オリジナル @

時おり呪いが透き通る後





「名前ってそれ地毛?」

『うん。染めたことないんだぁ』

「アンタ今日は任務無いって言ってたわよね?」

『え?……うん、後は寮に戻って特に予定は無いけど…』

「なら行くわよ!美容院!」

『………え?』

「ふざけんな」




教室の真ん中で話していたせいで席で帰る支度をしていた伏黒くんに聞こえていたらしい。彼は私たちの隣に立つと野薔薇を睨んでいた。




「なによ。伏黒には関係無いでしょ」

「ある。大ありだ」

「はァ?髪色くらい自由にさせなさいよ」

『伏黒くん?なんで機嫌悪いの?』

「そんな男放って置きましょ。美容院は予約してあげるから、名前はこの雑誌見て髪色決めてなさい」

『いつも雑誌持ち歩いてるの?』

「今日はたまたま発売日だったの」





野薔薇に言われた通り雑誌に目を通すと、写っているモデルさんみんなが可愛くて輝いていた。顔小さいのに目は大きくて足は長くて細い。羨ましすぎて吐きそう。ダイエットしようかな。





「何勝手に話進めてんだ。行くなら1人で行け」

「私は名前の付き添いで、ついでにカット頼むだけだから。つまり今回は名前がメインなの」

『あ、見て見て、虎杖くん。この人可愛い』

「ん?おぉ、本当だ」






私は虎杖くんに雑誌を見せると、彼は椅子を持ってきて私と一緒に雑誌を覗き込んだ。するとそんな虎杖くんの顔に大きな手が頬に当てられてグイグイ押し退けられてる。顔を上げると伏黒くんだった。




「いちいち近ぇんだよ。オマエは」

「いひゃいっ、いひゃいっ!ふしゅぐろ!」

『伏黒くん!虎杖くんの顔が凄い事になってるよ…!』





頬を力いっぱい押されている虎杖くんの顔は片頬だけ潰れていたし、伏黒くんの力が強すぎて首が反っていた。折れちゃう、虎杖くんの首が折れちゃうよ。




「はぁ〜…、本当にアンタ嫉妬深過ぎるわよ。今なんてただ雑誌一緒に見てただけじゃない」

「ひょうだ!ひょうだ!」

「一緒に見る必要ねぇだろ。苗字は髪染める必要ねぇんだよ」

「だから!その理由はなんなわけ!?」

「男の美容師がいるだろ」

「嘘でしょ…!?そんな理由なわけ!?」





終わらない喧嘩に私は雑誌に目を落とした。するとひとりの女性に目を惹かれた。明るすぎず暗すぎない髪色に私は瞳を輝かせた。




『伏黒くん、伏黒くん、』

「なんだ?」

「声が優しすぎてキモイのよ!」

「ひゅーか、てをはなひて!?」






伏黒くんは手を離すと虎杖くんは痛そうに頬を抑えていた。顎がズレてなければいいけど…。伏黒くんはそんな虎杖くんに目もくれず私が指さした雑誌を覗き込んだ。





『この髪色可愛いっ!私この色にしたい!』

「名前無駄よ。この堅物は髪色変えさせる気が、」

「おぉ、良いんじゃねぇか」

「……………もうアンタ、…本当、…なんなの?」

『…………あ、でもモデルさんだからかな…、やっぱりやめとこうかな』




その事実に気づいた私は絶望を噛み締めて、野薔薇に美容院を止めると伝えようとした時、伏黒くんはキョトンとした顔で首を傾げた。





「なんでだ?苗字の方が似合うだろ」

『………………………はぁあぁあ〜…』

「ウザッ…!伏黒ウザッ…!……でも10点!」

「はァ…?」






伏黒くんの天然に私は机に肘をついて頭を抱えた。野薔薇は罵倒しながらも何処からか出した10点の札を掲げ、虎杖くんもその札を上げていた。分かります。私も満点あげちゃいます。





『……私、この髪色にします』

「釘崎」

「あ?なによ」

「美容院俺も行く」

「……は?なんで?髪染めんの?」

「染めねぇ」

「……………………知ってたけど、伏黒アンタ名前じゃなかったら即フラれてるわよ」

「は?」

「重すぎ、嫉妬深すぎ、小さすぎ、面倒くさすぎ」

「別に苗字にだけなんだから問題無ぇだろ」

「…あー、ハイハイ、そーですか」




野薔薇は面倒臭くなったのか溜息を吐いて、雑誌を見続けている虎杖くんに声をかけていた。その間に伏黒くんは椅子を移動させて私と一緒に雑誌を見始めた。肩がぶつかっててページが捲りずらい。





「………虎杖、アンタこと後暇よね?」

「暇だけど…」

「ならアンタも美容院行くわよ」

「えっ、俺別に切りたくないし髪染めたくないんだけど…」

「私をこのバカップルの中に放り込むつもり!?」

『……バカップル…?』

「バカップル…?」

「無自覚なのが余計に腹立つ…!」

「帰りに飯食って帰るなら俺も行く!」

「よし決定!」





野薔薇はスイスイとスマホをいじると伏黒くんが野薔薇に声をかけた。





「釘崎」

「なによ」

「苗字の担当は女にしてくれ」

「…………」

『え、私誰でもいいよ?』





私が首を傾げてそう言うと伏黒くんはまた雑誌に視線を戻した。野薔薇は作業をする様に無表情で無心でスマホをいじっているようだった。私の為の美容院なのな予約までしてもらって申し訳ない…。野薔薇にはスタバの新作を奢ってあげよう。気になってるって言ってたから。





『……美容院!久しぶり…!』

「え、久しぶりって名前の髪は誰が切ってたの?」

『自分で切ったり、あとは家の近くのお爺さんが切ってくれたりしたよ!…………それに、』





1度だけ甚爾あの人が切ってくれたこともあったな。私の伸びた髪を面白がって切ってくれた。仕上がりはガタガタだったし、前髪なんで長さがバラバラでみてられなかった。多分、ちゃんとやってくれれば綺麗になったのにあの人はただ面白半分でやったんだろうな。でもあの時の私はその変な髪型でも、どんなカットが上手い美容師よりも余っ程素敵に見えていた。





「………………」

『………伏黒くん、そんなに睨まないで…』

「…………どうせ神様アイツの事考えてたんだろ」

『そういえば1度だけ切ってもらったことあったなって』

「……………チッ」

『まさかの舌打ち』

「何してんの?早く入るわよ」



野薔薇は扉を開いて先に入り受付を済ませてくれた。中は見た目と同じで凄くオシャレで少しソワソワしてしまった。お恥ずかしい。





「席にご案内しますね」

『はい!』




綺麗なお姉さんに案内されて席に着くと伏黒くんは私の隣に案内されたみたい。その奥には虎杖くんが居て、私の反対隣は野薔薇だった。見事に4人並んだなぁ。




「今日カラーで予約されてますよね?どんな色がいいとかありますか?」

『えっと、…あ、このくらいの色にして欲しくて…』

「可愛いですねぇ。今流行りなんですよ」

『そうなんですか!すみません。私流行りとか疎くて…』





美容師さんと話を進めていくと着々と髪を染める支度が行われた。ちょっと緊張する。すると隣で伏黒くんが女性の美容師さんに髪をいじられていた。




「伏黒さんはどんな感じにしますか?」

「適当に短くしてもらえれば」

「カラーとかはいいんですか?」

「いいです」






分かってる。分かってるけど、何となく美容師さんが近いような気がしてちょっと嫌な気分なってしまった。本当に自分が重たくて嫌になる。ただの美容院なのに。





「髪を梳くだけでも結構印象変わりますよ?」

「いえ、長さだけで」






無表情で答える伏黒くんはそれ以上答えるつもりがないのかスマホを取り出してしまった。美容師さんは少し苦笑しながらクロスを伏黒くんにかけた。





「苗字」

『え、あ、なに?』

「この間気になるって言ってた店が土曜なら予約取れるぞ。行くか?」





そう言って伏黒くんは少し微笑んでいた。さっきまで無表情だったのに。本当にこの人は…。





『…………伏黒くん、大好き』

「知ってる」





私が両手で顔を抑えて俯くと伏黒くんは間を空けずに答えた。まぁ、知ってるでしょうけど…。





「それで、土曜でいいか?」

『……大丈夫です。予約して下さり、ありがとうございます…』

「なんで敬語なんだ」

『…ちょっと、私の容量を超えまして…、』





すると私の担当をしてくれている美容師さんが戻ってきてまずは下処理のトリートメントをするから、と私をシャンプー台に案内してくれた。





「お湯加減大丈夫ですか?」

『大丈夫です』





大丈夫でも、大丈夫じゃなくても私は言えない派なんだけど、美容師さんの手つきは本当に気持ち良くて寝てしまいそうになった。やっぱりオシャレな美容院はシャンプー上手なのかな…。………いや、関係無いかな。




『野薔薇はカットだけ?』

「この前カラーはしたから」




野薔薇は雑誌を読みながら答えると、とあるページを私に見せた。





「今度TDL行かない!?」

『…あ、特集ページ?』

「そう!ハロウィン限定の内装なんですって!これは行くしかないわね!」

『わぁ!可愛い!』





野薔薇が見せてくれたページは可愛い食べ物や乗り物が載っていて思わず声が出てしまった。私は東京生まれだけどTDLに行ったことは無い。野薔薇と行ったら絶対に楽しい。今から楽しみ。





「俺終わったからコンビニで何か食ってていい!?」



虎杖くんはそう言うとお金を払って出ていってしまった。隣を見ると伏黒くんももうすぐ終わりなのかドライヤーで切った髪を飛ばしている所だった。





「伏黒も先に終わったら虎杖と出てていいわよ」

「いや、苗字待ってる」

「私のことは待たねぇのかよ」

『お腹すいてない?大丈夫?私は野薔薇居るし平気だよ?』





私がそう聞くと伏黒くんは首を左右に振って、もう一度「待ってる」と言って入口のソファに腰おろしていた。お店が混んでなくて良かった。




「……アンタ、面倒臭くならないの?」

『え…?』

「伏黒のことよ。流石に重すぎない?大丈夫なの?」

『……重たいかな?』




私が首を傾げると野薔薇は引いたような顔をしていた。なんで?





『私は伏黒くんにされて嫌なことは無いかなぁ…。あ、勿論限度はあるよ!?犯罪を犯すとか、浮気とか…、…でも、多分何をされても嫌いにはなれないなぁ…』

「……伏黒に耐えられるのは名前だけね。というかあの感じだと名前にしかあの過保護と束縛は発動されないみたいだし」





野薔薇は少し呆れたように息を吐いていた。すると私の後ろに美容師のお姉さんが来てカラー剤を塗ってくれた。完成が楽しみ。





「苗字さん流すので移動お願いします」

『あ、はい』





シャンプーして、席に戻ると野薔薇も終わったのか席を立っていた。野薔薇は納得のいく出来だったのか嬉しそうにフフンと笑っていた。可愛い。




「私も小腹が空いたからコンビニ行ってるわね。終わったら連絡して」

『うん!』





野薔薇はお金を払って私を待っている伏黒くんに数言交わすと怒ったように出ていってしまった。伏黒くん何を言ったの…。




「髪の毛を乾かすのは他の人にお願いしますね」

『分かりました』




美容師のお姉さんが居なくなると、多分アシスタントなのか若い男の子が私の後ろに立ってドライヤーをしてくれた。その子は髪色もオシャレで如何にも今時の男の子だ。高専には居ないタイプで、久しぶりの感覚に少し緊張してしまう。





「カラー初めてなんですね?」

『はい、染めたいなとは思ってたんですけど』

「このカラー可愛いですよね。よく似合ってます」

『ありがとうございます…………はっ!』





不穏な空気を感じて少しだけ首を動かして見てみると、伏黒くんが親の仇を見るような目つきでこっちを見ていた。怖すぎてすぐに視線を逸らしてしまった。瞳から光が無くなってた。怖すぎるよ。





「はい、出来上がりこんな感じです。どうですか?」

『可愛いですっ!ありがとうございます!』

「彼氏さんもお待ちかねですね」

『え、えっと、…はい、』




私は少し恥ずかしくなって視線を地面に移して、椅子から立ち上がり伏黒くんの元へに足を進める。すると伏黒くんが立ち上がって私の元に来てくれた。でも今はお金払わないと。




『これでお願いします』

「お預かりします」





お金を払っている間も伏黒くんは私の隣に居て、お釣りを受け取って外に出ると伏黒くんは私の髪を一束取った。足を止めて見上げると伏黒くんが私の髪を見ていた。




「巻いてるんだな」

『美容師さんが巻いてくれたの』

「…………あの男近ぇ」

『美容師さんだから…』




伏黒くんも私と同じこと思ってくれていてほんの少しだけ嬉しくなった。私も伏黒くんと美容師さん近いなぁ、なんて思ってたから。そしたら伏黒くんはフッと表情緩ませた。




「似合ってる」

『……………胸が痛い…、伏黒くんのイケメンさに心臓が潰れそう…』

「それは良かったな」






伏黒くんはそう言うと私の手を取って指を絡めると歩き出した。多分、虎杖くんに連絡して何処にいるのか聞いたのかな。





『あ、そうだ。伏黒くん、』

「なんだ?」

『どんな髪型が好き?流石に超ベリーショートとかは勇気が出ないんだけど…、でも伏黒くんが好きなら切るよ!』

「別にどんな髪型でも苗字ならいい」

『…………………』

「おい、前見て歩け」





私は繋いでいない片手で顔を覆って空を見上げると伏黒くんは少し不機嫌そうにそう言った。




『………伏黒くん、プリン買ってあげるね』

「自分で食いたいだけだろ」

『……………………うん、』






私が素直に答えると伏黒くんは楽しそうに笑っていた。繋がれた手が温かくて自然に笑みがこぼれた。本当に伏黒くんは凄いなぁって再確認した日だった。





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