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虐待があると、通報があった


担当じゃないから無視しようとしていたのに、
人がいないからと行かせられた


「ちっ」


なんで俺がガキのために行かねぇと行けねぇんだ



仕事は仕事、と自分を言い聞かせ通報のあった家のチャイムを鳴らす




「.......はい」

「初めまして。私はヨコハマ署の入間と申します」

「っ、.....何の用ですか?」

「(これは黒だな)」



女の反応を見てすぐに黒だということは分かった


「こちらのお宅から子供の泣き声が聞こえると通報がありまして」

「子供が泣くのなんて当たり前のことでしょう」

「.....そうですね」



虐待なんて子供に会わないと証明は難しい


俺は愛想笑いを浮かべ踵を返そうとすると



「〜っ、」

『っ〜、』

「ぁ、」



中から男と子供の声が聞こえて浮かせた足を止め、女の顔を見ると焦ったような表情をしていた


「(めんどくせぇな)」

「いや、いまのはっ!虐待とかじゃなくてっ」

「(それは自分で言ってるようなもんだろ)」


俺が開きかけだった扉に手をかけ力を入れると
女は反抗するように力を入れ、扉を閉めようとした



「(あ〜...、めんどくさい)」

「ちょっと、なんですか、」

「.....開けてくれれば貴女の罪は軽くして差し上げますよ」

「え、」

「あの男に脅されていた、ということにすることが可能です。どうしますか?」

「.......」

「(虐待してるんじゃねぇか)」



女は無言で扉を掴む手を緩めた


「(ちょろいな)」



靴のまま玄関を上がり中へと足を進める



『ゃ、だ.....』

「うるさい!」



リビングへと中に入ると男が子供の髪をつかみ上げ、手を振りあげている所だった




「っ!?誰だお前!!」

『.....』



男は焦ったように手を離し、手を下ろした

子供は驚いたように目を見開いていた



「初めまして。ヨコハマ署の入間と申します」

「け、警察!?」

「虐待の現行犯で逮捕します」

「ま、待ってくれ!違うんだよ!」

「はぁ...。何がでしょうか?」

「これは、これは教育の一環だ!」

「ほぅ...、暴力が教育...だと、なるほど」



俺は顔を真っ青にしている男に近づいた



「昔は殴る蹴るは当たり前でしたからね、なるほど」

「だ、だろ!?」

「ええ、そうですね。最近は教育が甘すぎますからね」

「そうなんだよ!」

「生意気なクソガキが増えてますからね」



俺の脳裏には自分のチームのリーダーを思い浮かべていた


「ならば、私もその教育に参加させて頂きましょう」

「.......へ?」



俺は男の真ん前に立つとニコリと笑い、素早く男の腕をひねり上げ足を払い床へと押し付ける




「うがっ、おい!俺は抵抗なんてしてないのにこんなことしていいのか!?」

「暴力も教育の一環なのでしょう?」

「ふざけんなっ!い゛っ」

「では、これも教育の一環ですよね。私のは暴力ではないですがね」



男に手錠をかけ、電話をかける

するとすぐに応援は来た


女は入口でずっと立ち止まっていた



「では行きましょうか」

「え」


俺が声をかけると女は驚いたように俺を見上げた



「ど、どこに、」

「警察署ですよ」

「な、なんで!私はっ!」



女は俺が言ったことを信じているのか俺に掴みかかってきた



俺は少し落ちた眼鏡に手をかけながら女を見下ろした



「あんなことを本当に信じていたのですか?
あるわけが無いでしょう?貴女だって虐待を見て見ぬ振りをしていたのでしょう?ならば罪は変わらない。.........ざまぁねぇな?」

「ふ、ふざけんなっ!!!」



女が俺を殴ろうと手を振りあげた瞬間、他の警官に押さえつけられ、パトカーへと連れていかれた



「俺に手をかけさせるからだ」



俺は部屋の中へと足を進めた





「.....あ?」



部屋に目を向けると座り込んでいる子供がいた




「.....はぁ」



俺は大きくため息を吐くと子供に声をかけた



「君は行かないのですか?」

『っ、』


俺が声をかけると俺が戻ってきたことを初めて知ったのか、大きく体を揺らした



『ひ、』

「ひ?」

『ヒーロー!!!』

「.....は?」



子供が声を上げたと思ったら俺の足に突進してきた


「おいっ」


俺の足にしがみつくと顔をズボンに押し付けていた



段々とズボンが冷たくなっていった



「おいっ、離れろっ!」


被害を受けていた子供に手荒なことは出来ずに
軽く首根っこを引っ張ることしか出来なかった


「あれ、入間さん」

「あ?...あぁ、」

「...その子って」

「虐待を受けていた子供です」

「なんか、懐いてますね」

「はは...」

「じゃあ入間さんが連れていった方がいいですかね」

「.....はぁ、わかりました」



きっとこの子供は児童施設にいれられる


「おい、行くぞ」

『.....どこに、』

「.....」


子供相手になんて言ったらいいか分からず、
思考をめぐらせていると


『いるかさんも行くの?』

「いるか?」

「いるまだ。い、る、ま」

『いるかさんもいく?』

「もういい。」



俺が歩き出すと、子供も俺の後をついてきた



パトカーに着くと他の警官に引き渡そうとすると



『い、いやだっ!いやいや!!』


子供は泣き始め、俺の足にしがみついた



『やだっ、いるかさんといる!!いやだっ!』

「い、いるかさん?」

「.........私ですね」

「あ、あぁ、入間さんのことですか」

『いやぁぁぁぁ!』



他の警官が触ろうとすると泣き始め、俺の足にしがみつく、というのを繰り返した



俺は周りに他の警官がいるのを忘れガシガシと頭を掻きため息をついた



「と、とりあえず!入間さんも着いて行ってあげたらどうですか?」

「...は、」



俺が少し見開くと、勝手に自己完結させたのか
その警官は行ってしまった



「ふざけんなよ...」

『いる、かさ、』

「あ゛?」



呼ばれ、イラつきを隠さずに目を向けると子供は目に涙を溜め、体を震わせながら俺を見上げていた


「.....」


子供をまじまじと見ると、体の至る所に傷があり
酷いところは痣で肌が見えなくなっていた


「.....はぁ」

『...、』

「とりあえず、警察署に向かいますよ」

『っ!うん!!!』


俺が抱き上げると嬉しそうに笑い、短い腕を俺の首へと回した





これは同情なのか、


いや、こんなガキは今までにも沢山見てきた


このガキだけに同情なんてしない







そう、これは...ただの、仕事だ






警察署に着くなり俺は女警官に子供を任せ、
上司のところへと向かった


「失礼します」

「おぉ、入間くんか」

「あの、虐待を受けていた児童なんですが...」

「...その子かな?」

「...は、」


指をさされ、下に目を向けると



「なっ、んでここに!」



既にその子供は俺の足元にいた




「ははっ、随分と懐いているようだね」

「戻れっ」

『やだっ、いやっ、』

「っ、」



また瞳に涙を溜め俺のズボンを小さな手で掴んだ



そしてそれを見た上司は顎に手を当て俺に爆弾を落とした


「ふむ、そんなに懐いているのならば少しの間、入間くんが面倒を見るのはどうだろうか」

「.......は?」

「児童施設は今、孤児が多すぎてね。」

「で、ですがっ!空きがない訳では無いのでしょう?」

「けれど、その様子だと素直に入ってくれないよねぇ」

「っ、ですがっ、」

「少しの間だけでいいんだ。」

「っ、」

「じゃあ頼んだよ。私から伝えておくから」



そう言って上司は扉から出ていった



「ふっ、ざけんなっ!!」

『っ!』


俺が誰もいなくなったこの部屋で大声を出すと
子供は体をビクリと揺らした



「.....怖いんだろ」

『こ、こわくないっ!』



このまま俺に怖がれば施設に入れることが出来ると
俺は子供に問いかけた


「怖いなら施設に行け」

『こわくないっ!から!いるかさんといる!』

「.....なんで、俺にこだわるんだよ」

『...?』

「俺なんかより、施設のババアたちの方が優しいぞ」

『いるかさんはやさしいよ!!』

「はぁ?」



子供は大声を出すと俺の足にしがみついた




『やさしいよ!!だって、名前のこと助けてくれたもん!!』

「仕事だ」

『こわいパパとママやっつけてくれた!!』

「だから仕事だ」

『だから!名前にとってはヒーローなのっ!』



子供は顔を上げるとボロボロと涙を流しながらも俺の顔を見ていた


『だかっ、だからっ、』

「...」

『ありがとうっ!!』

「っ!」


本当なら、俺はこいつの親を豚箱に放り込んだ悪人のはずなのに、


なのにこいつは、俺に礼を言いやがった

虐待されている子供でも、それでも親が好きだからと警官を恨む子供はゴロゴロいる



なのにこいつは...、俺に笑顔を向けた





「はぁ...」

『いるか、さ』

「いるま、だ」

『いる、ま、さん』

「.......少しの間、少しの間だけ、一緒にいてやる」

『っ!ほんと!?』

「あぁ、」


顔を見るとさっきまでボロボロ涙を流していたのに既にその顔は笑顔に変わっていた




「ふっ」




ちょっとくらい面倒事を引き受けても罰は当たらねぇだろ










こうして、俺と名前の奇妙な生活が始まった




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