言ったからですか、」
苦しそうにそう言う恵に私は目を見開いた。何も答えない私に恵はグッと唇を噛んでいた。
『違うよ。本当にただ任務が忙しいの』
「…交流会だって、不参加でしたよね、」
『任務と重なっちゃってねぇ。みんなの活躍見たかったんだけど。でも東京校が勝ったんだって?おめでとう』
私がそう言うと恵は私の目をジッと見つめた。あまり見ないで欲しい。最近寝てないからクマ酷いんだよ。コンシーラーで一生懸命隠してるけど。
『それじゃあ私は行くね』
「本当に、俺じゃないんですか」
『本当に違うよ』
「じゃあなんでそんなに急いでるんですか」
『すぐにでも片付けないといけない案件があるの』
9月に入って3人目の被害者が出てしまった。名古屋で大和広が呪霊に殺された。その人もまた、出身中学は前被害者のふたりと同じ。そして津美紀と同じ中学校。本格的にまずくなってきた。今すぐにでも情報が欲しい。今すぐにでも祓いたい。
『こう見えて私も忙しいんだよ?悟がサボってる分は私がフォローしないといけないしさ!』
「………」
『悪いけど本当に急いでるから、ごめんね』
そう言って恵に背を向けた瞬間、視界が歪んだ。足に力を入れても踏ん張りが効かずに小学生のように前に倒れ込む。顔打った。でも痛くない。というか感覚がない。
「名前さん…!?」
恵の声が段々と遠くなっていく感じがする。瞼が重くて持ち上がらない。情けない。本当に情けない。私は、たったひとりの大切な家族すら、救えない。家族すら救えない私だから、大切な同期すらも、救えない。
『……なっ、とく、だわ、』
「名前さん!…名前さん!」
あの子くらいは、私の手で、
∴∴∴
「名前のヤツ、最近ずっと任務続きでさ。帰って来ても資料をかき集めてなんかやってたの」
「……そうなんですか」
「部屋に帰って寝ればって言っても、まだ大丈夫、ここで寝た方が疲れが取れるからって。そんなわけないのに。寝慣れてる自分の部屋の方が疲れが取れるに決まってる。部屋に帰る時間すら惜しかったんだろ」
「何を、そんなに必死に、」
「さぁ?私は何も聞いてないから分かんないけど」
俺が名前さんの眠っているベッドの近くで丸椅子に腰をかけていると家入さんがそう言った。最初は俺の事を避けているのだと思っていた。俺が好きだと言ったから。けど俺は、理由が俺じゃないと聞いて心のどこかで安堵していた。この人は俺を拒絶した訳じゃないと。
「……家入さんは恋人にするのに年齢は気にしますか」
「意外だな。君がそんな話をするなんて」
「……まぁ、」
「そうだな。…そこまでは気にしないが生徒に手を出すことは無いだろうな」
「……俺の傷抉ろうとしてますか」
「純粋な大人の意見だよ」
家入さんはそう言うとコーヒーを俺に渡した。それを素直に受け取ると、家入さんは自分の椅子に腰を下ろした。
「そんなに、年下って頼りないですか」
「頼りないとかの問題じゃないんだよ。大人としての線引きだ。呪術師はイカれた奴しか居ないが、常識は一応ある」
「なら卒業すれば問題無いじゃないですか」
「確かに。でもその理論じゃあ名前は頷かないだろうね。特に君相手では」
「俺相手…?」
俺が顔を上げると家入さんはコーヒーを1口含み、ホッと息を吐いた。名前さんや五条先生に比べて大人しい家入さんはたまに本当に五条先生たちの同期なのか不思議になる。
「名前は昔から君たちを見てるからね。気持ちは保護者なんだよ。母親とまではいかなくても姉くらいに思ってる。そんな君に好きだと言われても大して響かない」
「……………」
「本当に家族のように思っているからこその線引きだ。それに名前は大分上から嫌われている」
「…それが何ですか」
「名前は昔から悟と気が合っていたからね。上にもよく噛み付いていたよ。実際、悟程じゃ無くても名前も実績を残していたしね」
「それと俺は関係無いでしょ」
「あるよ。だって君、上からの期待高いでしょ」
家入さんの言葉に眉を寄せると、そのまま言葉を続けた。まるでなんでも無いように、どうでもよさそうに。良い意味でも悪い意味でもこの人はドライだ。
「どこの誰が自分たちのお気に入りと大嫌いな今すぐにでも消したいヤツをくっつけようと思う。それに名前は確かに強いけど、術式自体は大した事ない。名前だからあそこまで強くなれただけの話だ。つまり、君と名前を認める理由が無いんだよ。下手をすれば君まで上に嫌われかねない」
「…………そんなの、」
「名前なりの守り方なんだよ」
それで、どうやって納得しろって言うんだ。他人に認められないと駄目なのか。年齢がそんなに大事なのか。……俺が餓鬼だから、悪いのか。何も知らない、餓鬼だからか。
「……それでも、諦められないなら、どうすればいいんですか」
「離れてみればいいんじゃないか。離れれば時期に忘れる。人間なんてそんなものだろ」
「…………」
離れる?俺が?名前さんと?意味が分からねぇ。なんで離れないといけないんだ。そんなに俺の気持ちは迷惑なのか。
「…最初から、俺が好きにならなければ良かったんですか」
「まぁ、結論はそうだな」
「…そんなの、」
だったら、出会ったその時に言ってくれ。今更手遅れだ。そんなに言うなら時間を戻してくれ。そうすれば俺だって、
「………どっちにしても、無理だと思います」
「ん?」
「無理だと言われても、諦めろって言われても、もう遅いです。俺は名前さんが好きです」
「それが名前にとっての足枷になっても」
「はい。足枷になったら一緒に持ちますよ。ふたりで持てば大した重さじゃないでしょ」
「…これまた意外だな。君はもう少し合理的なのかと思ってた」
「俺は一言も自分が合理的な人間だと思ったことは無いですよ」
俺は私情で人を助ける。俺は不平等に人を助ける。名前さんのように。自分の物差しで。
「名前さん」
眠っている名前さんの指先に触れると冷たかった。手には小さな傷が沢山あって、この人も怪我したりするんだな、なんて思った。俺が出会った時には名前さんも五条先生も強かった。
「…俺は絶対にアンタを落としますよ。そしてアンタの中のあの人にも勝ちます」
会ったことも無いが、俺が負けるわけが無い。俺は名前さんを長年見てきたんだ。長すぎる片想い期間に勝てる奴がいるわけが無い。
「名前さん、好きです」
俺はアンタの想い人より余っ程、アンタの事が好きですよ。だから目が覚めたら覚悟しておいて下さい。
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