漫画版 2巻
「カラオケ行くわよ!」
『……え?』
「お!いいねぇ!行こうぜカラオケ!」
『カラオケ…?』
私が首を傾げると野薔薇と虎杖くんは驚いたように机に手をついて立ち上がった。
「……嘘でしょ…、アンタ、カラオケ知らないとか…、無いわよね…?」
「苗字?…大丈夫だよな?苗字?」
『しっ、知ってるよ…!知ってるけど…、いっ、行ったこと、なくて…、』
すると野薔薇は虎杖くんと視線を合わせて、ウンと頷いた。息が合ってて凄いなぁ。以心伝心?
「……行くわよぉ!!カラオケ!!今から!」
「行くぞぉ!カラオケ!!なっ!伏黒!」
「俺は行かねぇ」
「えぇ!?なんでぇ!?」
「空気読みなさいよ!アホ黒!」
「行かねぇ」
伏黒くんは帰りの支度をすると立ち上がった。虎杖くんは必死に伏黒くんの掴んで食い止める。
「行こうぜ!カラオケ!」
「ここは同期4人で行こところでしょ!?」
「そうだよ!苗字初カラをみんなで祝おうぜ!」
『祝うほどかな…?』
「面倒くせぇ」
「虎杖、担げ」
『……へ?』
「…は?」
「よっし!了解!」
虎杖くんは頷くと肩に伏黒くんを担いだ。米俵みたいに。軽々持ち上げてたけど伏黒くんの体重ってリンゴ3個分なの?
「…おいっ!虎杖!」
「それじゃあカラオケ行くわよ〜!」
「どこの行く?」
『………伏黒くん、諦めた方がいいよ…』
私が虎杖くんの後に続いて教室を出る時に担がれている伏黒くんにそう言うと、伏黒くんは大きな溜息を吐き出した。
「釘崎aiko歌ってよ」
「私、1曲目は陽水って決めてるから」
「じゃあ間をとって椎名林檎」
「どうして陽水とaikoの間が林檎なのよ」
「すみません、30分前に10分前の電話ください」
『……え?伏黒くん?』
野薔薇と虎杖くんが話している間に電話の前を頑なに譲らなかった伏黒くんは電話でそう伝えていた。
『……30分前に10分前の電話してもらったら20分無駄になっちゃうよ?大丈夫?計算難しかった?』
「わざとだ。オマエ俺の事馬鹿にしてんのか」
『あ、わざとか』
私が納得して飲み物を飲むと、野薔薇に声をかけられる。
「名前は?何歌う?」
『歌かー、最近のは全く分からないんだよね…』
「なら私たちがとりあえず歌ってるからその間に考えてなさい」
「俺何にすっかな〜!」
私は頷くと伏黒くんが食べ物のメニューを開いていたから一緒に覗き込んだ。意外としっかりしたメニューがある。でもちょっと高いなぁ。ポッキーが無駄に高い。スーパーの方が安い。
『伏黒くん、』
「なんだ」
私が顔を上げて伏黒くんと話そうとした時、野薔薇が歌うのかゆったりとした歌が流れた。でも音量が大きくて声が伏黒くんには届かないみたい。伏黒くんはうるさそうに眉を寄せた。仕方ないかぁ。
『伏黒くん、』
「……………………近ぇ」
『だって聞こえないでしょ?』
「…………」
私が伏黒くんの耳元に近づいて少し大きめの声を出すと伏黒くんは更に眉を寄せた。少し我慢して欲しい。前から思ってたけど伏黒くんは人と距離を開けたいタイプらしい。私が近づくとすぐ眉を寄せて不機嫌になる。
「で、なんだよ」
『何か食べるの?』
「暇だしな」
『歌わないの?』
「歌わねぇ」
歌わないのか。ちょっと残念。伏黒くんは何でもスマートにこなすから歌とかもやっぱり上手いのかな。でも逆に下手だったらそれはそれで可愛い。
『…あ、私飲み物取ってくるね。伏黒くんのも飲み物足してこようか?』
「俺も行く」
2人で廊下に出るとガヤガヤしてるはずなのに、さっきの爆音のせいか静かに感じた。
『カラオケってなんでもあるんだね。ドリンクバーなんて初めて使った』
「………良かったな」
『確かに中学生の時にカラオケとかファミレス行こって誘われたことはあったけど、お金も無かったし断ってたんだ〜。今は呪術師の仕事でお金あるから来れてよかった。すごく楽しいね、カラオケって』
「オマエ歌って無いけどな」
『歌わなくても楽しいよ?』
「そうかよ」
伏黒くんはアイスコーヒーにするのか、氷を足してコーヒーのボタンを押してた。凄い、コーヒー飲めるんだ。大人だ。
「……なんでそんなに見てるんだよ」
『………………挑戦って大事だよね』
「はァ?」
私は伏黒くんを見習って氷を足してコーヒーのボタンを震えながら押そうとすると伏黒くんは半目で私を見ていた。
「飲めんのか。オマエ」
『分かんないっ、けど飲める気がする!』
「………そうか、良かったな」
私がボタンを押すと黒い液体が私のコップに注がれた。大丈夫、飲める。今の私は飲める。飲むの初めてだけど。
「あ!苗字と伏黒おかえりー!なんか歌う?」
「いや、今から苗字が挑戦するからそっち見てるわ」
「はァ?名前がなんの挑戦すんのよ。なに?X JAPANでも歌う気?喉壊すわよ」
私は伏黒くんの隣に緊張の面持ちで座り、両手でコップを握ってジッと水面を見つめる。隣で伏黒くんは別に面白くも無さそうな顔をして私を見ていた。
『……の、…飲みます』
「おぉ」
口をつけてゆっくりと吸い込むと、口の中にはコーヒー豆の香りと冷たさ、そして鼻からコーヒーの香りが抜けてコーヒー特有の苦味が舌の上に広がった。…あれ?意外と
『伏黒くん、』
「飲まねぇからな」
『……伏黒、くん、』
「自分で飲めるとか言って持ってきたんだろ」
『…………伏黒くん、』
「知らねぇ」
伏黒くんは自分の分のコーヒーをストローで吸い込んで飲み込んでいた。
『………意外と私、コーヒーダメかも…』
「何処も意外じゃねぇけどな」
伏黒くんはコーヒー飲めるんだから飲んでくれてもいいじゃん。意地悪。コーヒー豆の呪いを受けちゃえ。多分そんな呪いが本当にあるなら、呪われるのは私だろうけど。残そうとしてる訳だし。
『……うぅ〜…、』
結局伏黒くんは最後まで飲んでくれなかった。ちびちびと泣きながらもちゃんと飲んだ私は偉い。私は偉いぞ。
『……伏黒くん、酷い』
「おぉ、そうか」
伏黒くんの部屋の前に甘いカフェオレの箱を積み上げて部屋から出れないようにしてやる。